雅哉は振り向くと、
「仕方ねーだろ」
と短く言った。

「でも」

「陽菜は軽傷だった、って言ってただろ。やるしかねーじゃん。それとも、お前やめたいのか?」
と駿をにらみつけた。

「いや、そういうわけじゃないけど」

言葉を選びながら駿は言った。

「だったら行こうぜ。他のチームが来ちまったら困るだろ」

ゆっくりと歩き出す。

駿はそれを見ていたが、やがて、
「わかったよ」
と、私からカードを抜くと後を追った。

七海はさっき怒鳴ったのが影響してか、唇をかみしめながら雅哉と同じように強引にカードを抜くと歩き出す。

紗栄子と萌絵に1枚ずつ渡した。

誰もが無言で歩く。


みんな、おかしいと思わないの?


あの高さから落ちて軽傷だなんてありえない。

しかも、なんで陽菜の名前を知っているの?

救急車の中で陽菜が言ったの?

疑問はたくさんあった。


でも、言える雰囲気じゃなかった。
誰も陽菜のことを話題にも出さず、ただもくもくと歩いている。


・・・この遊園地は、なにかおかしい。


歩きながら振り向くと、大きな鉄塔が私を見下ろしているだけだった。

















幕間
『白い部屋』






スカイフォールでの出来事を話し終えると、私は大きく息を吐いた。


シートベルトがはずれてぶつかる音。

バーを抑える陽菜。

悲鳴。

左へ体が飛び出る。


___そして、落下。


陽菜が落ちてゆく光景がまだ目に浮かぶ。

藤森さんは目の前でメモを取り終えると、私を見て悲しい顔をした。


「そんなことがあったの…。つらかったわね」

優しい口調に思わず涙腺がうるむ。

首を軽くふって、
「大丈夫です」
と言った。
そう、まだ大丈夫。

この時までに、大きな混乱は私たちにはまだなかったから。

この後から、徐々にみんながパニックになってゆく。

それを思うと、胸が苦しくなった。

「…少し、休憩しましょう」

そう言うと、藤森さんは立ち上がって白い部屋から出て行った。


私はぼんやりと周りを見渡す。


スタジオでのインタビューをはじめてまだ30分くらいしかたっていないのに、寝不足なのか頭がくらくらしていた。

ため息をつきながら額の汗を服の袖で拭く。


真っ白い部屋に赤い服は合わなかったな…。

そんなことを考えながらも、陽菜のことを考える。

取材という形でも、誰かに話をすることで、昨夜の光景がリアルに思い出されていた。

「どうぞ」

いつの間に戻ったのか、藤森さんが紙コップを私の前に置いた。

「ハーブティーよ。気持ちが落ち着くから」

「ありがとうございます」

再び藤森さんも目の前に座る。

「遊園地ってね…」

「え?」

顔を上げて尋ねると、藤森さんは照れたような表情をした。

「ただの雑談。実は私、遊園地ってほとんど行ったことがないのよ」

「そうなんですか?」
「乗り物に酔いやすいから。遠い昔に行ったっきりで、そのときの苦い思い出があってねぇ」

恥ずかしそうに笑った。

「でも、マスコミのお仕事だと車移動も多いんじゃないんですか?」

「え? ああ…。違うのよ」

首をかしげた。

「自分で運転する分にはいいの。予測不能な動きに弱いの」

「そうなんですか」

気分をほぐそうとして言ってくれているのがわかったけれど、気の利いた返事ができないままハーブティーを口に入れた。

「落ち着いたら、続きを話してくれるかな?」


続き…。


「・・・はい」

紙コップを机に置いて、思い出す。
「あの後、私たちは2つめの乗り物へ向かいました」


宙を見て、意識を昨夜に戻す。

暗い道。

地味な照明を頼りに歩く6人。

陽菜が無事なのだと分かって、歩いているうちにどこか楽天的な気分に皆がなっていったんだっけ。


誰かが言った。


「次は『観覧車』だね」
と…。