最悪だった。同じクラスに、僕がもう一人いた。
新学期三日目で、僕は立花朝陽がもう嫌いになった。別に、外見が似てるわけじゃない。女子が言うには、僕が爽やか系イケメンで、あいつがワイルド系イケメンらしいけど、あの子たちはあいつのどこを見てそう思うんだろう。すかした茶髪に着崩した制服なんて、かっこいいんじゃなくてただ雑なだけだ。顔がいいから成立してるけど、黒髪も制服もきちんと整えている僕とはまるで違う。
でも、とにかくあいつは僕なのだ――やってること、だいたい全部が。
◇
高校二年の授業は、始業式の翌日からすぐに始まっていた。休みボケした頭では、黒板の数式も呪文のようにしか見えなくなってくる。窓辺では、クリーム色のカーテンが、まるで催眠術でもかけるみたいに大きく揺れていた。
「晴ー、お昼どうする?」
四時間目が終わって伸びをしていると、去年も同じクラスだった颯太がやってきた。魚屋の鉢巻が似合いそうな、威勢のいい顔立ちをしたお調子者だ。いつものちゃっかりした表情で、僕に選択肢を丸投げしてくる。
見回すと、颯太だけじゃなくて、周りのみんなもお互いに様子をうかがっていた。それとなく行き交う視線が、何度か僕の顔を通り過ぎていく。もちろん、その期待に応えない僕じゃない。
「せっかくだし、みんなで食堂行かない?」
まだ整然と並んでる机を、一番遠い列まで見渡してにっこり誘う。教室の空気が、ほっとしたように明るくゆるんだ。
「お、いいじゃん。そうしよ!」
「私お弁当だけど、持ってっていいかな?」
「もちろん、僕も弁当だから大丈夫だよ。七瀬さんと一緒だね」
「なに晴、またタラシこんでんの?」
「あはは、そういうんじゃないってば」
人に好かれるなんて、簡単だった。言って欲しそうな言葉を読んで、それに合わせてあげればいい。兄妹が多いからか、小さな頃から僕にはこの才能があった。自己紹介の時からそわそわと周りを見ていた隣の子も、僕が目を合わせると、嬉しそうに笑ってくれる。
「中野くん、だよね? 一緒にお昼行かない? それから、そっちの方のみんなも――」
「なー、食堂もいいけど、中庭行かね?」
いきなり僕のすぐ後ろから、空気を読まない声が割り込んできた。
振り返ると、オオカミがいた。
はっきりと整った、野性的な顔立ちをした男だった。どこか悪戯な、人懐っこい笑みを浮かべて、僕の方へ首を傾げている。運動部なのか、袖をまくったがっしりとした腕が、消しゴムをぽーんと放り投げた。放物線を描いたそれが、二つ向こうの佐伯くんの筆箱にすぽんと入って、周りで笑いが起きる。僕は、口元をひくりと引き攣らせた。こういう行動や、今の急な発言から読むに……こいつはたぶん、何も考えていない。
「……中庭?」
「そう。なんか、休み中にテーブル増えて綺麗になったらしいんだよな」
――それなのに、その一言で、みんなの注意がすっと奴に向いた。
「えっ、マジで? めっちゃ気になるじゃん」
「だろ? 行こうぜ、佐伯も来るし」
「おいおい、俺まだ何も……まあ、行くけど!」
「ほらな、これ運命の消しゴムだから。他に付き合ってくれる人ー?」
「え、行く行く!」
笑い声がして、即座に何人かが立ち上がる。隣では中野くんまで、おずおずと立ち上がろうとしていた。え……待ってよ。あいつはノリで適当に集めてるだけだけど、僕は君の名前を呼んでちゃんと誘ったんだよ? 君は、僕の方が好きなんじゃないの?
