理由など分からない。ただ苦しい。美しいから苦しい。


 その場を立ち去ろうとした莉央を呼び止めたのが、人の輪から逃げてきた設楽だった。


「画は自由ですよ、莉央さん。描いてみませんか?」



 そして設楽は莉央に画を教えた。
 筆の選び方からにかわ液の作り方まで。

 水を得た魚のように莉央は生きる力を取り戻し、設楽のよい生徒になった。

 莉央は画という心の拠り所を持ったのだ。


 誰一人弟子をとらなかった設楽の、唯一の愛弟子が莉央である。
 いくら感謝してもしきれない、莉央にとって設楽は命の恩人のようなものなのだ。