「守君、こんなことしちゃ、絶対だめ」
そう言って、私は守の両肩をつかんだ。

守は静かな声で言う。

「あんた、死にたいの?」

「かまわない」

「・・・」

怒りに満ちた表情。

気圧されそうになるが、私は自分に言い聞かせる。


・・・私は、負けない。
「守君は、ずっといじめられて、つらかったんだよね。苦しかったんだよね。分かるよ、私も同じだもん。誰からも無視されて、自分の存在なんてちっぽけだと無言で言われているような毎日だから」

「・・・だから?」

「でも、あなたが今やっていること、全部一緒だよ。いじめてきたやつと、一緒のことをしてるんだよ」

「やられたことだもん。やりかえしてるだけ」
そう言って守は手から抜けようともがく。

力いっぱい肩を押さえる。

「やられたこと?だったらいじめかえせばいい。チカラを使って、いじめかえせばいい。人を殺したって、なんにもならないよ!」


涙があふれた。
守に伝わるだろうか?

「でも、僕は死んだんだ!みんなに殺されたんだ!だから、だからっ、あいつらを殺すんだ。皆殺しにしてやるんだ!」
守の目が月光に光る。


今、守の目から涙があふれた。


「違う。自分で死を選んだの。守君、あなたは、自分で死ぬことを選んだの!それは・・・そうさせたのはクラスのみんなかもしれないけど、最後は自分で決めたんでしょう!?」

「・・・でも、でもっ」

「・・・僕も同じ」
正輝がそばに来ると、手を私の上に重ねた。

黙って次の言葉を待つ。

「僕も、いじめられて自殺したんだ。守君と同じ、ここから飛び降りて・・・」

正輝を見やった。

その表情は穏やかだった。
「・・・正輝君」

「僕は死んでから、ずっといじめてたやつへの恨みで、ここから動けなかった。でも、桜と出会って、やっと穏やかな気持ちになれたんだ」

「・・・」

守がうつむく。

「君の苦しみはすごいものだろう。僕なんかより、ずっとつらい思いをしてきた。でも、桜の言う通り、もう終わりにしよう」

「・・・僕は、僕はっ・・・」
守が耐え切れずに嗚咽を漏らす。

「守君・・・」

私は守を抱きしめた。


まるで幼い弟をあやすように。
「僕は・・・!」
そう言うと、守は泣きじゃくって私に抱きついてきた。

声をあげて私も泣いた。

月の光が照らす中、私たちはいつまでも涙を流した。




どれくらい泣いたのだろう。

守が、ゆっくりと体を離した。

「ありがとう・・・。やっと、目が覚めた気がする」

これまでの声とは違い、落ち着いた穏やかな声。

「・・・うん」
私は力強くうなずいた。

正輝が微笑む。

「・・・もう、眠りたい」
そう言いながら、守は急に子供のようにあくびをした。

「うん。ゆっくり眠るといいよ」

「後で僕も行くからね」
正輝が言った。
「うん・・・うん・・・」


・・・ああ。


守の体は徐々に輪郭をなくしてゆく。

「守君。私、あなたに教えられたの。勇気を出して話してみたり、行動を起こすことで、人との壁はとることができるんだって。ありがとう、ありがとう」

「うん・・・またね」

守は静かに目を閉じる。



映像が消えるように、守の姿は目の前から静かに消えた。
「・・・行っちゃったね」
私はつぶやいた。

晴れやかな気持ちの反面、つらい気持ちが湧き上がってくる。

窓辺に手をかけると、空を見た。

いつの間にか、月は地平線近くにあった。

「桜」
正輝が肩に手を置いた。

私は、振り向けない。

・・・泣いちゃいそうだから。

「ごめん、桜」
声が聞こえた。

「私・・・。うれしかったんだけどなぁ。この学校で、はじめてできた友達だったから」


おどけたように言ったつもりが、声が震えている。
・・・そう、はじめての友達

この図書室で会うことが、毎日幸せだったんだ。

幸せだったんだよ。

「・・・僕もうれしかった」

「・・・」

「何年もここで、いじめてきたやつへの恨みをつのらせていた。春も夏も秋も冬も・・・。でも、ここで君に出会えたことで、こんなにも気持ちが穏やかになったんだ」

「う・・・」
こらえていた涙がこぼれる。

後ろから、正輝が私を抱きしめた。

こんなに暖かいのに、こんなに近くにいるのに、もう・・・会えないの?


「桜、君が僕に言った言葉、覚えている?」