僕は笑顔のまま、立花に言ってみた。
「でも、今日けっこう風強いよ。それに、弁当持ってない人もいるんじゃないかな」
「そりゃいるだろ」
立花が肩をすくめた。開けっぱなしのシャツの胸元で、ゆるんだネクタイがほどけかかっていた。
「だから、来たい人だけ。ってか、お前は来ないの?」
「……いや。僕はいいかな。みんなと食堂行きたいし」
「そうか? じゃ、後で」
立花は軽く頷いて、数人と一緒に教室を出ていった。僕の方なんて、振り返りもしなかった。その後ろ姿を見ていると、無意識にこぶしに力が入り、舌打ちが喉まで出かかりそうになる。
……何なんだ。いったい何なんだよ、あいつは。何も考えてないくせに、なんで僕の立ち位置を横取りするんだ。それでいて僕のことまでたらしこもうなんて、まるで家に入ってきた強盗にお茶を出されたような気分だ。
「晴、行かないの?」
「え? ああ」
颯太の声で我に返った僕は、すぐに笑顔に戻って立ち上がった。
「行こ、食堂! 混んできちゃったら、みんなと一緒に座れないし」
ガタガタと椅子を引く音がして、残ったみんながついてきてくれる。真っ先に来てくれた七瀬さんを迎えながら、僕はさりげなく後ろに続いている人数を確認した。さっき立花について行った人数より、こっちの方が多い……気がした。
その後も、似たようなことが続いた。
休み時間に一人でいる子に話しかける頃合いを見ていたら、立花がもう妙なあだ名で呼んで笑わせていた。ムカつく。
教室移動で迷ってる子に声をかけようとしたら、立花が自分も道を知らないくせに一緒に出ていった。ほんとムカつく。
そんな僕の視線に、立花が気づかないわけはなかった。しかも信じられないことに、気づいたうえで、一切遠慮する気がないらしかった。僕だって気にしたくなかったけど、こればっかりは席順が悪い。十六番の高瀬晴と、十七番の立花朝陽。絶望的に相性が悪いのに、席は前後で、やることなすこといちいちかぶる。
――だから、こういう大惨事になったんだ。
新学期が始まって一週間がたつころ、最初のロングホームルームで係決めがあった。だいたいの係は何とか決まったけど、学級委員だけがまだ誰も立候補していない。
「誰かいないか? これが決まらないと、帰れないぞ」
先生が催促しても、みんな目を上げない。押し付け合うような、嫌な沈黙だった。誰かが終わらせてくれますように、っていうみんなの頭の中は、僕じゃなくたって読めるだろう。やっぱり僕、こういう空気、あんまり好きじゃないんだよなあ……。
小さくため息をついて、僕は手を挙げた。先生の目が、ほっとしたようにこっちへ向いた。
「お。高瀬――」
その途中で、視線がなぜか僕の後ろへずれる。僕は一瞬で背筋が凍った。嘘だろ。やめてよ、まさか――
「――と、立花」
僕は、ゆっくりと振り返った。立花も、こっちを見ていた。
「やりたい?」
「お前がやりたいなら邪魔しないよ」
「ううん、立花くんの方がきっとまとまるよ」
「俺は、早く部活行きたくて手挙げただけだから」
笑顔で応戦する僕らとは対照的に、犠牲者が二人もできたクラスは急に緊張を解いていた。
「もう二人でやれば?」
「ははっ、人たらしコンビでいいじゃん!」
「じゃあ、二人にお願いしていいか?」
「……もちろんです」
「いいっすよ」
不名誉極まりないコンビ扱いに、机の下でぎゅっと消しゴムを握りつぶす。最悪だ。ほんと、自分が二人いるみたい。しかも僕と違って、お前は何も考えてないくせに。ほんとお前……何なの?
