「あなたは私。だからあの夜、みんなからひどい仕打ちを受けたのはあなたなのよ」
なにも考えられない。
首を振りながら、耳を強く押さえた。
聞きたくない。
そんなこと、私は知らない。
「ほら」
下沼さんがなにかを差し出した。
ゆっくりと顔をあげた。
「鏡。暗くて見にくいけど、見ればわかるよ」
「見ない」
私は、すぐに顔を伏せた。
「・・・怖いんだ?」
「・・・」
「自分が彼らを殺したことを認めたくない? そんな優しい性格だから、余計につけこまれるんだよ。でも、あの夜の私たちは彼らへの憎しみのかたまりだった」
もう下沼さんは、『あなた』ではなく『私たち』と呼んでいた。
なにも答えない私に、彼女は続ける。
「駿君を好きになっただけなのにね。それだけなのに、みんなはあなたをからかった。はじめは冗談ぽく。最後には壮絶ないじめとして。受けたいじめの分だけ、私たちはみんなを恨んだ。心の底から憎んだの」
ゆるゆると下沼さんを見る。
下沼さんは少し悲しそうな表情。
「記憶は鏡を見れば戻る。でも、どうしても認めたくないのなら、それでも仕方ないよ。どっちにしても、私たちは死んでいるんだから」
「・・・」
少しずつ、気持ちが落ち着いてくる。
なにかにあやつられるように、私は右手を差し出した。
その手に下沼さんが、鏡を渡す。
ねこのキャラクターが描かれている。
・・・これは、私の鏡だ。
震える指先で、私はその鏡を開いた。
ゆっくりと自分の顔の前に持ってくる。
薄暗い照明の中、映ったその顔は・・・。
「・・・ああ」
そこには、下沼さんが映っていた。
幕間
『きもだめし』
涙がおさまると、ゆっくりと私は体を起こした。
後ろで固定された手で、手錠を外そうと体をひねりながら動く。
おもちゃの手錠は、レバーを押すだけで簡単に開いた。
両手のそれを取ると、狂ったような奇声をあげながらそれを投げ捨てる。
続いて、顔にあるゴミ袋を乱暴に破く。
倒れた時に出たのか、鼻血が出ているようだ。
涙と混じってあごからこぼれ落ちる。
血の匂い。
足首のロープをほどくと、またその場で泣き声を上げた。
床を両手でガンガンと何度も叩いた。
自分が狂ってしまいそう。
声の限り、私は泣き叫んだ。
どれくらいそうしていたのだろう。
顔を上げた私は、ゆっくりと立ち上がった。
ふと、手元にあるロープが目に入った。
「・・・もう、死んでしまいたい」
暗闇の中、自分の声がした。
それが正しいことのように思えた。
日々、いじめはエスカレートをしていた。
からかうだけじゃなく、精神的にも肉体的にも。
彼らは、もう泣いてもわめいても、まるで人間じゃないものを相手にしているように扱った。
私が泣くほどに、笑い声を出してそれを続けていた。
夏休みに入ってホッとしたのもつかの間、こうして呼び出されてはいじめられていた。
雅哉だけじゃない。
七海も、陽菜も駿も・・・。
そして、萌絵。
みんな私がターゲットになっているのに安心しているんだ。
次は自分の番かもしれないのに。
私をさげすんで笑う。
それで、なんとか自分の役割を保持しているんだ。
最初のきっかけは、駿への恋心。
初めての恋に、どうしてよいのかわからない私はいつも彼を見ていた。
彼は、私になんて興味がないのは明らかだったけれど・・・。
だけど、好きだった。
好きで好きでどうしようもなかった。
彼を見ると幸せな気持ちになれたし、からっぽだった容器が埋められるような気分になれた。
彼になにかを求めてはいけないことは分かっていた。
だから、私は彼を見るだけでよかった。
そう、見ているだけでよかったのに。
いつしか私の表情が態度に出ていることをからかわれ、駿には「しゃべんなブス」とまで言われた。
そして、いじめがはじまった。
「私が死んでも、笑っているんだろうな」
この世に呪いがあるのなら、あいつらに復讐してやりたい。
恐怖を味あわせてから、ひとりずつ殺してゆく。
「どうやって殺そうかな」
鼻血を流しながら、私はクスクス笑った。
彼らをひとりずつ殺すことができれば、こんなに幸せなことはないだろう。
「お金・・・」
そうつぶやいた下沼さんは、自分の言葉に大きくうなずく。
「そうだ。お金をエサにすればいい」
最近は殴られない代わりに、お金を差し出すことも増えていた。
親の銀行のカードの暗証番号は知っている。
こっそりカードを持ち出せば、今はコンビニでもお金は降ろせる。
それをエサにひとりずつ、夜の学校に呼び出すのはどうだろう?
想像するだけで幸せな気持ちになった。