【Cafe:iRiS 】〜乙女ゲームのヒロインや攻略対象と仲良くなる世界線はありですか?〜


 長い沈黙の後、葵の笑い声が部屋に響く。それは大爆笑と言ってもいいくらいの彼らしくない笑い方で、ましろは「???」と頭の中が疑問符だらけになってしまう。

「あはは……はあ、苦しい……君、本当に記憶喪失みたいだね」
「ええっと……これはドッキリかなにかですか?」

 もはやそうだと思いたい。

 モブが攻略キャラに押し倒されるイベントなどあるはずがない。しかも同性で、なんて。BLゲームならまだしも、乙女ゲームであるはずがないのだ。

「ごめんね。君と朱莉(あかり)ちゃんがバイト終わりに外でなにか話しているのを見たのもあるけど、その後もずっとふたりで一緒にいたとなれば、探りたくもなると思わない?」
「は、はい? それはつまり、朱莉先輩が心配でという?」
「どんな会話だったかまでは知らないけれど、あの子が傷付くようなことにならないよう、斎宮(いつき)さんから言われている身としては、警戒しちゃうよね」

 ヒロインを守るために急に近づいたモブを警戒した、ということだろう。

「それが記憶喪失の相談だったなら、納得はできるからね」

 それはちょっと違うのだが、ここではあえて頷くのが正解だろう。

「そ、そうなんです。先輩は俺が変だということに気付いてくれて……」
「俺も変だとは思っていたけれど、タイミングの問題かな」
「仕事には支障がなかったので……ただ、明日が定休日となれば、帰る家がわからないのはさすがにまずいと自分の中で葛藤した結果、」
「朱莉ちゃんに相談したと」

 そ、その通りです! とましろは肯定する。本当はヒロインの恋愛イベントを成就すべく、プレイヤー目線で応援しようと思ったわけだが、流れでそうなったというのが答えだ。攻略対象である葵にそれを言うのはマズイので、ここは一旦まともな方の理由で押し切ることにした。

「けど……この状況は必要でしたか?」

 冷静に考えると、なぜ自分が推しに押し倒されているのかがさっぱりわからない。ヒロインに対して牽制するにもなんか違うよな? とましろはますますこの行動の意味が理解できなかった。それに、あの問いかけも。

『君に興味があったから、って言ったら? 君はこれをどういう意味で受け取る?』
『気持ち悪いと思う? それとも幻滅した?』

 あの問いかけをした時の葵のセリフも表情も、どこか自虐的なものを感じた。

「色々と試すには必要といえば必要? 君がいつものバイトくんじゃないとしても、俺たちの事情を知って今まで通りなのか変わってしまうのか。まあまあ重要だと思うけど」
「俺を押し倒すのが、ですか?」

 今もなお、その状況は変わっていない。

 上半身がソファに仰向けにされたまま、葵は両腕で自身の身体を支えるようにしてましろを見下ろしている。ギリギリお互いの身体が触れない状態でキープされているわけだが、この状態はいつまで続くのだろうか。

「昨日までのことをまったく憶えていないなら、俺たちのことも知らないってことだよね? 朱莉ちゃんからはなにか聞いている? 彼(・)自身のことは?」
「いえ、なにも……おじいさんの喫茶店には行きましたけど……ん?」

 ましろは今の会話の違和感に対して、聞き間違いだろうかと耳を疑った。

「斎宮さんは俺たちみたいなハズレもの、生きづらさを感じている人間を救いたいという気持ちから、あのカフェを開業したんだよ。そういう子たちが普通に生活したり仕事ができる環境を作りたいんだって。まあ、実際はただの趣味で、という部分もあるのだろうけど」

 葵にもなにか事情があるということだろうか。

「まあ、いずれ知ることにはなるだろうけど。元々隠してもいないし、採用する前に斎宮さんがみんなの大体の事情を話した上で、働きたいかどうかを聞いてきたはずだからね。昨日までの君は知っていたと思うよ」
「ちなみに、葵さんの事情を聞いても……?」

 さっきの違和感はまた後で確認するとして。一緒に生活していく上で聞いておく必要はありそうだ。しかしましろは先ほどの会話から、なんとなく察してしまっているところがあり、これはその答え合わせのための問いだった。

「聞いて後悔しない?」
「いや……これは答え合わせと言いますか……俺は推しに対して偏見は一切持たないタイプなので」
「さっきも気になったんだけど、その"推し"ってどういう意味?」
「推しは推しです。俺にとっての栄養分といいますか。平凡な毎日に彩りを添えてくれる大切な存在といいますか」

 推しに推しの説明をするのは難しい。

 大好ファンです、と言ってしまえたら楽なのだが、ヒロインのためにもここは言葉を濁しておく必要がある。雨月葵は推しキャラではあるが、このゲームの攻略対象なのだ。それに同棲、もといルームシェア初日から気まずくなるのも避けたい。

「……言い方は少し違うけど、君は俺の知ってる子にちょっとだけ似てるかも、」
「へ?」

 葵の表情から感情がまったく読めない。彼の詳細にあった『つかみどころのない性格』というのがよくわかる。

「俺はね、同性が恋愛対象なんだ」

 言って、どこまでも優しげに笑った葵。
 なんとなく察していたことが確信へと変わる。

 朱莉のことを"彼"と発言した時点で、ましろは色んなピースがぴたりとハマった気がした。朱莉の祖父が話してくれた話も、つまりはそういう意味だったのだと。

 ヒロインが男の娘で、周りの攻略キャラが男性となれば、これは……。

(いや、ちょっと待って……ヒロインは性別的には男性だけど、心は女性的なんだとしたら、やっぱりこのゲームは乙女ゲームということになる?)

 ましろは葵が同性愛者であることは特に気にはならず、このセカイが乙女ゲームなのかBLゲームなのか。それによって変わってくる、今後の立ち位置や行動の方を悩むことになるのだった。