僕はもう、我慢できなかった。
「ねえ。立花くん」
「ん?」
帰りの挨拶が終わるなり、僕は後ろを振り返った。開始一週間でこんな調子なら、この先一年も耐えられるわけがない。
「そろそろ、やめてくれないかな。ほんと迷惑なんだけど」
「何が? 学級委員のこと?」
「それだけじゃないよ。周りのこと見ないで、勝手に自分のペースで話進めるなって言ってるの」
「そうか?」
立花が、心底おかしそうに笑った。
「そう思ってるの、高瀬だけじゃない? お前はちゃんと人のこと見て、欲しそうな答え選ぶもんな」
「……それの何が悪いの?」
「悪いなんて言ってない。俺はやらないってだけ」
「だったら――」
オオカミの目が、ぎらりと光った……ような気がした。
「俺、いちいち人に合わせて、全員に好かれようとしてないから――お前みたいに」
気づいたら、僕は立ち上がっていた。衝動的に手を伸ばして、立花のネクタイを引っ掴む。周りで数人が、なんだなんだと振り返った。面白がるような笑い声がして、颯太もスマホをこっちに向けている。でも僕には、目の前で犬歯を見せて笑う、憎たらしい男しか見えなくなっていた。
「いい加減、黙って、くれないかな」
食いしばった歯の間から、低い声が漏れた。真っ赤に染まった視界の中で、立花が薄ら笑いを浮かべる。
「何が? 俺、さっきから何も言ってないけど」
「揚げ足取らないでよ。お前のそういうの全部、黙れって言ってんの」
「何ムキになってんだ? ってか離せよ、バスケ遅れちゃう」
「ああそう。だったら――」
「――えっ、晴?」
突然、颯太の素っ頓狂な声が割り込んできた。つられてそっちを向こうとする立花を、僕は強引に揺さぶって引き戻した。
「颯太、僕いま忙しいから後で。立花、よく聞けよ――」
「え、ちょっと待って。晴、これ……」
ところが、颯太は引き下がらなかった。一瞬だけ目を向けると、颯太は信じられないような顔で、スマホを見つめていた。近くのクラスメイトが数人、覗き込んで爆笑している。
「えっ、うそ! 何これ」
「お前ら、何してんの?」
「……なんの話?」
さすがに眉をひそめた僕に、颯太がスマホの画面を向けてくる。どうやら、勝手に僕らの写真を撮ったらしい。でも、そこに映ってる構図を見て、僕の口があんぐり開いた。
画面の中の僕は、立花のネクタイなんて掴んでいなかった。代わりに、奴のはだけかけたシャツの胸元に、そっと手を添えている。立花も僕を押し返すどころか、片腕で腰を抱き寄せ、反対の手で後頭部を優しく引き寄せていて――
これだけ喧嘩してるのに、写真の中で僕たちは、なぜかキスしていた。
新学期三日目で、僕は立花朝陽がもう嫌いになった。別に、外見が似てるわけじゃない。女子が言うには、僕が爽やか系イケメンで、あいつがワイルド系イケメンらしいけど、あの子たちはあいつのどこを見てそう思うんだろう。すかした茶髪に着崩した制服なんて、かっこいいんじゃなくてただ雑なだけだ。顔がいいから成立してるけど、黒髪も制服もきちんと整えている僕とはまるで違う。
でも、とにかくあいつは僕なのだ――やってること、だいたい全部が。
◇
高校二年の授業は、始業式の翌日からすぐに始まっていた。休みボケした頭では、黒板の数式も呪文のようにしか見えなくなってくる。窓辺では、クリーム色のカーテンが、まるで催眠術でもかけるみたいに大きく揺れていた。
「晴ー、お昼どうする?」
四時間目が終わって伸びをしていると、去年も同じクラスだった颯太がやってきた。魚屋の鉢巻が似合いそうな、威勢のいい顔立ちをしたお調子者だ。いつものちゃっかりした表情で、僕に選択肢を丸投げしてくる。
見回すと、颯太だけじゃなくて、周りのみんなもお互いに様子をうかがっていた。それとなく行き交う視線が、何度か僕の顔を通り過ぎていく。もちろん、その期待に応えない僕じゃない。
「せっかくだし、みんなで食堂行かない?」
まだ整然と並んでる机を、一番遠い列まで見渡してにっこり誘う。教室の空気が、ほっとしたように明るくゆるんだ。
