「ねぇ、もう帰ろうよ」
萌絵が鼻水をすすった。
「…」
黙って雅哉が萌絵を見下ろす。
その目は、冷たい。
「だってさ、ここおかしいよ。こんなの普通じゃないよ」
「まだやめられない」
その言葉に萌絵が息をとめる。
「まだ…続ける…の?」
「チーム戦だろ。ここでお前が棄権したら、俺ら全員失格になるかもしれねぇだろ。殴ってでも最後まで付き合ってもらう」
「雅哉。賞金なんかもういいじゃん」
七海が雅哉の腕をつかんで静めようとするが、
「触んな」
と振り払われる。
「事故での退場以外が認められてなかったらどうすんだよ。700万だぞ、700万。悪いけど、全員付き合ってもらう」
目を見開いて七海は雅哉を見ている。
「でも」
また涙声の萌絵。
「ほんとにお金もらえるかなんてわからないじゃん」
「もらえない証拠もないだろうが」
「あの女の子だって誰だかわからないんだよ!」
「んなの、お前が見ただけだろうが。見間違いだよ」
「違うもん! ここぜったいにおかしいよ。帰りたいよ。ねぇ、帰ろうよ!」
パシッ
室内に乾いた音が響いた。
続いて萌絵が床に倒れこむ音。
雅哉が萌絵の頬を叩いたのだ。
萌絵は何が起こったのかわからずに床から動かない。
叩かれた頬を押さえて目を開いている。
「雅哉!」
駿が声を発するが、雅哉は、
「うるせえ!」
と怒鳴った。
地響きがするかと思うくらいの大声。
その声に、萌絵が体を震わせたかと思うと、声を上げて泣き出した。
「言ったはずだ。殴ってでも付き合ってもらう。さっさと次行こうぜ」
そう言って大股で部屋から出てゆく。
残された部屋には、萌絵の泣き声だけが響いていた。
第4章
『メリーゴーランド』
暗い道を歩く。
これまでと違うのは、雅哉がいちばん後ろにいることだ。
逃げ出さないように見張っているらしい。
隣を歩く萌絵はずっと震えていた。
あごがガチガチと鳴っている。
「私も殺される…」
ぼそっと言う萌絵は、うつろな目をしていた。
「大丈夫だよ」
根拠のない言葉。
私もさっき、紗栄子を押している女の子を見た。
あれは幻や見間違いなんかじゃない。
たしかに、紗栄子の後ろにいた。
「殺される」
「大丈夫。メリーゴーランドは高い場所にはないでしょう?」
前を歩く駿が立ち止った。
向こう側には華やかな照明。
たくさんの馬や馬車が光に照らされていた。
「ついた…」
『メリーゴーランド
やさしい音楽とともにゆったり優雅に回るおとぎの国
王子様やお姫様の気分を味わってください
定員:24名
料金:400円』
看板をちらっと見てから入り口へ。
ガラスケースにまたスタンプカードを置いた。
「これが3つめ…」
なんだかずいぶん長い時間が経っているような気がしていたけれど、これでやっと半分だなんて。
もうあれから何時間たったのだろう。
目覚めた時間がわからないから、いったい今が何時なのかすらわからない。
「早く座れよ」
後ろから乱暴に押されて、私たちは中へ。
天井から降りているいくつもの棒に、馬や馬車がついている。
暗闇の中当てられた照明で光るそれらは、異様な光景に見えた。
馬の顔がやけにリアルに見えて怖い。
雅哉が率先して馬にまたがる。
駿はその後ろの馬。
迷いながらも七海は駿のとなりにある小さな子供用の馬に腰かけた。
「お願い。一緒に座って」
萌絵が震える手で私の腕をつかんだ。
「うん」
そばにあった馬車がふたり乗りだったのでそこへ。
いくぶん狭いその中に入ると、知らずに息を殺している自分に気づいた。
『みなさま、おときの国へようこそ。あなたはお姫様。そして、あなたは王子様。間もなく出発します』
アナウンスのあとすぐに、
ブーッ
とブザーが鳴り響く。
萌絵はそれだけでもう体を小さくして怯えている。
ゆったりとしたクラシック音楽が流れたかと思うと、床が回転し出した。
偶然にも学校の昼休みにかかっている曲と同じだった。
回転はゆっくりで、回りながらも馬や馬車たちは上下している。
夜には似つかわしくないクラシックが、これから何か起きるのではないかと不安にさせる。
のんびり回るメリーゴーランド。
陽菜と紗栄子があんな目にあったのに、のん気に乗っていていいの?
ふと、視界がなにかをとらえた。
そちらに目をやる。
「あ」
見間違いかと思い、もう1周するまで待って確認する。
間違いない。
「ねぇ、あれ、見て」
隣の萌絵に言う。
「イヤだ。やめて、見ないっ」
「違うの。ほら、あれキャラクターのぬいぐるみじゃない?」
名前も忘れてしまったけれど、入り口にいたクマの着ぐるみが外の柵越しに立っている。