『交換ウソ日記』購入者特典SS
櫻いいよ/著

番外編SS『交換ウソ日記Epsode-plus』

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好きだ

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瀬戸山

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何度見たかわからないしわくちゃのラブレターは、いつだってわたしの胸をきゅっと締めつける。

力を抜いて縮こまる心臓を元に戻すかのようにふうっと息を吐きだしてから、ひとりきりで過ごす瀬戸山くんの部屋を見渡した。

六畳の和室。電気ストーブが稼働音を微かに響かせている。


瀬戸山くんと期末テスト最終日に両想いになってから三日。テスト休暇に入ったので、一緒に映画を観ようと瀬戸山くんの家に遊びに来た。けれど、瀬戸山くんのおばあさんが今日は友人の家に遊びに行く日だったらしい。家に着くと同時に『ごめん! ちょっと待ってて!』とおばあさんと一緒に出かけてしまった。ちなみに妹の美久ちゃんは学校らしく不在で、今、わたしは瀬戸山くんの家で留守番をしている。

おばあさんをお友だちの家まで送ったら戻ってくると言っていたので、そろそろ帰宅するだろうけれど、人の家にひとりって……落ち着かない。


ただでさえ、まだ信じられない状態だと言うのに。

だって、〝あの〟瀬戸山くんと、わたしが付き合っているなんて。


改めて考えるだけで顔に熱が帯びる。ついでに来週の終業式、学校に行ったらどれだけウワサになっているのだろうかと想像すると羞恥に襲われて逃げたくなる……。

今は考えないでおこう、ともう一度さっき見たルーズリーフの切れはしに視線を戻した。

瀬戸山くんにもらった初めての手紙。けれど、わたし宛ではないもの。


江里乃には、瀬戸山くんと付き合った次の日に会って、今までのことを報告した。瀬戸山くんから手紙をもらったこと、返事をしてやり取りするようになったけれど、本当は江里乃宛のものだったこと。ウソをついて、やり取りをしてしまったこと。そして、好きになってしまったこと。


