どれくらいそうしていたのだろう。

ゆっくり顔を上げた下沼さんが、うつろな目で起き上がる。

その顔は呆けたようにぼんやりとしている。

やがて、手に持ったロープを見つめる。

暗闇の中で、下沼さんは言う。

「・・・もう、死んでしまいたい」

そう口にすることで、それが正しいことのように思えた。

日々、下沼さんに対するいじめはエスカレートをしていた。

彼らは、もう泣いてもわめいても、まるで人間じゃないものを相手にしているように扱った。

彼女が騒ぐほどに、笑い声を出してそれを続けていた。

夏休みに入ってホッとしたのもつかの間、こうして呼び出されてはいじめられていた。


雅哉だけじゃない。


七海も、陽菜も駿も・・・。

そして、萌絵。
みんな私がターゲットになっているのに安心しているんだ。

次は自分の番かもしれないのに。

私をさげすんで笑う。

それで、なんとか自分の役割を保持しているんだ。

「私が死んでも、笑っているんだろうな」

この世に呪いがあるのなら、あいつらに復讐してやりたい。

恐怖を味あわせてから、ひとりずつ殺してゆく。

「どうやって殺そうかな」

鼻血を流しながら、下沼さんはクスクス笑った。

彼らをひとりずつ殺すことができれば、こんなに幸せなことはないだろう。

「お金・・・」

そうつぶやいた下沼さんは、自分の言葉に大きくうなずく。

「そうだ。お金をエサにすればいい」


最近は殴られない代わりに、お金を差し出すことも増えていた。
親が預けている銀行のカード、その暗証番号は知っている。

こっそりカードを持ち出せば、今はコンビニでもお金は降ろせる。

それをエサにひとりずつ、夜の学校に呼び出すのはどうだろう?


想像するだけで幸せな気持ちになった。



でも、それよりも早く。



今は、死にたい気持ちでいっぱいだった。





















第6章
『ジェットコースター』






前をゆく駿が泣いている。


力なく肩を落として、雅哉が死んだことにショックを受けている。

なにか言葉をかけたいけれど、なにを言えばいいのか分からない。

こんなときに勇気があればいいのに。

そんな私に、駿は時折振りかえって、
「大丈夫?」
と、聞いてくれる。


私なんかどうでもいいのに。


駿は優しい。

こんな状況じゃなかったら、ふたりで遊園地を歩くなんて夢のような出来事なのに。

正直、雅哉たちには私もイヤな思いをさせられることもあったから。
だから、悲しいという感覚はまだない。

それでも、大好きな人が悲しんでいる姿はせつない。


悲しみは伝染するのかも。


ねぇ、駿。

あなたが悲しいと、私もこんなに悲しいよ。

園内のBGMは、相変わらず同じ曲を繰り返し流している。


・・・今、何時ごろだろう?


もう何時間もたったような気もするけど、まだ空は暗い。

朝の訪れは、どこにも感じられなかった。

ふと、駿が立ち止まる。

そのまま動かないので、横に並んだ。

「どうしたの?」

声をかけると、駿はゆっくりと私を見た。

「今ってさ、夏休みだよね?」

「うん」

そう答える私に、駿はまた何かを考えるように目を細めた。
「なんで、俺たち学校の制服を着てるんだろう?」

言われて気づいた。

駿も私も制服を着ている。


あれ・・・?


そういえば、他のみんなも制服だった・・・。


「おかしいよな。今日昼間、学校に行ったっけ?」

思い出そうとするが、なにも浮かんでこない。

この遊園地に来てから、まるで考えを操作されているかのように記憶があいまいすぎる。

「でも、登校日はまだ先だよね」

たしか、半月以上も先のはず。

「ああ。登校日ってことはないはず」

駿がうなずく。

「登校日でもないのに、夏休みに制服を着る理由ってなんだろう」

腕を組んで考える駿。
「そうだね・・・。お葬式でもあるまいし」

「え?」

私の何気ない一言に駿が顔を上げた。

「お葬式でもあるまいし、って言ったの」

「それだ!」

突然大きな声を出されて、体が跳ねるくらい驚いた。

胸が脈を打っているのがわかる。

「咲弥、俺たち今日、葬式に行ったんだよ」

「え?」

冗談かと思って笑ってみるが、駿はマジメな顔で私を見ている。


お葬式?


行ったっけ・・・?


「思い出せない? 葬式に行ったんだよ」

「・・・」
「ああ、そうか。それで、帰りにみんなでバスに乗ったんだ」

「・・・どうしよう、思い出せない」

あせればあせるほどに、記憶は砂に埋もれていくよう。

なんとなく線香の匂いを鼻が覚えているくらいしか、記憶がない。

「だからみんな制服だったんだ。そういうことか・・・」

駿は完全に思い出したようで、その場でウロウロしながら興奮している。

「で、でもさ。じゃあ・・・誰のお葬式だったの?」

私の問いかけに、駿は足を止めた。

駿の目が私を見て、そして見開く。

「マジかよ・・・」

信じられない、という表情で首を軽く振っている。

それを見て、私は悟った。

「まさか・・・」