「お、いいじゃん。そうしよ!」
「私お弁当だけど、持ってっていいかな?」
「もちろん、僕も弁当だから大丈夫だよ。七瀬さんと一緒だね」
「なに晴、またタラシこんでんの?」
「あはは、そういうんじゃないってば」
人に好かれるなんて、簡単だった。言って欲しそうな言葉を読んで、それに合わせてあげればいい。兄妹が多いからか、小さな頃から僕にはこの才能があった。自己紹介の時からそわそわと周りを見ていた隣の子も、僕が目を合わせると、嬉しそうに笑ってくれる。
「中野くん、だよね? 一緒にお昼行かない? それから、そっちの方のみんなも――」
「なー、食堂もいいけど、中庭行かね?」
いきなり僕のすぐ後ろから、空気を読まない声が割り込んできた。
振り返ると、オオカミがいた。
はっきりと整った、野性的な顔立ちをした男だった。どこか悪戯な、人懐っこい笑みを浮かべて、僕の方へ首を傾げている。運動部なのか、袖をまくったがっしりとした腕が、消しゴムをぽーんと放り投げた。放物線を描いたそれが、二つ向こうの佐伯くんの筆箱にすぽんと入って、周りで笑いが起きる。僕は、口元をひくりと引き攣らせた。こういう行動や、今の急な発言から読むに……こいつはたぶん、何も考えていない。
「……中庭?」
「そう。なんか、休み中にテーブル増えて綺麗になったらしいんだよな」
――それなのに、その一言で、みんなの注意がすっと奴に向いた。
「えっ、マジで? めっちゃ気になるじゃん」
「だろ? 行こうぜ、佐伯も来るし」
「おいおい、俺まだ何も……まあ、行くけど!」
「ほらな、これ運命の消しゴムだから。他に付き合ってくれる人ー?」
「え、行く行く!」
笑い声がして、即座に何人かが立ち上がる。隣では中野くんまで、おずおずと立ち上がろうとしていた。え……待ってよ。あいつはノリで適当に集めてるだけだけど、僕は君の名前を呼んでちゃんと誘ったんだよ? 君は、僕の方が好きなんじゃないの?
僕は笑顔のまま、立花に言ってみた。
「でも、今日けっこう風強いよ。それに、弁当持ってない人もいるんじゃないかな」
「そりゃいるだろ」
立花が肩をすくめた。開けっぱなしのシャツの胸元で、ゆるんだネクタイがほどけかかっていた。
「だから、来たい人だけ。ってか、お前は来ないの?」
「……いや。僕はいいかな。みんなと食堂行きたいし」
「そうか? じゃ、後で」
立花は軽く頷いて、数人と一緒に教室を出ていった。僕の方なんて、振り返りもしなかった。その後ろ姿を見ていると、無意識にこぶしに力が入り、舌打ちが喉まで出かかりそうになる。
……何なんだ。いったい何なんだよ、あいつは。何も考えてないくせに、なんで僕の立ち位置を横取りするんだ。それでいて僕のことまでたらしこもうなんて、まるで家に入ってきた強盗にお茶を出されたような気分だ。
「晴、行かないの?」
「え? ああ」
颯太の声で我に返った僕は、すぐに笑顔に戻って立ち上がった。
「行こ、食堂! 混んできちゃったら、みんなと一緒に座れないし」
ガタガタと椅子を引く音がして、残ったみんながついてきてくれる。真っ先に来てくれた七瀬さんを迎えながら、僕はさりげなく後ろに続いている人数を確認した。さっき立花について行った人数より、こっちの方が多い……気がした。
その後も、似たようなことが続いた。
休み時間に一人でいる子に話しかける頃合いを見ていたら、立花がもう妙なあだ名で呼んで笑わせていた。ムカつく。
教室移動で迷ってる子に声をかけようとしたら、立花が自分も道を知らないくせに一緒に出ていった。ほんとムカつく。
そんな僕の視線に、立花が気づかないわけはなかった。しかも信じられないことに、気づいたうえで、一切遠慮する気がないらしかった。僕だって気にしたくなかったけど、こればっかりは席順が悪い。十六番の高瀬晴と、十七番の立花朝陽。絶望的に相性が悪いのに、席は前後で、やることなすこといちいちかぶる。
――だから、こういう大惨事になったんだ。
