写真の中だけ、もうキスしてる

 はっきり言って、ただのホラーだ。まったく身に覚えのない、自分のキス写真。それもまさに今、世界で一番気に食わない人間ランキングに入った奴との。

「なにこれ……ちょ、え?」

 僕は颯太から、派手なカバーのスマホをひったくった。自分の目が信じられなくて、こんな絵面見たくもないのに、何度も拡大して見てしまう。

「僕、こんなことしてないよ! 誰かの嫌がらせ? AIとか?」
「これ出してくるAI、趣味悪すぎるだろ」

 鼻を鳴らす立花に、覗き込んでいたみんなが笑う。

「でも朝陽、お前イケメンだから画にはなってるぜ? 高瀬も顔きれいだし」
「そういう問題じゃないし、実際はキスしてないからね? 僕はただ、この頭おかしい――」

 思いっきり悪口を言いかけて、僕は危ういところで口をつぐんだ。立花だけならまだしも、まだみんなが周りにいる。開始一週間で、こいつのためだけに高瀬晴のイメージを落としたくない。

「……とにかく、みんな忘れてよ。これは消すから」

 僕は首を振って、もう一度颯太のスマホを取り上げた。ゴミ箱のアイコンを押して、見るのもおぞましい光景をさっさと削除――

 ……しようとしたのに、なぜか写真は消えなかった。「削除しました」とメッセージは出てくるのに、フォルダを開き直すとまだそこにある。僕は眉をひそめて、もう一度試した。でも、何度やっても写真は消えない。なんだこれ。まさか、本当にホラーなのか……?

「……これ、どういうこと?」
「オレ、変な設定したかなあ。貸してみ……あ、ほんとに消えないわ」
「何やっても消えないか? 一回他の端末に送っとけば元データは消せるとか、そういう抜け道もない?」

 ちょっと薄気味悪くなってきた僕らは、立花の提案も試してみることにした。でも、送った颯太の方でも、送られた僕の方でも、何をやってもまったく消えない。結果として、僕のアルバムに、宿敵とのキス写真が追加された。ふざけんなよ。

「最悪じゃん! 何してくれたんだよ!」
「ふうん。やっぱり消えないのか」
「お前のせいだろ! 颯太、それ立花にも送ってやれよ。僕だけ不公平だ」
「だってさ。立花、LINE教えてくんね?」
「今の流れで教える奴がいるか? 絶対、クラスLINEから俺のアカウント探すなよ? 絶対だぞ?」
「あ、さっすがー! お前、わかってるわ。ってか、どうせ送るなら、もうちょっと試してみてもいい?」

 いつの間にか掃除の時間も過ぎて、人はまばらになっていた。広くなった教室で、颯太が僕らにカメラを向けて、勝手にパシャリ、パシャリと写真を撮っていく。そろそろ部活へ行きたそうにドアの方を見ている立花から、僕はじりじりと後ずさって距離を取った。

「うーん。さっきの以外は普通だな……あ、でも、やっぱりたまに面白いの混ざるわ。ほら」

 机の上に置かれたスマホの画面を、僕はこわごわと覗き込んだ。颯太の指が画面をスクロールして、いくつかの「面白い」写真を拡大する。立花が、僕と手を繋いでいる。僕が、立花の頭を撫でている……うわあ。

「これとかめっちゃ仲良さそう。立花、晴の肩に顎乗せてんじゃん」
「ほんとだ」

 なんでもないように頷く立花に、無性にイラっとする。ほんと、こいつだけは何を考えてるのかわからない……いや、「なんで何も考えないでいられるのか」わからない。こんな写真が写るなんて、物理現象としても僕らのすることとしてもありえないのに、何だよその薄いリアクションは。

「なに受け入れてんだよ」
「いや、確かにちょうど良さそうだなって」
「……は?」

 目を白黒させる僕に、立花が自分の鼻のあたりで手のひらを水平に動かしてみせる。

「だってお前、俺より身長低いじゃん」
「たかが五センチくらいでしょ。変わんないって」
「五センチはけっこう変わるだろ。お前だって、もう身長伸びないんだから」
「じゃあその五センチ、今なくしてやるよ!」

