ゾウのおなかに一等星 ~偽タトゥーなあいつと擬態オタクの俺の恋~




 ぐったりと疲れを背負って家に帰る。
 新学期が始まって一週間。怒涛の日々だった。予想はしていたけれど。
 急にイメチェンしてきたやつが、学校一有名なやつと知り合いというかそれ以上の関係だとなったらそりゃ好奇心も沸くだろう。
 同級生に聞かれた時には淡々と「幼馴染」とだけ伝えたけれど、学校内どこを歩いてもチラチラ見られる。
 チョータは元々有名だったから慣れてたんだろうけど、オタク擬態をして陰に隠れて生きてきたからギャップで燃え尽きそうだ。
 全部、自分で決めたことだから逃げはしないけれど。チョータが逃げない限り。

 まだ暑さの残る九月。外から帰ると、家の中も暑い。
 エアコンの温度を二十度まで下げて強風が吹き始めるのを確認してから、シャワーを浴びる。
 いい加減に湿った頭を拭きながら脱衣所から出ると、丁度玄関の扉が開いた。
 入って来た母さんとばっちり目が合う。

「あ、おかえり」
「あ、ただいま」

 微妙な挨拶を交わす。
 俺の入院以来、わだかまりはなくなったけれどお互いテンションの高い性格をしていないから、淡々としている感じ。

「あーっと、ご飯、作るけどいる?」
「お願い。一件だけメール書いたら手伝うから」
「ん」

 スマホを振って、部屋に入っていく母さんを見送る。
 いつも通り簡単な炒め物に今日は思い立って冷凍干物をフライパンで焼く。その間に袋入りサラダ、フリーズドライの汁物と米を準備すれば、十五分もかからず晩御飯の完成だ。
 丁度母さんが部屋から出てきて、すでに食卓に並んだ夕飯を見て驚いた顔をする。

「はっや」
「簡単なものだけだし」
「何気にスペック高いわ、うちの息子。育ちがいい」
「自画自賛?」
「……母親はあんまり関係ないわね」

 無表情で呟く母さんに、思わず笑う。
 そうやって和んだところで、突然俺のスマホが震え出した。
 メールじゃなくて電話。またどこかの変なセールスかと思いながら、一応画面をチェックする。
 そこに浮かんだ名前は――

「チョータ?」

 あいつが電話なんて珍しい。
 目で母さんに出ても良いか確認すれば、すぐに頷いたのでスワイプして電話に出る。

「もしもし、どうした?」
『オータ、突然悪いな』

 耳元でチョータの声がする。電話なんていつぶりだろう。
 少しだけ生の声より低く聞こえる。

『俺、決めた』
「え?」
『あいつがもう関わってこれないようにする。俺にも、オータにも』
「チョータ? それって、どういう意味……」
『大丈夫。全部うまく行くから』
「待て、チョータ! お前、今どこ、チョータ!?」

 ブツン。
 電話が途切れた。呆然とスマホ画面を見つめる。
 時期にチョータとのLINE通話画面がふっと暗くなって、目を見開いた自分の顔が映りこんだ。

「なにか、あったの?」
「チョータ、だけど……」

 何と言えばいいんだろう。
 チョータの声。
 覚悟を決めた声だった。覚悟? 何の?
 ツゥッとまだ湿ったままの髪から水滴が落ちて、首から背中へと流れていく。
 ぞわりと悪寒が奔った。

「チョータが、危ないかも」
「え?」

 聞き返した母さんに、今の短いチョータとのやり取りを伝える。
 関わってこないようにするって、まさか、あの屑を……まさか、な?
 蒼白な顔になった俺を見て、母さんは素早く自分のスマホを掴んだ。

「あ、ヨーコさん? 吉井旺太の母の(あや)です。突然ですがちょっとお願いがあって。ええ……朝大(ともひろ)君のことで。さっきうちの息子のところに電話がかかってきたんですが、内容がちょっと不安で。はい。お父さんのところに行きそうなんです。ええ……はい、はい。それでもし見つけたら止めておいてほしくて。はい、すみませんがよろしくお願いします」

 てきぱきと事情を説明した後、電話を切って母さんは俺を見た。

「どうしたい?」
「え?」
「朝大君を探しに行くか。ここで次の連絡を待つか」

 そんなの、答えは一つだ。

「探しに行く」

 返事と同時に玄関に向けて歩き出す。
 母さんは「私はすぐにヨーコさんのところに行くから」と言った。
 だったら俺は公園やチョータの家の方へ行こう。

「何かあったらすぐ連絡して。こっちも状況は知らせる」
「うん、ありがとう」

 靴に足を押し込みながら、母さんと目を合わせて言う。
 ふっと笑って母さんは俺の肩を叩いた。

「帰ったら、ゆっくりご飯食べましょう」
「うん」

 頷いて俺は外へと飛び出した。