邦雄がアンピシア海賊団の一員にされて、早1週間。
漸く異世界の船に慣れてきたこの日、彼は初めてこの世界の陸地に降り立った。
目の前に飛び込んできた景色に、邦雄は開いた口がふさがらなかった。
訪れているのは、この国の首都。港からも見えるのは、石造りの要塞のような建物。マーンが教えてくれたが、あれは日本で言うところの皇居らしい。
そして城下町は、人々の熱気に満ちていた。
荷車に乗せられた農作物を売る者、酒樽を抱えていく店主、女性に布を勧める商店の者。
ニッドが指さした先の香辛料や砂糖は、大洋の向こうからもたらされたものだそうだ。
呉の街も活気はあるが、この豊かさは質が違う。
配給ではなく、モノがあふれている。それがもう、苦しいくらい衝撃だった。
ある程度進んだところで、エドワードが部下たちを振り返った。
「19時にマーンの実家集合。ヨルム、お前は売り捌いたら城前で待機しとけ。じゃ、解散」
なんと雑すぎる指示。だが周囲の船員は「イエッサー!」と当然の返事だ。
そしてあっという間に、彼らは好き勝手散り散りになるではないか。
駆け出すマーンとニッド。デイブはレーンに声をかけ、2人で並んで歩き出す。
「え!? あの、え!?」
邦雄の声など、誰も聞いていない。
マーンの実家とはどこだろう。正直、桟橋まで戻る道すら怪しい。 この世界の貨幣を、邦雄はまだ一銭も持っていないのだが。
どうしよう。
そんな邦雄の肩を、ポンと叩くマメだらけの手。
「まだ昼だ。飯、一緒に行くか?」
振り向くと、そこに居たのはリヴァイだ。
「あ、ありがとの……!!」
それはまさに、鶴の一声だった。
◇
リヴァイが案内してくれたのは、まるで歴史の教科で習った鹿鳴館のようなお屋敷だった。
腰に差した剣を入口の係に見せるだけで、奥へ通される。
あてがわれたのは個室だ。大和の食堂より華やかに見える空間に鎮座する机に向かって、腰掛ける。
何やら給仕係にリヴァイが伝えると、恭しく礼をして係の者は部屋を後にしてしまった。
「騎士団御用達の店だ。……俺は正式には追放されている状態だが、それでも正規の客として扱ってくれている。ゆっくりするといい」
「は、はあ……」
とてもじゃないが、ゆっくりなどできそうにない。
けれどそこからの会話は、まさに情報交換だった。
リヴァイから聞かれたのは、日本のことや、海軍のこと。そして、なぜ商船が蒸気船だと見抜けたのか。
邦雄はそれに、丁寧に答えていった。
「なるほど……。戦に特化した船舶である軍艦に乗り、海の戦をする騎士団が、海軍……。その軍艦を、帆を張らずに動かせる推進力が、蒸気機関……」
「まあ、そんな感じです」
理解した内容をしみじみと復唱するリヴァイ。日本のことを説明するのはこれで3度目だが、こんなに真剣に理解してくれたのは初めてだ。
みずみずしい野菜の盛り合わせという、信じられないものを口に運ぶ邦雄。向かいに座る騎士を、彼は改めて分析した。
陽気で軽快で親しみやすいのは、ニッドとマーンとレーンの3名。魅力もあるがおっかないのは、エドワードを筆頭にヨルムとデイブ。
そこまでは航海の間に分かったが、リヴァイとこうしてじっくり話すのは初めてだ。
どちらかと言えば、おっかない組に近い。お調子者なニッドに目くじらを立てていたし、デイブとは常に口論している。
けれど彼の戦いへの姿勢や雰囲気は、どこか海軍魂に通じるものがあった。初めての商船襲撃で、エドワードからの無茶振りを邦雄が遂行できたのは、リヴァイの騎士道精神のおかげだ。
一番、信頼できるかもしれない。
邦雄は彼に対して、そう認識を改めた。
「それで……クニオはその軍艦のうちの1つ、大和で戦闘を行っているうちに……海に落ちたところを、レーンに発見された。……ということか?」
首を傾げるリヴァイ。だがそこに関しては、邦雄も首を傾げるしかない。
「たぶん……? 俺は、死んだと思ってたんじゃが……」
「死んだ? なんで」
「そりゃあ……!!」
食事の手を止め、ギュッと両手を強く握る。
1週間経ったとしても、あの地獄は鮮明に思い出せた。
「あの大和が、あがいに傾いて……。あちこちから、米軍機の銃弾が雨のように振ってくるんじゃ。そがいな中に放り出されて、掴むもんも、盾になるもんものう……。良うて甲板、悪うて魚雷が向かってくる海の中に叩きつけられて、一巻の終わりかと……」
なぜ、自分だけがこんなところでまだ生きているのか。
