彼は気まぐれに私のもとを訪れて、気が向くと触れてくれた。
ほんのときどき、優しく甘い言葉もくれた。
それだけで私は頭が真っ白になって、幸福のあまり身体が溶け出すように感じた。
彼の奧さんに申し訳ないと、思わなかったわけではない。
もしも自分が同じことをされたら、と考えると、背筋が凍るほど怖くなった。
独りで部屋にいるとき、唐突に、どうしようもない虚しさと罪悪感に襲われることがあった。
彼は本当の意味で私のものにはならない、という虚しさ。
許されない罪を犯している、という罪悪感。
それでも、彼を目の前にすると、私の頭からは、奥さんの存在も世間の視線も、跡形もなく消え失せた。
誰を傷つけようと、誰に何と言われようと、彼さえいればいいと、疑いようもなく信じられた。
彼を繋ぎとめられない奥さんが悪いのよ、と醜い正当化することさえできた。
私の倫理観も道徳心も、彼のためなら、全てが意味を失った。
だから私は、ただひたすら彼を待つ。
彼という海に溺れて、ゆらゆらとたゆたいながら、彼を待つ。
私は彼に会うためだけに生きている。
ほんの一時、彼に愛される瞬間のためだけに、そのほかの途方もなく長い時間を、ぼんやりとたゆたっている。
それでよかった。
それだけで満足だった。
―――はずなのに。
私はいつからか、どうしようもなく欲深くなってしまった。
ほんのときどき、優しく甘い言葉もくれた。
それだけで私は頭が真っ白になって、幸福のあまり身体が溶け出すように感じた。
彼の奧さんに申し訳ないと、思わなかったわけではない。
もしも自分が同じことをされたら、と考えると、背筋が凍るほど怖くなった。
独りで部屋にいるとき、唐突に、どうしようもない虚しさと罪悪感に襲われることがあった。
彼は本当の意味で私のものにはならない、という虚しさ。
許されない罪を犯している、という罪悪感。
それでも、彼を目の前にすると、私の頭からは、奥さんの存在も世間の視線も、跡形もなく消え失せた。
誰を傷つけようと、誰に何と言われようと、彼さえいればいいと、疑いようもなく信じられた。
彼を繋ぎとめられない奥さんが悪いのよ、と醜い正当化することさえできた。
私の倫理観も道徳心も、彼のためなら、全てが意味を失った。
だから私は、ただひたすら彼を待つ。
彼という海に溺れて、ゆらゆらとたゆたいながら、彼を待つ。
私は彼に会うためだけに生きている。
ほんの一時、彼に愛される瞬間のためだけに、そのほかの途方もなく長い時間を、ぼんやりとたゆたっている。
それでよかった。
それだけで満足だった。
―――はずなのに。
私はいつからか、どうしようもなく欲深くなってしまった。