「影宮さん、それってどういう事?そう言えば、1限目が終わった後に何か言おうとしてたよね。それと関係あるの?」
その直後、教室から悲鳴が聞こえて話が中断されてから聞いていない。
「ええ、皆は昨日見た夢をどう思ったかしら?鏡の数字が『0』になったらどうなるか……」
「それは……どうなるんだろ?あ、先生が言ってたみたいに収まるとか?」
真弥ちゃんがそう言った時、私の脳裏にあの二人の姿が……。
前田君と伊達君の姿が浮かんだ。
「だとしたら……自分が死なないうちに、早く『0』にしようとするかも。伊達君はそれが目的じゃなかったみたいだけど」
考えられる、最悪の事態を想像してみたけど……もしもそんな事になったらどうすれば良いのだろう。
いや、それよりも怖いのは、まだ何も起こっていない状態の時にそこまで考えていた影宮さんだ。
想像力と言うか、妄想力が凄い。
「そう、伊達君なんてのは力を手に入れたと勘違いしているだけだから大した事はないけど、本気で殺しにかかって来る人が出てきた時、どうするかが問題ね」
あまり考えたくはないけれど、そうなった時に私はどうすれば良いのか……答えは出なかった。
とりあえず、あれこれと色んな事を推測してみるけど、今の私達にはどうする事も出来ない。
まさか、先手を打って他の誰かを殺しに行くわけにも行かないし、鏡を見てもナニカは現れなかったのだから。
怪談の出どころを探すと言った影宮さんも、先生があの調子じゃ何も聞き出せないと感じたのか、帰り支度を始めている。
「あ、あれ?影宮さんもう帰るの?」
スマホの時計を見ると、まだ11時半。
まだ家に帰りたくない私にとって、人がいなくなるのは寂しく思えた。
「まだ帰らないけど、少し調べたい事があるの。桐山さん達は帰ってて良いわよ。何かわかったらメッセージ送るから」
「え?何を調べるの?それなら私も手伝……」
「結構よ。一人の方が動きやすい事だってあるから」
そう言うと、影宮さんは不気味な笑みを浮かべて教室を出て行った。
昨日から話すようになって、少しは仲良くなれたかなと思ったのに、影宮さんはそう思ってないのかな?
「なんかさー、美奈ちゃんって変わってるよね?こんな時に一人で行動するなんてさ。私なら誰かといたいなー」
「うん、まあそうだね。私もまだ家には帰りたくないもん……」
「じゃあ、話は終わったみたいだから僕は帰らせてもらうよ」
樹森君まで、冷めたような目を私達に向けてそう呟いた。
「一人で大丈夫なのかよ。お前、菜月が声を掛けるまでガタガタ震えてたじゃねえかよ」
言い方はあれだけど、京介も樹森君を心配しているみたいだ。
「……声をかけてくれたのは嬉しかったけど、影宮さんがいないのに、キミ達といる理由がないからね。色んな話が聞けた事には感謝してるよ」
教室を出て行った樹森君は、何だか思い詰めたような表情で。
少し不安に感じた。
「なになにぃ?樹森君って、美奈ちゃんが好きなの?案外似合ってるかもしれないよね」
「何だよ、そうなのか?それならそうって言えよな、全く」
京介と真弥ちゃんは、こんな事を言っているけど……私は違うと思う。
影宮さんは、何かわかったらメッセージを送るって言ってくれたけど……樹森君はもしかすると、頭の回転が鈍い私達と一緒にいても得がないと感じたのかもしれない。
私の思い過ごしだと良いけど、あの表情からは何か、そんな意思みたいなものを感じてしまった。
そして、教室に残された私達は、この後どうするかを話し合った。
その後、私達も学校を出る事にした。
伊達君に鏡を向けられた時、ナニかは襲って来なかったし、朝に歯磨きをした時も現れなかったから。
「私も今日は見てないなあ。見たら殺されるってわかってるから、意識して避けてるだけかもだけどね」
真弥ちゃんもナニかを見ていない。
昨夜は、まるで私をマークしているかのようにピッタリと付きまとっていたのに。
目を覚ましてからそれが止んだ。
「でもまあ、気を付けた方がいいよね。現れないかもだけど、鏡に映らないようにさ」
「うちさ、玄関入ってすぐに鏡があるから怖いんだよー。まあ、来たらわかると思うけどさ」
一人でいるのが怖いから、今日は真弥ちゃんの家に泊まりに行くって話をしたのに……。
決定してからそんな事を言わないでよ。
だからと言って、今断るのも悪いしなあ。
「何か、お前ら見てると、本当に危険なのかわかんねえな。前田みたいになる可能性があんだろ?」
ナニかが現れない安心感から、朝みたいに鏡を特に気にする事なく、道を歩いて真弥ちゃんの家へと向かっていた。
京介は途中で駅に向かう為に別れる。
確かに私達には、危機感が足りなく見えるかもしれないけど、軽く考えてるわけじゃないんだけどな。
「ただいまー」
京介と別れて、真弥ちゃんの家にやって来た私は、真弥ちゃんに続いて中に入った。
「お邪魔しまー……」
挨拶をしながら、玄関に入った私の目に飛び込んで来たのは……正面に飾られた鏡。
まさか真正面にあるとは思わなくて、ビクッと反応してしまった。
だけど……。
ナニかが私達を殺そうと襲いかかってくる気配はない。
今はここにいないだけなのかな。
昨日と違って、今日は大勢の生徒がナニかに気付かれたみたいだから。
嫌な空気は感じない。
感じないけど……何かが起こりそうな感覚は残っている。