それは、消えることのない最大の疑問だ。
「……壮絶、だったんだな」
「……」
返す言葉が、出てこなかった。
「……日本には、魔法を使える方はいらっしゃるのか?」
「……?」
魔法。船の熱源になっていた謎の石も、それに関わるとヨルムは言っていた。
未知の「魔法」という言葉に、邦雄は怪訝な顔でリヴァイを見つめてしまう。すると表情で察してくれたのか、リヴァイは食事の手を止めて話し始めた。
「多くの国の国王や一部の貴族が使える、不思議な力が魔法だ。もちろん、この国の陛下も使うことができる。騎士団で学んだ限りでは、基本的に1人1つの魔法しか使えないそうだ」
「不思議な、力……?」
漠然とした内容に、疑問符が浮かぶ。聞き返した邦雄に、先輩はさらに詳しく語ってくれた。
「例えば……船長が分かりやすいか。共に戦ったあの夜、周りの海は静かなのに、船長は『商船がいる』なんて言い出しただろう?」
「……そうじゃったな」
その場面は、容易に思い出せる。マーンたちと酒を飲んでいたところに、突然エドワードが戦闘指示を出してきたのだ。
確かに、言われた時は蒸気船の音なんて全く聞こえなかった。
「あれは、船長の魔法……海上索敵魔法で、離れた位置にいる商船を感知したからできた襲撃だ」
「海上……索敵……!?」
「そう」
思わず繰り返した邦雄に、淡々とリヴァイは頷く。続いた解説は、さらに衝撃的だった。
「海の上の一定範囲内にいるものの動きを感知することができる。それが、船長の持つ魔法」
「海の上の……範囲内の、動きを感知……!?」
「あぁ。だから航海中は、船長に隠し事なんてできないぞ」
「……」
なんと羨ましい、喉から手が出るほど欲しい力だろう。
このように、通常では成し得ないことを実現できる力が「魔法」というそうだ。
それを使える者が日本にいるのなら、魔法の結果邦雄はここへ来たのではないか。リヴァイはそう仮説立ててくれている。
けれど残念ながら、邦雄の耳にその言葉は届いていない。
「つ、つまり……!」
ワナワナと震えながら、邦雄は理解したことを復唱した。
「船長の魔法がありゃあ、偵察機を放たんでも敵空母を発見できる……!?敵艦の接近にすぐさま気づける……!?そんなんが可能なのが魔法……!?なん、なんてこった……!!」
「……なんて??」
それさえあれば、大和の主砲の威力を最大限に生かせたかもしれないのに!!
やり場のない悔しさと衝撃で、邦雄は打ちのめされる。リヴァイの怪訝な顔に、気づくことはできなかった。
追い打ちをかけるように、運ばれてきたのは肉を焼いた料理。しかも見たことがないほど分厚いのだ、肉が。
なんて贅沢な食事だろう。こんなもの食べては、バチが当たりそうだ。
恐る恐る口へ運べば、その肉の柔らかいこと。
噛む度に肉汁が溢れ、かけられているソースと絡まり表現できないほどの美味さ。
鎮守府や大和の食事も美味かった。だが申し訳ないが、これはもう規格外だ。
こんな食事を、母に腹いっぱい食べさせてやりたかった。
最期の食事でもいいから、仲間とこんな肉を食らいたかった。
教官をこんな店に連れて来られたら、少しは恩返しできただろうか。
もう、ボロボロだ。
邦雄の涙は、決壊したダムそのものだった。
漸く異世界の船に慣れてきたこの日、彼は初めてこの世界の陸地に降り立った。
目の前に飛び込んできた景色に、邦雄は開いた口がふさがらなかった。
訪れているのは、この国の首都。港からも見えるのは、石造りの要塞のような建物。マーンが教えてくれたが、あれは日本で言うところの皇居らしい。
そして城下町は、人々の熱気に満ちていた。
荷車に乗せられた農作物を売る者、酒樽を抱えていく店主、女性に布を勧める商店の者。
ニッドが指さした先の香辛料や砂糖は、大洋の向こうからもたらされたものだそうだ。
呉の街も活気はあるが、この豊かさは質が違う。
配給ではなく、モノがあふれている。それがもう、苦しいくらい衝撃だった。
ある程度進んだところで、エドワードが部下たちを振り返った。
「19時にマーンの実家集合。ヨルム、お前は売り捌いたら城前で待機しとけ。じゃ、解散」
なんと雑すぎる指示。だが周囲の船員は「イエッサー!」と当然の返事だ。
そしてあっという間に、彼らは好き勝手散り散りになるではないか。
駆け出すマーンとニッド。デイブはレーンに声をかけ、2人で並んで歩き出す。
「え!? あの、え!?」
邦雄の声など、誰も聞いていない。