 とうとう僕は立花の頭に手を伸ばして、ぐいっとその頭を押し下げた。つんのめりかけた立花が、体勢を立て直して、さすがに眉を上げる。

「お前、けっこう暴力的だよな」
「自業自得だろ。お前が余計なことばかり言うから――」
「待って……あれ?」

 またもや颯太が声を上げた。

「おかしいな。オレ、さっき異常写真だけ別フォルダに移したんだけど、一枚普通になってる……どれか戻った?」
「……え?」

 僕は急いで確認した。肩に顎のせてるやつはまだあるし、手を繋いでるやつもある。他には……

「あ。お前が俺の頭撫でてたやつがなくね?」
「ほんとだ……普通の写真に戻ってる!」
「なんでだ? 時間経過とか?」

 僕は背筋を伸ばした。これは明らかに朗報だ。ちゃんと考えてみなくちゃいけない。

「颯太。最後にそのフォルダ見たのって、いつ?」
「ついさっき。適当に連写した後、一枚ずつ追加して」
「そのあと、僕らなにやってた?」
「喧嘩してただろ。身長がどうとか。それで晴が、立花の頭つかんで――」
「――待って」

 頭の中に、ひらめくものがあった。元に戻った写真をじっと見つめて、さっきまでここに写っていた構図と、現実で喧嘩してたときの体勢を思い出す。僕の手が立花の頭に乗って、肩のあたりまで押し下げていた。向かい合う位置関係も、ほぼ同じ。ってことは、まさか。

「立花」
「ん?」
「ちょっと右手かして」
「なんで? ……ああ」

 僕がスマホに新しく拡大表示した写真を見て、立花が納得したように頷いた。

 そして、思いがけない優しい手つきで、僕の手をそっと握った。……は?

「……何やってんの?」
「写真の真似するんだろ? 繋いでるっていうより、俺がリードしてる感じじゃん」
「そうだけど……え、もっと嫌がるとかないの?」
「別に。好きでもないやつとこうしたって、何も感じないし」
「まあ、それはそうなんだけど……」

 たしかに、そういう意味では、僕も何も感じない。でも、だからと言って平然とやられると、それはそれでなんか、なんかこう、ムカつくんだけどな……!

「で、颯太」

 甘んじて立花に手を握られながら、僕は気を取り直して颯太を見た。

「もう一回、写真見てみてくれない?」

 促されてカメラロールを確認した颯太が、びっくりした顔になった。

「あ! 手繋いでたやつ、元に戻ってるぜ!」
「やっぱりか!」

 僕は立花の手を放り出して、ぐっとガッツポーズをした。

「現実で再現したら、元に戻せるんだ。残りも、そうすればいいんだよ!」

 よかった。異常写真も、永久に残るわけじゃないんだ。なんでいきなりこんなものが写り始めたのかも知りたいけど、ひとまず戻し方がわかったのは大きい。やっぱり、ちゃんと頭は使うもんだ。

 そう一人で頷いていると、颯太が若干変な顔をした。

「え……晴。この肩もたれとか、顎クイとか、ほんとに全部再現すんの?」
「うん。もちろん嫌だけど、あんな写真が残り続ける方がもっと嫌だし。ただ構図だけ再現すればいいんでしょ?」

 立花が、僕の方を面白そうにじっと見つめてくる。僕は眉を上げて、挑戦するように腕組みをした。

「じゃあ、この壁ドンも?」
「俺は普通にできるぞ」
「こっちの肩抱きも?」
「それぐらい、友達でもやるじゃん」
「それなら……最初の、このキスも?」

「――それだけは別だろ!」

 きれいに重なった僕と立花の声が、がらんとした教室に響き渡る。よかった。そこは意見が合うらしい。

「なんで? 他はいいのに? お前らの基準、わけわかんねえよ!」

 混乱した颯太の声を聞きながら、僕はもう一度写真に目を落とした。とりあえず、キス以外はなんとかなりそうだ。立花が言ったように、別に好きでもないんだから、僕だってこれぐらい平然とできる。

 恋人みたいなことを繰り返すうちに、いつの間にか相手を意識し始めてしまう……なんて、よく聞く話だ。この異常写真も、もしかしてそれを狙ってるんだろうか。

 だとしたら――写真は、僕らを甘く見過ぎだった。