気を抜けば、昨日の夜のように、ふとしたタイミングでナニかを見てしまうかもしれないし。
「菜月ちゃん、この廊下の奥にトイレがあって、そこがお風呂ね。私の部屋は二階にあるから、早く行こ」
階段を上り、二階に向かう真弥ちゃん。
「あ、待って」
脱いだ靴を揃えて、真弥ちゃんの後を追う為に階段の方を向いた私は……。
視界の左側で、ナニかが鏡に張り付いて私を見ているのがわかった。
いないと思って気を抜いた瞬間、私を襲う激しい悪寒。
殺そうとはしていないようだけど……それがまた、不気味さを醸し出していた。
鏡の中から感じるナニかの視線が、私の鼓動を早くする。
全身を駆け巡る血液が、皮膚の内側をチクチクと刺激して……それなのに、寒くないのに手足が震える。
鏡を……ナニかを見ないように、階段の方に移動すると、鏡の中のナニかも私に合わせて動く。
大きな鏡。
私を追い掛けて来るような、その動きは気味が悪くて。
急いで階段に足を掛けた瞬間、背後から例の声が聞こえたのだ。
「……私を見て」
耳に届いた途端、ゾワゾワと背筋を撫でられるような感覚に襲われる。
「ひっ!」
恐怖に背中を押されて、慌てて階段を駆け上がった私は、上がってすぐの部屋の、ドアの前にいる真弥ちゃんの腕にしがみ付いた。
「な、何!?菜月ちゃんどうしたのよ!」
「い、いた!いたいた!いたの!鏡の中にナニかが!!」
「えっ!う、嘘でしょ!?」
私の言葉で、真弥ちゃんの動きが止まる。
ドアノブを掴んでいた手を放し、視線をゆっくりとドアの方に向けた。
「な、何でうちにいるの?私達が狙われてるって事?」
そう尋ねられても、私にもわからない。
ただ、鏡の中のナニかに気付いてはいけないという恐怖は、依然として継続しているのだ。
「?真弥ちゃんどうしたの?部屋に入らないの?」
ナニかがいると言ったと同時に、何かを思い出したかのようにドアノブから手を放したけど……何なんだろう。
「あ、朝にさ、あれは夢かなと思って鏡を見たんだけど……何も起こらなかったから、そのままにして出てきちゃった」
「朝に鏡を見たの!?真弥ちゃん、思ったより勇気あるんだね……」
「だって、夢かなと思ったんだもん!」
現実とは思えなかったから、普通に学校に来て、トイレの野次馬に混ざって……そして、私達の話を聞いて恐怖したんだ。
でも、真弥ちゃんが朝に鏡を見て、そこにナニかが映っていなかったと言うなら、一つの可能性が浮かんでくる。
「朝になったら……殺されなくなるのかな?」
飽くまで仮説だけど、今も鏡に映っていたのに殺されなかった。
何か条件があってそうなっているのなら、気を付けていれば死にはしないと思える。
「私に聞かれても……ど、どうする?部屋に入る?」
「鏡があっても、見なきゃ大丈夫だよ。廊下にずっといるわけにもいかないしね」
「う、うん……そうだね」
どこに鏡があるのかわからないから、私よりも真弥ちゃんが先に入る方が良い。
そして真弥ちゃんはドアノブに手を置いた。
カチャリ……。
ゆっくりとドアノブが回され、ドアが開かれる。
昼間だと言うのに、真っ暗な部屋。
わずかな隙間から、ひんやりとした空気が廊下に出てきているようで、足元が寒く感じる。
この感覚……ナニかが中にいそうな気がするよ。
そんな事を考えていてもドアは開く。
真弥ちゃんの手が、ドアを押し開く。
人一人入れるくらいの隙間が開いて、部屋の電気のスイッチを押した真弥ちゃん。
パッと、真っ暗だった部屋に明かりが灯り、可愛らしい女の子の部屋が私の目に飛び込んで来た。
少し散らかってるけど、私の部屋と大差はない。
これくらい散らかってて普通だよね。
女の子の部屋なんてさ。
部屋の中を見回すと……テーブルの上に、例の鏡がこちらを向いて立てられていた。
視界の中に捉えただけでもわかる。
その中に、白い顔があって……こちらを見ているのが。
その目は多分、私達をジロジロと見詰めていて……カミソリで皮膚を撫でられているような鋭い感覚に包まれる。
たった数秒の事だけど、とてつもなく長い時間が流れたようで。
それに耐えきれなくなったのか、真弥ちゃんが駆け出して、鏡に手を伸ばした。
パタッ……と、鏡がテーブルの上に倒れた。
ほんのわずかな時間なのに、信じられないくらいの汗が額に噴き出している。
「はぁ……はぁ……やめてよね。私の部屋なのに」
ただ立っていただけでこんな状態だったのだから、動いた真弥ちゃんはもっと恐怖しただろう。
ほんの三歩の距離だけど、真弥ちゃんにしてみたら果てしなく遠い距離に思えたに違いない。
でも……そのおかげで、空気がまた落ち着いた。
張り詰めていた空気は弛み、この部屋独特の空気に変わって行く。
殺伐とした雰囲気は消え去り、ふんわりとした心地良い雰囲気に。
「ふう……それにしても、どうしてこのタイミングでナニかが現れたんだろうね」
考えてもわかるはずがないんだけど、考える事を止めると、警戒心も薄れてしまいそうで。
嫌だけど、考えるしかなかった。
「家に帰って待ち構えてるとか、勘弁してよ……それがわかってたら、朝に鏡なんて見なかったのに」
「そうなんだよね……私はナニかがずっと付け狙ってると思って、鏡を避けてたけど」
いないとわかって、油断した途端これだ。
死なない為には、鏡だけは本当に気を付けなければならないのだ。