清掃の時間からはじまる推し活物語 -Season2-

高3になり、いよいよ将来の進路について本気で考えなくては……と思い悩んでいた頃。

矢野先輩たちVECTAもまた、グループ結成以来、初めての試練に直面していた。

矢野先輩と同時期に事務所に入ったメンバー、ユウマの熱愛が発覚したのだ。

ユウマは、グループ加入前から交際していた彼女がいて、バレないよう細心の注意をはらいながら、関係を続けていた。

だが、VECTAが徐々に人気が出始め、世間から注目されるようになったため、彼女の方から別れを切り出されたらしい。

ユウマも、彼女の切ない決断を頭では理解していても、心が追いつかず、もう一度だけ会いたいと伝えた。
これが最後…とケジメをつけようとしていたところをゴシップ誌に撮られてしまったのだ。

事情を聞いた事務所の大人達は、
「別れたのなら、グループを脱退する必要はない。ファンに謝罪して、これからの活動で信頼を取り戻すしかない。」
という判断を下した。

当然、賛否はあったが、ユウマの残留はメンバー全員の総意でもあった。
何より、ユウマ自身が深く反省していたこともあり、最終的にグループに残ることが認められた。

俺は、SNS等でユウマさんが叩かれているのを目にする度、胸が締め付けられる思いがした。
ユウマさんは、犯罪を犯したわけではない。
だが、アイドルである以上、特別な誰かではなく、ファン全員に等しく夢を見せなくてはならない。

好きな人と別れ、謝罪し、ステージの上では完璧なパフォーマンスを求められ、今、ユウマさんは何を心の拠り所にして生きているのだろう。

それは、メンバー達かもしれないし、家族かもしれないし、自分が叶えたい夢かもしれない。

アイドルオタクの姉はこの件に関して、案の定、否定的だった。
「アイドルというのは、みんなに夢を見させる特殊な職業でしょ。
こんな写真撮られるなんて、プロ意識が足りないよ。
知名度上がってきて、一番大事な時期なのにさ。」

姉の意見は、俺の心にも刃のようにグサグサと突き刺さった。

俺は男だから、先輩と二人でいても怪しまれることはないだろう。
例え写真を撮られたとしても、いくらでも言い訳ができる。
でも、万が一、俺たちの本当の関係が明るみに出てしまったら、世間は大騒ぎとなるだろう。

急に、言いようのない不安に襲われ、眠れなくなってしまった。

深夜2時頃、先輩から
「起きてる?」
とメッセージがきた。
「起きてます」
と返信したら、
「少し話せる?」
と、聞かれ、すぐに電話した。

「…八神、ごめん。こんな時間に。」

「ぜんぜん大丈夫です。」

「ユウマの件、見た?」

「はい。ファンクラブの公式サイトに掲載された謝罪文も読みました。」

「どう思った?」

「…最初は、アイドルだって人間だし、そんなに責められるようなことか?って疑問の方が大きかったんですけど…
俺が、もしユウマさんのファンだったらって想像したら、やっぱり、理屈抜きで哀しい気持ちにはなるのかな…。」
話しながらも、考えがまとまらない。

「写真撮られたあと、ユウマとメンバーだけで話す機会があったんだ。
全部、正直に話してくれて、メンバーにも迷惑かけたって謝られたけど、今のユウマは見てられないくらい焦燥しきってる。」

先輩から、ユウマさんのことを聞いて、ますます何が正解なのか分からなくなってしまった。


ユウマさんの彼女は、ユウマさんのために別れを告げた。

ユウマさんは、別れたくなかった。

彼女は、
「私は、この先、結婚して家庭を持ちたい。
ユウマと今後も付き合うということは、一生日陰者として生きていくことになる。
そんなのは嫌だ。」
と、冷たく突き放した。

ユウマさんは、それが彼女の哀しい演技だということを痛いほど理解していた。
幼なじみで、いつも隣にいた彼女の性格は、十分すぎるほどわかっていたから。

とはいえ、アイドルをやめて共に生きるという選択も、彼女は望んでいない。

彼女は、ユウマさんの歌声がたくさんの人に届くことを誰よりも望んでいたし、それが彼の使命なのだと信じている。

たしかに、ユウマさんには類稀な才能がある。
独特な深みのある声質は、一度聴いたら忘れられない。
曲の世界観を表現することに長けていて、人の心を揺さぶる力があった。

だから、もう二人の目の前には、別れる道しかなくて、身を引き裂かれるような思いで、それぞれの道に歩を進めたのだ。

メンバー達は、そんなユウマさんのことを見守り、グループとして成功することを改めて強く誓ったと、先輩は話してくれた。

「八神は、オレとどうしたい?」

「実は…ユウマさんの彼女と同じように、先輩と別れるべきだって考えが一瞬、頭をよぎりました。
でも、俺たちは男同士だから、二人でいても世間的には怪しまれないじゃないですか。
それなのに、離れる意味ってあるのかなって思ったり…。
正直、今は答えが出ません。」

「うん。オレも八神と同じこと思ってた。
男同士ってところが、良くも悪くも特別だから。
でも…」

先輩は何か言いかけて、
「いや、なんでもない。こんな遅くまでごめん。
おやすみ。」
と、電話を切った。

先輩のことを好きだと思う気持ちは変えられないが、親友のように振る舞うことはできるかもしれない。
それなら、側にいても誰も傷つかないし、迷惑をかけることもない。

それは、言い訳であり、甘えなのだろうか?