やっぱ半径1メートル以内、立入禁止。

「ーーーつまり。


あたしの繊細な心の動きを理解できないおバカな蓮見くんに教えてあげるけど。



あたしは、蓮見と二人でゆっくり話したかったの!


それなのに、仕事するとか言い出したから、なんて空気読めないやつ!ってムカついてたの!」






「ほう」







蓮見は目を見開いて、なんだか驚いたようにあたしを見つめ返してきた。







「清水。お前、素直だな」






「………なにそれ、嫌味?」






「ちげえよ。自分の気持ち、やけにストレートに表現するから、なかなか素直なやつだと感心してたんだ」






「そりゃどーも………」







なにこれ、なんの話してたんだっけ?







あたしが戸惑っていると、蓮見は、にやりと不遜な笑みを浮かべた。







「俺としては、お前が二人でどっか行きたいって言うから、会社で二人で残業するのもアリか、って思ったんだが。


まぁ、それも味気ないか。



いいよ、お前の素直さに免じて、どこでも付き合ってやる」







蓮見の口から、とうてい蓮見とは思えない言葉が飛びたしたことに、あたしは開いた口が塞がらなかった。







「おい、ほうけてんなよ、アホ。


寒いからとにかくどっか入るぞ。


お前、なんか行きたい店ないのか?」







「え、えーと、じゃあ……」







あたしはまだ驚きに呆然としたまま、ぼんやりと周りを眺めて。






「………じゃ、あそこ」






とにかく寒かったので、付近で一番あったかそうな、湯気の立ち昇る店を指差した。





蓮見があたしの視線を追って、その店に目を向ける。




そして、一言。






「ラーメンだとぉ?


お前、その締まりのねえ身体に、それ以上脂肪つけてどうする気だよ?


関取にでもなるつもりか?」







そう言って、蓮見はとにかく楽しそうにげらげら笑った。





あたしは殺意を必死で抑えつつ、蓮見のバカ笑いを無視してラーメン屋さんに入った。














「………だから!!

いつも言ってんだろ!?

俺の決めたことに、いちいちケチつけんなよ!


お前みてえなボンクラは、ぶつくさ文句たれてねえで、黙って俺の言う通りにしてればいいんだよ!」







今日も今日とて、社内きっての俺様毒舌男・蓮見は絶好調です。





ちなみに、たった今蓮見が暴言を浴びせかけた相手は、上司の山崎主任。





ね、すごいやつでしょ?




遠慮とか常識とか協調性の欠片もない男なんです。







「ーーーせめて、年長者に対する礼儀くらいわきまえてくれないもんかね」







蓮見の独壇場を傍観しながら独り言が洩れてしまった。







「そりゃあ無理な相談でしょ。

蓮見くんが遠慮なんて、生まれ直さない限り、絶対ありえないわね」






あたしの言葉を聞きつけた同期の橋口さんがそう言ったので、あたしは「ですよね〜」と大きく頷いた。




その会話が、どうやら蓮見の地獄耳に届いてしまったらしい。





山崎主任のデスクから戻る道すがら、蓮見が怒鳴った。







「清水!! 橋口!!」





「「はっ、はいっ!?」」






あたしと橋口さんは声を揃え、姿勢を正した。






「お前らぺちゃくちゃ喋ってる暇あったら働けよ!!


仕事しねえなら給料もらうな!!」






「はいっ、すみません! 働きますっ!」







ほんと、どんな上司より厳しい。







「ふふっ、叱られちゃいましたねぇ、先輩たち」







にっこりと頬杖をつきながら声をかけてきたのは、あたしの向かいに座っている後輩の女の子、酒井さん。







「蓮見さんに怒られるなんて、羨ましいなぁ」







小声でそんな大それたことを囁くのは、怖いもの知らずな蓮見信奉者の一人だからだ。







「おい、酒井!」







蓮見は顔をしかめて、酒井さんの隣に立った。




酒井さんが「なんですか?」と首を傾げる。







「酒井、てめえのコピーしたこの資料」





「え、なんか問題ありました?」





「大ありだよっ!!」







蓮見は何冊分も束になった資料を、酒井さんの机に叩きつけた。







「ページの順番がバラバラになってる!!


ほら見ろ、30ページの次が34ページ、その次32ページ!!

50ページあたり80ページあたりにも同じミス!!

しかも50冊全部だぞ!?


どーやったらこんなミスできるんだ!?」






「あー、コピーするときに順番変わっちゃったんですかね……すみませーん」






「謝ってる暇あったら、すぐ直せ、即直せ、10分以内だ!!」






「はぁーい」







蓮見に怒鳴りつけられても、酒井さんはへらへら笑っている。





心強いな、ゆとり世代………。







それにしても………。





ホチキス止めされた50部の資料のページ入れ替えを10分以内だなんて、どー考えても無理でしょうよ。






せめて20分にしてあげたら、とあたしは蓮見に声をかけようとしたけど。







「ーーーくだらねえミスで俺の時間を奪うな!」







凍りつきそうな目で酒井さんを睨みつけ、捨て台詞を投げかけた蓮見を見ると、あたしは口を挟むことができなかった。







「………酒井さん、大丈夫?」







あたしは酒井さんの精神状態が心配になって、顔色を窺ったけど。








「………かっこいい、蓮見さん……♡」







酒井さんは意外にも、そんなことを言いつつ頬をほんのりと赤く染めていた。







「………あれだけ罵倒されて、なんでカッコイイとか言えるの、酒井さん」







うっとりと蓮見の後ろ姿を見送る酒井さんに声をかけると、酒井さんは着々とホチキスを外しながら言う。







「だって、あれぞ俺様、あれぞ毒舌って感じじゃないですか♡


少女漫画の王道ですよ♡」







「はぁ………あたしの知る限りでは、少女漫画に出てくるヒーローは、イケメンなのに気取らなくて優しくて爽やかな男の子だと思うけど」






「最近は蓮見さんみたいな、イケメンで毒舌で俺様で意地悪な男の子が流行りなんですよ♡」







ーーーほんまかいな。