新学期が始まって一週間がたつころ、最初のロングホームルームで係決めがあった。だいたいの係は何とか決まったけど、学級委員だけがまだ誰も立候補していない。
「誰かいないか? これが決まらないと、帰れないぞ」
先生が催促しても、みんな目を上げない。押し付け合うような、嫌な沈黙だった。誰かが終わらせてくれますように、っていうみんなの頭の中は、僕じゃなくたって読めるだろう。やっぱり僕、こういう空気、あんまり好きじゃないんだよなあ……。
小さくため息をついて、僕は手を挙げた。先生の目が、ほっとしたようにこっちへ向いた。
「お。高瀬――」
その途中で、視線がなぜか僕の後ろへずれる。僕は一瞬で背筋が凍った。嘘だろ。やめてよ、まさか――
「――と、立花」
僕は、ゆっくりと振り返った。立花も、こっちを見ていた。
「やりたい?」
「お前がやりたいなら邪魔しないよ」
「ううん、立花くんの方がきっとまとまるよ」
「俺は、早く部活行きたくて手挙げただけだから」
笑顔で応戦する僕らとは対照的に、犠牲者が二人もできたクラスは急に緊張を解いていた。
「もう二人でやれば?」
「ははっ、人たらしコンビでいいじゃん!」
「じゃあ、二人にお願いしていいか?」
「……もちろんです」
「いいっすよ」
不名誉極まりないコンビ扱いに、机の下でぎゅっと消しゴムを握りつぶす。最悪だ。ほんと、自分が二人いるみたい。しかも僕と違って、お前は何も考えてないくせに。ほんとお前……何なの?
僕はもう、我慢できなかった。
「ねえ。立花くん」
「ん?」
帰りの挨拶が終わるなり、僕は後ろを振り返った。開始一週間でこんな調子なら、この先一年も耐えられるわけがない。
「そろそろ、やめてくれないかな。ほんと迷惑なんだけど」
「何が? 学級委員のこと?」
「それだけじゃないよ。周りのこと見ないで、勝手に自分のペースで話進めるなって言ってるの」
「そうか?」
立花が、心底おかしそうに笑った。
「そう思ってるの、高瀬だけじゃない? お前はちゃんと人のこと見て、欲しそうな答え選ぶもんな」
「……それの何が悪いの?」
「悪いなんて言ってない。俺はやらないってだけ」
「だったら――」
オオカミの目が、ぎらりと光った……ような気がした。
「俺、いちいち人に合わせて、全員に好かれようとしてないから――お前みたいに」
気づいたら、僕は立ち上がっていた。衝動的に手を伸ばして、立花のネクタイを引っ掴む。周りで数人が、なんだなんだと振り返った。面白がるような笑い声がして、颯太もスマホをこっちに向けている。でも僕には、目の前で犬歯を見せて笑う、憎たらしい男しか見えなくなっていた。
「いい加減、黙って、くれないかな」
食いしばった歯の間から、低い声が漏れた。真っ赤に染まった視界の中で、立花が薄ら笑いを浮かべる。
「何が? 俺、さっきから何も言ってないけど」
「揚げ足取らないでよ。お前のそういうの全部、黙れって言ってんの」
「何ムキになってんだ? ってか離せよ、バスケ遅れちゃう」
「ああそう。だったら――」
「――えっ、晴?」
突然、颯太の素っ頓狂な声が割り込んできた。つられてそっちを向こうとする立花を、僕は強引に揺さぶって引き戻した。
「颯太、僕いま忙しいから後で。立花、よく聞けよ――」
「え、ちょっと待って。晴、これ……」
ところが、颯太は引き下がらなかった。一瞬だけ目を向けると、颯太は信じられないような顔で、スマホを見つめていた。近くのクラスメイトが数人、覗き込んで爆笑している。
「えっ、うそ! 何これ」
「お前ら、何してんの?」
「……なんの話?」
さすがに眉をひそめた僕に、颯太がスマホの画面を向けてくる。どうやら、勝手に僕らの写真を撮ったらしい。でも、そこに映ってる構図を見て、僕の口があんぐり開いた。
画面の中の僕は、立花のネクタイなんて掴んでいなかった。代わりに、奴のはだけかけたシャツの胸元に、そっと手を添えている。立花も僕を押し返すどころか、片腕で腰を抱き寄せ、反対の手で後頭部を優しく引き寄せていて――
これだけ喧嘩してるのに、写真の中で僕たちは、なぜかキスしていた。
