彼を見ると幸せな気持ちになれたし、からっぽだった容器が埋められるような気分になれた。

彼になにかを求めてはいけないことは分かっていた。

だから、私は彼を見るだけでよかった。


そう、見ているだけでよかったのに。


いつしか私の表情が態度に出ていることをからかわれ、駿には「しゃべんなブス」とまで言われた。


そして、いじめがはじまった。


「私が死んでも、笑っているんだろうな」

この世に呪いがあるのなら、あいつらに復讐してやりたい。

恐怖を味あわせてから、ひとりずつ殺してゆく。

「どうやって殺そうかな」

鼻血を流しながら、私はクスクス笑った。

彼らをひとりずつ殺すことができれば、こんなに幸せなことはないだろう。

「お金・・・」

そうつぶやいた下沼さんは、自分の言葉に大きくうなずく。

「そうだ。お金をエサにすればいい」

最近は殴られない代わりに、お金を差し出すことも増えていた。

親の銀行のカードの暗証番号は知っている。

こっそりカードを持ち出せば、今はコンビニでもお金は降ろせる。

それをエサにひとりずつ、夜の学校に呼び出すのはどうだろう?


想像するだけで幸せな気持ちになった。

でも、それよりも早く。


今は、死にたい気持ちでいっぱいだった。


「彼らに復讐するのなら、そばで見ていたい」

それが私の最期の願い。

そうすれば、この憎しみも浄化される気がする。

柱から出ている横棒にロープをくくりつけながらも、私は願い続けた。

丸い輪っかを作るのにも、なんのためらいもなかった。

「神様でも、悪魔でもいい。私に彼らを復讐させてください」


この願いが、どうか叶いますように。
















第8章
『白い部屋』






「大丈夫?」

そう声をかけられて、私は記憶の中から抜け出した。

顔をあげると、目の前には藤森さんがいた。

困ったような顔をして、私を見ている。

「あ・・・。私・・・」

「よく話してくれたわね。ありがとう」

そう言うと、藤森さんは少し微笑んだ。


白い部屋は明るく、まぶしい。


それが今の私にはありがたかった。

もう、夜になるのはイヤ。

あんな思いはもうしたくない。

「どこまで・・・話しましたか?」

夢中になって話していたせいか、まだ記憶がごっちゃになっている。

うまく話せたかすら自信がない。

「鏡を見て、記憶が戻ったのよね?」

メモ帳を見ながら、藤森さんが言った。

「そうです」

「それから?」

「え?」

「下沼さんは、まだそこにいたの?」

藤森さんは顔だけを私に近づけて尋ねた。

ええと・・・。

「いえ、記憶が戻るともうそこに下沼さんはいませんでした」
「そうなのね」

深いため息をつく。

「私も信じられませんでした。でも、鏡を見た瞬間、下沼さんが言ったことは本当だったって気づいたんです」

「彼らを殺していた時の記憶はあるの?」

「え?」

「だから、あなたがみんなを殺した時の記憶」

ペンを片手に、私を見る。

「いえ・・・。私は、あくまでみんなと一緒に遊園地の乗り物に乗っていただけですから。でも、今思うと彼らを殺したいほど憎んでいたのは確かです」

「うーん」

困ったように体をのけぞらせると、藤森さんは腕を組んだ。
唇をとがらせると、
「不思議な話よねぇ。理屈に合わない」
と、宙を見上げた。

「私も、よくわからないんです。殺したのも私、それを見ていたのも私なんて、現実的じゃないし・・・」

なんと言っていいのかわからない。

まるで本当に自分がふたりいるかのよう。

藤森さんは、軽くうなずくと、
「まぁ、いいわ」
と言った。


その言い方が、どこか突き放している口調に感じた。

「もう、終わりでいいでしょうか?」

そう言いながら、私は立ち上がった。


話すべきことは話したし、もうこれ以上のインタビューには精神的に耐えられそうになかったから。

「待って」

そう言うと、藤森さんはメモ帳をパラパラめくる。

どんどんぞんざいな言い方になっているようで、不快感が疲れを倍増させる。

「ごめんなさい。私、もう疲れて・・・」

「あなたは死んでいるの?」

「は?」

足を組む藤森さん。

両肘を白い机に乗せて組んだ指にあごを乗せた。

「その話が本当なら、あなたはきもだめしの日に自殺したってことでしょう? でも、私の目の前にいるあなたはどう見ても生きているのよね」