『天国までの49日間』購入者特典SS
櫻井千姫/著

番外編SS『俺のクラスにはいじめがある』

砂を噛んては吐き、吐いた砂を飲み込んではまた吐き。

それを繰り返しているような日常。

俺は榊洋人。中学二年生。中二病、の中二、思春期真っ盛りなお年頃。ほんと、思春期の最中にある中学二年生というのはひよこぐらいの脳みそしかない。


朝から晩まで。くだらない話題でピーピーピーピー。アイドルの事とか漫画の事とかゲームの事とか。低レベルなおしゃべりに花を咲かせては、群れを作って安心している。あっちを見てもこっちを見てもひよこ、ひよこ、ひよこの群れ。当然そんな同級生たちと会話が噛み合うわけもなく、俺は休み時間の大半を読書に費やしている。


もっと最悪なことに、うちのクラスにはいじめがある。高村舞たちのグループが二学期頃からおかしくなり始め、グループの一員だった子をいじめ始めたのだ。ほら、今日もやってる。折原安音が登校してきた途端、そそくさと廊下に出て行く高村たち。ひとりになった折原は黙って自分の机に座り、岩のように動かない。


同情の視線がいくつか、折原に向けられる。でも、誰も、何もしない。俺だってそのひとり。ひよこバカたちのいじめを仲裁したって、きっと面倒臭い結果にしかならない。わかってるから、誰もが放っておく。折原が休み時間、びしょぬれになって教室に戻ってきた時も。折原の体操着がなくなった時も。折原の教科書ノート一式がゴミ箱に捨てられていた時も。誰も、何も、しなかった。


いじめに耐えている折原は、いつも毅然としていた。泣いたら負け。そう自分に言い聞かせているような眉ひとつひそめない横顔が、格好良かった。折原はきっと、強い心を持ってる。どんなにひどくいじめられても、ポキッと折れたりしないで、ちゃんと乗り越えてみせる。そんな顔をしている折原だからこそ、俺も安心していた。こんな、ひよこだらけの低能クラスでいじめに遭ったからって、それがなんだ。折原は負けたりなんかしない。そう決めつけて、安心していた。


だけどある日、朝のホームルームで告げられた。

「夕べ、折原が自宅マンションのベランダから飛び降りた。即死だったそうだ」


誰もが息を呑んだ。高村たちがどんな表情をしていたのか、前から二番目の席に座っている俺にはわからなかった。


「中学生もいろいろ辛いことがあると思いますが、くれぐれも自ら命を絶たないように。通夜は今夜、葬儀は明日行われます。なるべく参加してください」


淡々と言う担任は、折原がいじめられていたことを知っている。知っていて、何もしなかった。いじめにちゃんと向き合おうとしなかった。でもそれは、ここにいる全員、つまり俺も、同じだ。誰もがいじめを無視し、関わりたくないと距離を置いていたからこそ、折原は死んだ。


「ねぇーやっぱ折原の自殺って、高村たちが原因なん?」

休み時間、対岸の火事のような会話が繰り広げられる。自分の名前を呼ばれた高村がちょっとビクッとした。

「当たり前だろ。毎日毎日、いじめ抜いてたんだから。ひどいよな。高村たちが殺したも同然だよ」


高村は耐え切れなかったのかガタッと机を立って、教室を出て行ってしまった。取り巻きの諏訪たちが追いかけていく。

口にしないだけで、みんな同じことを思っていた。折原が死んだのは、高村たちのせい。つまり、自分たちは関係ない。そう思って、安心していた。


違う。折原が死んだのは、俺たち全員に責任がある。たかがいじめ、と放っておいたのはクラス全員一緒。関係なかった奴なんていない。今そう正論を唱えたところで、誰も聞いてはくれないだろうが。


俺は、自分自身に苛立っていた。どうして折原の死を防ぐことが出来なかったのか、どうして今までいじめを見て見ぬふりしていたのか。あんなに強く見えた折原が、死ぬまで追い詰められているなんて知らなかった。そんなに辛かったのなら、助けたかった。俺には珍しい血の通った生々しい感情が突き上げてきた。


だから葬儀の場で折原の霊体を見た時、俺はその目を逸らさなかった。

四十九日間、折原は地上で幽霊の身として彷徨うことになる。天国か地獄か、自分で決めるために。

そんな折原に何か、してあげられることがあるんじゃないかと思った。


いじめを止めるんじゃなくて、死んでからこんなことを思うなんて我ながら身勝手だと思う。

でも、こうなったら折原にはせめてきちんと成仏して、天国に行ってほしいと思ったのだ。


俺は折原に近づいていく。折原は驚いて目を見開いている。幽霊として彷徨う折原にとって、生身の人間と目が合うのは考えられないことのはずだから。

生きている時、別に親しかったわけではない。覚えている限り、話をしたこともない。だから、自然とぶっきらぼうな声になってしまった。


「お前、そんなとこで何してんのーー?」


「――ッ」

折原が絶句していた。


ここから俺と折原の、物語が始まる。

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