「いちいち勝負を申し込みにこなくても、試合であたれば嫌でも勝負するんだから、それでよくないか」
宮原の声はどこまでも淡々としている。淡々としているが冷ややかでもない。熱くも冷たくもない、宮原独特の口調。
「俺がいちいち勝負を申し込むのは、そのほうが負けたときにもっと悔しい思いをするからだ。悔しければ悔しいほど、俺はやる気が湧いてくるんだ」
宮原の言ったとおり、試合であたれば嫌でも戦うことになる。勝負を申し込んだところで、試合であたらなければ戦えない。
大会のトーナメント表が発表されると、俺は自分の名前の次に宮原の名前を探す。
同じ山に名前があれば、宮原とあたる可能性は高い。反対側の山に名前があれば、宮原とあたらない可能性が高くなる。お互い決勝戦まで上り詰めなくては、宮原とあたらないからだ。
「日向は変わってるな」
宮原の声はやっぱり淡々としていて、バカにしている感じはしなかったが、変わっていると言われておもしろいわけじゃない。
「じゃあ、偶には趣向を変えてみないか」
「しゅこう?」
しゅこうが漢字に変換できなかったし、なにが「じゃあ」なのかもよくわからない。
「勝負に負けたほうが、なんでもひとつ言うことを聞く、っていうのはどう?」
咄嗟に言葉を返せなかった。
もしも俺がまた負けたら、宮原は「もう二度と勝負を挑んでこないで欲しい」と言うつもりかもしれない。
宮原は態度にいっさい出さないが、隣にいた江藤は勝負を挑んだ俺に対して、うんざりした顔だった。
勝負を挑めないのは困る。が、さっき宮原が言ったように、勝負を挑もうがどうしようが、試合であたったら戦うしかない。
「あ、やだ? ……まあ、負けるとわかってる賭けをする奴はいないか」
淡々とした口調の中、煽るような響きが微かにあった。
「俺が負けるって決めつけるなよ、宮原。今度こそ、この俺が勝つからな!」
宮原が俺になにをさせるつもりなのか知らないが、そんなことはどうでもいい。俺が勝てばすむことだ。
それに、宮原の提案は俺にとっても悪いものじゃない。宮原になんでもひとつ言うことを聞かせられるのだ。
宮原の唇が小さな笑みを描いた。
「じゃあ、どちらが勝っても、明日、個人戦の終了後に体育館の裏手で落ちあおう」
「わかった」
俺はうなずくと、
「絶対に負けないからな!」
もう一度、宮原をびしっと指さしてから、近くまで歩いてきていた仲間たちの元へもどった。
「さあ、いこうぜ」
俺は田村の肩をぽんと叩いた。
田村は窘めるような目で俺を見てきたかと思うと、視線を宮原へ移し、
「うちのバカがいつもごめん」
というように、顔の前に片手を上げた。
俺が宮原にいつも勝負を挑んでいるのは、うちの剣道部員たちも知っている。
「相手に迷惑だからやめろよ」
たびたびそう言われているが、俺はやめる気はなかった。
宮原に「迷惑だからやめてくれ」と言われたらさすがにやめるが、いまのところ宮原はなにも言ってこない。
今回の勝負で負けたら言ってくるかもしれないが。負ける気はさらさらないので、宮原がどういうつもりでいようがどうでもいい。
「また宮原に絡んでたのか? 宮原もよく怒らないよな。いくら昔なじみだからって言ってもさ」
田村は隣を歩く俺を、呆れきった顔で見つめてきた。
「なんでそんなに宮原にこだわるんだよ。そりゃあ、宮原は強いけどさ、もっと強い奴だっているわけじゃん」
誰にも言ったことはないし、これからも言うつもりはないが、俺は宮原に憧れて剣道をはじめたのだ。
憧れだからこそ、どうしても宮原に勝ちたい。宮原に勝たなくては、いつまで経っても憧れは憧れのまま。対等にはなれない。
「宮原は同い年なのに、いままで一度も勝てたことがないからだ」
俺は田村が納得しそうなことをてきとうに言って、明日、明後日と勝負をくり広げることになる体育館へ向かって歩いていった。

