「はいはい! さ、練習再開しましょうかね。杏里は今からタイムとるから用意して。ほら!」


笑顔で杏里くんの肩を叩いた彼は、園田くんの友達でもある、
陸上部の長尾穂積(ながお・ほづみ)くんだった。

長尾くんは、園田くんと並んで女の子たちに人気のある人だ。
きりりとした男らしい顔立ちの園田くんとはタイプが違い、繊細で綺麗な顔をしている。
街を歩いてたらモデルにスカウトされたという話もあるくらいだ。


「何、怖い顔してるんだよ、杏里。ほら、行けって」

「穂積、俺」

「行けって。な?」


長尾くんは、にこにことした笑みを崩さないまま、園田くんに言う。
園田くんは、私に怒気を孕んだ目を一度だけ向けてから、他の部員たちの元に走り去って行った。


「……さて。あのさ、君」


園田くんを見送った長尾くんが、私に向き直った。
その顔にはさっきまでの笑顔はない。
厳しい顔をしていた。


「何をあいつに言ったのか知らないけどさ、今のあいつの状態分かってる? 美月ちゃんが亡くなって、本当にボロボロなんだよ」


声のトーンも違う。
口調には、苛立ちのようなものが滲んでいた。


「うん。それは、分かってるけど」

「分かってないでしょ、絶対」


はあ、とため息をついて、長尾くんは私に言った。


「今は、杏里に無駄なこと考えさせたくないんだ。だから、もう二度と杏里に近づかないでくれる? 君みたいなのにかき回されると、迷惑なんだ」

「それは無理。私にも、伝えたいことがあるので」


園田くんに言われるなら分かるけれど、長尾くんに言われることはない。
きっぱりと言うと、長尾くんが目を見開いた。