『こころ食堂のおもいで御飯~仲直りの変わり親子丼~』購入者特典SS
栗栖ひよ子/著

番外編SS『炊きたてごはんに似ているもの』

最近、おむすびと一心(いっしん)の様子がおかしい。

こころ食堂のカウンターに座りながら、私――宮尾(みやお)優(ゆう)は、ふたりの様子を観察していた。


昼営業もそろそろ終わりで、お店に他のお客さんはいない。テーブル席を片付けているおむすびに一心が近寄って、なにか話している。

……のだが、その雰囲気が、おかしい。


おむすびと一心の雰囲気が変わったのは、秋が始まってすぐ。一心が自分のお父さんと仲直りしてからだ。

それまでは、一心の武士みたいな空気におむすびが緊張しているときもあったのに、今はどうだろう。


もともと炊きたてごはんみたいだったおむすびの雰囲気が、ますますほこほこしているし、一心もなんだか柔らかい。いつもきりっとまっすぐな太めの眉毛が、すこーしだけアーチを描いている。


なんだろう、これ。すごくなにかに似ているんだけど、思い出せない。

もやもやしてもどかしくて、かぶっているニット帽の猫耳をぴんぴんと伸ばして遊んでいた。


「ミャオ。なにを食べるか決まったのか?」

ふたりを見ながら遊んでいる私に気づいて、一心が声をかけにきた。

食の細い私を心配して、一心はしょっちゅうこころ食堂でお昼を摂らせてくれる。一見クールに見えるけれど優しいのだ。


【ミートボールパスタがいい】

声の出せない私が携帯画面に打った文字を見せると、一心は顔をしかめた。


「またパスタか……。二日に一回はパスタな気がする」

【好きだから】

「今日はせめて、チキンのケチャップソテーにしないか? 米を食べないと元気が出ないだろう」


私がケチャップ味のものだったら残さず食べられるので、一心はメニューにないケチャップ味の料理をいろいろと提案してくれる。

でも、今日はパスタがいいのだ。米を食べないと元気が出ないなんて、一心はたまにおじいちゃんみたいなことを言う。


【パスタの出てくる犬の映画、昨日の夜見た】

携帯画面にそれだけ打ち込むと、一心はわかってくれたみたいだ。


「そうか。なら、仕方ないな」

おむすびも、一心も、響も、私をお説教したり、子ども扱いしたりしない。中学のときの先生たちとは違う。だから私も、みんなは『友だち』だと思っている。


「ミャオちゃん、どうぞ」

できあがったミートボールパスタとセットのサラダ、スープをおむすびが持ってきた。


「ミートボール多めに入れたから、お野菜とスープもちゃんと食べてねって、一心さんが」

スープはミネストローネで、サラダには人参ドレッシングがかかっていた。これなら食べられそう。

【わかった】

そう返事して、いそいそとフォークに手を伸ばす。


一心のミートボールパスタは、甘めだけど本格的な味付けで、大きめに切ったパプリカが入っている。具はシンプルなのに、おいしい。

以前味付けを訊いたら、赤ワインやバターを入れていると言っていた。

この、ナポリタンとは違う味付けのパスタが、私はお気に入りだった。毎日注文するとさすがに一心の顔が険しくなるから、週に二回くらいにしているけど。

 

食べ終わって、食後にオレンジジュースを飲んでいると、バーの店主である響がやってきた。

「こんにちは~。おジャマするわよ」


昼営業が終わって、おむすびがさっき【準備中】の札を表にかけていたから、ごはんを食べにきたのではなさそう。


「あ、響さん。一心さんなら厨房にいると思いますよ。なにか用事ですか?」

「特に用事ってわけじゃないんだけど……。あ、ミャオ。来ていたのね」

響は蝶々みたいなひらひらした動きでカウンター席まで来て、私の隣に腰かけた。


「今日はちゃんとごはん、食べられたの?」

【うん】

「そう、えらいじゃない」


響はきっと、私がいるか様子を見に来てくれたんだな、と思う。

やたらきらきらした美貌のこのオネエは面倒見がよく、私がお世話になっている猫カフェにもよく来てくれる。

未成年でバーには行けないぶん、お店の外でなにかと気遣ってくれているのだ。


「最近、な~んか一心ちゃん、雰囲気変わったわよね」

響がそう、ぽつりとつぶやく。私と同じことを考えていたみたいだ。


【なにかに似ているけど、思い出せない】

携帯画面を見せると、響は「わかる~! あたしもなんだか既視感があるのよね」と手を叩いた。


「う~ん、なにに似ているのかしら」

ふたりでじっと考えていると、暖簾をくぐって一心が店内に戻ってきた。


「おむすび、ちょっといいか」

「はい、一心さん」

そのままおむすびを呼んで、ふたりで会話している。仕事の話だと思うのだけど、ふたりのまわりの空気だけ優しい。そこだけ、春みたいな。


――あ、思い出した。


「あ。あたし、わかったかも。ひなたぼっこしている猫二匹じゃない?」

私の肩をとんとん叩きながら、響が得意そうに伝えてくる。

それも似ているし、すごく近いのだけど、私はもっとぴったりなものを思い出したのだ。


「え、なあに? 違うの?」

ふるふると首を振ると、響は不満そうに唇をとがらせた。


ぽちぽち文字を打っている私の手元を、まだかまだかとそわそわしながら覗き込んでくる。

ドヤァ、と印籠のように掲げたその画面を見て、響は吹き出した。


「ちょ、ちょっとミャオ! すごくわかるけど、それ、ふたりには秘密にしておきなさいよ。絶対に微妙な気持ちになるから」

響はツボに入ったようで、笑いをこらえながらぷるぷる震えている。


ええ? どうしてだろう。

私は響の言葉の意味がわからず、自分で打った携帯画面をもう一度見返した。


【おむすびと一心は、縁側でお茶を飲む老夫婦に似ている】

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