あの数時間の事を、どんなふうに話せばよいのだろう。
あまりにも現実味がなく、あれよあれよという間にこうして取材を受けている。
話し出さない私を見て、藤森さんは困ったように首をかしげた。
「じゃあ、私が聞くから答えてくれるかな?」
「はい」
それならできそう。
にっこり笑うと、藤森さんは宙を見上げた。
「はじめに…。あの場所にどうやって行ったか、それは覚えている?」
はじめに…。
記憶をたどる。
昨夜の出来事なのに、いろいろあったせいですぐには思い出せない。
たしか・・・あれは・・・。
「…バスです」
「バス?」
「そう。なんだか変な話ですけど…。目が覚めたらバスに乗っていたんです」
「自然に目が覚めたの?」
そう尋ねられて、私は記憶に集中する。
「いえ…。たしか、萌絵が私を起こしたと思うんです」
「萌絵さん…。ああ、この子ね」
藤森さんが手元から写真の束を取り出して、私に見せた。
フェイスブックの表紙に萌絵が使っていた写真だ。
大きく引き伸ばしているから、画像が悪い。
マスコミの人って、こういう資料を集めるのは得意なんだろうな。
その用意の早さに驚いた。
写真の中の萌絵は、上目づかいで私を見ていた。
トレードマークのメガネを少しずらして、かわいい顔で写っている。
「萌絵が私を起こして、バスから降りたんです。いつのまにか夜になっていて、あたりは真っ暗でした」
もう藤森さんは黙ってなにかメモをしている。
記憶を昨夜にさかのぼり、私は話し出す。
第1章
『ドリームズランドへようこそ』
誰かに肩をゆすられている。
まだ眠っていたいのに、強引に現実に戻されるよう。
意識の焦点が合わないまま、
「うう…」
うなり声が口から漏れた。
「ちょっと、咲弥起きなよ」
「うう…ん」
返事はするが、深い眠りに落ちていたみたい。
「起きなって」
ようやく目がゆっくりと開いた。
まぶしい光に顔をしかめる。
「なに…?」
見回すと、ここは…。
「バスの中…?」
「そう。私も起きたらここにいたの」
目の前では萌絵が眉をよせている。
メガネの奥にある目が不安そうにキョロキョロと動いている。
よくある市バスの後ろの方の席に私は座っていた。
乗客の姿は他にない。
「なんでバスの中に?」
バスの中で寝ていたらしい。
なんでバスに乗ったんだっけ…?
思い出そうとするけれど、記憶がごっちゃになって分からない。
頭痛もひどいし、変なかっこうで寝ていたからか首と肩も痛い。
「げ、まっくらじゃん」
いつの間にか夜になっていたらしい。
外は黒色でなにも見えない。
「他の人はもう降りてるよ。行こう」
萌絵はそう言うと先に降りようとする。
「待ってよ」
なんとか体を起こして立ち上がった。
「他の人って?」
私の問いかけには答えずに、萌絵はステップから降りて見えなくなる。
先頭から降りると、その他の人たちがいた。
うちのクラスでも悪い意味で目立つ人たち。
「咲弥、やっと起きたの?」
リーダーともいえる七海があきれたような顔をして言った。
自慢の長い髪が、夏の夜風に揺れている。
それをかきあげると、
「ほんっと咲弥はノロいんだから」
と隣の陽菜に向かって笑う。
聞こえてるって。
「爆睡してたもんね。笑える」
陽菜も腕を組んでそう言った。
どこかトゲがある言い方はいつものこと。
ふたりはいつもこうやって、クラスで目立たない人にからんではからかっていた。
七海がボスなら、陽菜はさしづめその従順な部下といったところ。
他にも無口な紗栄子が立っていた。
普段からあまりしゃべらないから、2年も同じクラスなのに数えるほどしかしゃべっていない。
私になんて関心がない感じで、あたりを見回している。
七海に陽菜、紗栄子と萌絵の4人はいつも一緒。
正直あんまり関わりたくないメンバーだ。
私が普通にしゃべれるのは萌絵くらい。
「ここ、どこなの?」
私は誰にともなしに尋ねてみた。