それに対して江里乃は『じゃあ私がキューピットだったってことじゃん! 今度なにかお礼におごってもらわなきゃ!』と笑った。

『怒らないの? 本当なら、江里乃が瀬戸山くん、と』

恐る恐る訊くと、

『あの日、あんなふうに告白されたのは希美なんだから、余計なこと気にしなくていいんだよ』

と、言ってくれた。

気にしている、のかなあ。だから、この手紙を見るたびに胸が苦しくなるのかもしれない。それだけじゃないようにも思うのだけれど。


「黒田、悪い!」

ガチャガチャ、と玄関が開く音と瀬戸山くんの声が同時に聞こえた。立ち上がり部屋の引き戸を開ける。


「おかえり、大丈夫だよ」

「ばーちゃんの友だち、玄関先ですっげえ喋りだして……遅くなってほんと悪い」

真冬だというのに、瀬戸山くんは息を切らせて額に薄っすらと汗を浮かばせていた。走って帰ってきてくれたみたいだ。


「部屋寒くなかった? この家隙間風吹き込むから」

「ううん、大丈夫」

瀬戸山くんはマフラーを外してコートを脱ぐ。その両方をハンガーに適当にかけて、「じゃあ映画観るか」と机の前に座ろうとする、と。

「なんでこんなもん持ってきてんだよ!」

瀬戸山くんが叫んだ。え、と返事をして、さっきまで自分が手にしていたものを思い出す。ラブレターが出しっぱなしだった。


「えーっと、つい」

慌てた様子で自分の書いたラブレターを握りしめる瀬戸山くんは、顔を真っ赤に染める。自分で書いたラブレターを見るのはやっぱり恥ずかしいらしい。

……ちょっとかわいい。


「まじでなんでこんなもん持ってんの?」

えーっと、その、と言いながら、瀬戸山くんのそばに膝をついて勇気を振り絞る。

「それ、どうしたらいいのか、わからなくて」


彼が『好きだ』と伝えようとした相手は、江里乃だ。

つまり、これはわたしが受け取るべきではなかったもの。


もちろんこれを江里乃に渡さなければ、とは思っていない。瀬戸山くんだっていやだろうし、わたしも、いやだ。江里乃に本当のことを伝えたものの、それとこれとは別だ。

けれど、わたしが持っていていいのだろうか。瀬戸山くんに訊いたほうがいいかもしれない。かといって、それもどうだろうかと考えていたところだった。


「じゃあ、捨てよう!」

「――え!?」

瀬戸山くんの即決に、思わず大声を出してしまった。

「いや、いらねえだろ。俺も恥ずかしいし」

怪訝そうに眉をひそめる瀬戸山くんに「でも、もったいなく、ない?」としどろもどろ答える。できれば……捨てるのであれば……取っておきたい。


「これ見て、いやな気持ちにならねえの? 黒田は」

それに対して、素直に首を振る。

瀬戸山くんがわたしのためにそう思ってくれていることはわかるし、その気持ちはうれしい。

ただ、これがわたしたちの始まりだった。


ウソをついたことは、今も反省している。あんなことすべきじゃなかった。積み重ねていくウソの重さに、自業自得とはいえ、押しつぶされそうなほど苦しかった。

でも、このラブレターがあったからこそ、わたしは瀬戸山くんを意識するようになったし、――好きになった。


「大事な、ものだって、思ってる」

「意味がわかんねえ……だって、やっぱり、ほら、なあ……なんかなあ」

瀬戸山くんは顔を歪ませる。

「あ、でも、どっちでもいいよ! えっと、思い出みたいな、ものだから」

彼をいやな気持ちにさせてしまうのなら捨てるべきだ。なくなったからって、なにかが変わるわけじゃない。慌てて言葉をつけ足したわたしを、瀬戸山くんは心の中まで探るように真っ直ぐに見据えてくる。


「……これ見て、黒田は、俺の気持ちに不安になったりしねえの?」

彼には珍しく、自信なさげな表情と声色に、ブンブンと慌てて頭を振る。

「もし、これが江里乃にちゃんと届いていたらどうなっていたかな…って、思うこともあるけど、でも」


瀬戸山くんはあの日、教室に来てくれた。一方的なわたしの手紙に向き合おうとしてくれた。その気持ちに、不安を感じることはない。

なによりも。

「わたしが、瀬戸山くんを好き、だから」


ああ、そうなんだ。

口にして、彼の気持ちを気にしているわけでもなければ、心配しているわけでもないんだ、とわかった。

これを見て胸が掴まれるのは、そういう理由じゃない。

ただ、瀬戸山くんと出会ってからの戸惑いや高鳴りを思い出しているだけ。


驚いたように目を見開く瀬戸山くんの顔を見て、恥ずかしくなり目を逸らした。

「えっと、その、だから、今も見ると、うれしくなるし。ただ、ちょっとは、この言葉を書いたときに頭に思い浮かべていたのはわたしじゃないんだなとか、思っちゃうし、これがわたし宛だったらな、とは思うんだけど。でも……あの……」


ちゃんと言葉にしなくちゃと、羞恥に体を震わせながら言葉を紡いだ。手元を絡み合わせこすり合わせながらもじもじと声にしたけれど、あまりにか細い声で彼の耳に届いているのか不安になる。

彼は、どんな顔をしているのだろうか。なに言ってんの、って顔をしていたらどうしよう。なんか、変な汗が噴き出してきた……。


「じゃあ、ちょっと待って」

瀬戸山くんはそう言って立ち上がる。顔を上げると部屋のすみでなにやらゴソゴソしはじめた。「よし」と言って戻ってきた瀬戸山くんは目の前に腰を下ろし、わたしの手を取ってなにかを握らせる。そして、わたしの手ごと大事そうに両手で包み込んだ。

彼の手のぬくもりが、じわりと体に染み込んでくる。


「これなら、許す」

なんのことかわからず、とりあえず受け取ったものを確認する。


手のひらの中にはしわくちゃのラブレター。

だけど――新たに文字がつけ足されていた。


「……よろしく、お願いします」

浮かぶ涙を隠すようにぺこりと頭を下げると、瀬戸山くんがわたしの名前を呼んだ。紙に書かれた呼び方と同じように。



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希美へ 

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好きだ

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瀬戸山

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