マーンの実家とはどこだろう。正直、桟橋まで戻る道すら怪しい。 この世界の貨幣を、邦雄はまだ一銭も持っていないのだが。
どうしよう。
そんな邦雄の肩を、ポンと叩くマメだらけの手。
「まだ昼だ。飯、一緒に行くか?」
振り向くと、そこに居たのはリヴァイだ。
「あ、ありがとの……!!」
それはまさに、鶴の一声だった。
◇
リヴァイが案内してくれたのは、まるで歴史の教科で習った鹿鳴館のようなお屋敷だった。
腰に差した剣を入口の係に見せるだけで、奥へ通される。
あてがわれたのは個室だ。大和の食堂より華やかに見える空間に鎮座する机に向かって、腰掛ける。
何やら給仕係にリヴァイが伝えると、恭しく礼をして係の者は部屋を後にしてしまった。
「騎士団御用達の店だ。……俺は正式には追放されている状態だが、それでも正規の客として扱ってくれている。ゆっくりするといい」
「は、はあ……」
とてもじゃないが、ゆっくりなどできそうにない。
けれどそこからの会話は、まさに情報交換だった。
リヴァイから聞かれたのは、日本のことや、海軍のこと。そして、なぜ商船が蒸気船だと見抜けたのか。
邦雄はそれに、丁寧に答えていった。
「なるほど……。戦に特化した船舶である軍艦に乗り、海の戦をする騎士団が、海軍……。その軍艦を、帆を張らずに動かせる推進力が、蒸気機関……」
「まあ、そんな感じです」
理解した内容をしみじみと復唱するリヴァイ。日本のことを説明するのはこれで3度目だが、こんなに真剣に理解してくれたのは初めてだ。
みずみずしい野菜の盛り合わせという、信じられないものを口に運ぶ邦雄。向かいに座る騎士を、彼は改めて分析した。
陽気で軽快で親しみやすいのは、ニッドとマーンとレーンの3名。魅力もあるがおっかないのは、エドワードを筆頭にヨルムとデイブ。
そこまでは航海の間に分かったが、リヴァイとこうしてじっくり話すのは初めてだ。
どちらかと言えば、おっかない組に近い。お調子者なニッドに目くじらを立てていたし、デイブとは常に口論している。
けれど彼の戦いへの姿勢や雰囲気は、どこか海軍魂に通じるものがあった。初めての商船襲撃で、エドワードからの無茶振りを邦雄が遂行できたのは、リヴァイの騎士道精神のおかげだ。
一番、信頼できるかもしれない。
邦雄は彼に対して、そう認識を改めた。
「それで……クニオはその軍艦のうちの1つ、大和で戦闘を行っているうちに……海に落ちたところを、レーンに発見された。……ということか?」
首を傾げるリヴァイ。だがそこに関しては、邦雄も首を傾げるしかない。
「たぶん……? 俺は、死んだと思ってたんじゃが……」
「死んだ? なんで」
「そりゃあ……!!」
食事の手を止め、ギュッと両手を強く握る。
1週間経ったとしても、あの地獄は鮮明に思い出せた。
「あの大和が、あがいに傾いて……。あちこちから、米軍機の銃弾が雨のように振ってくるんじゃ。そがいな中に放り出されて、掴むもんも、盾になるもんものう……。良うて甲板、悪うて魚雷が向かってくる海の中に叩きつけられて、一巻の終わりかと……」
なぜ、自分だけがこんなところでまだ生きているのか。
それは、消えることのない最大の疑問だ。
「……壮絶、だったんだな」
「……」
返す言葉が、出てこなかった。
「……日本には、魔法を使える方はいらっしゃるのか?」
「……?」
魔法。船の熱源になっていた謎の石も、それに関わるとヨルムは言っていた。
未知の「魔法」という言葉に、邦雄は怪訝な顔でリヴァイを見つめてしまう。すると表情で察してくれたのか、リヴァイは食事の手を止めて話し始めた。
「多くの国の国王や一部の貴族が使える、不思議な力が魔法だ。もちろん、この国の陛下も使うことができる。騎士団で学んだ限りでは、基本的に1人1つの魔法しか使えないそうだ」
「不思議な、力……?」
漠然とした内容に、疑問符が浮かぶ。聞き返した邦雄に、先輩はさらに詳しく語ってくれた。
「例えば……船長が分かりやすいか。共に戦ったあの夜、周りの海は静かなのに、船長は『商船がいる』なんて言い出しただろう?」
「……そうじゃったな」
その場面は、容易に思い出せる。マーンたちと酒を飲んでいたところに、突然エドワードが戦闘指示を出してきたのだ。
確かに、言われた時は蒸気船の音なんて全く聞こえなかった。
「あれは、船長の魔法……海上索敵魔法で、離れた位置にいる商船を感知したからできた襲撃だ」
「海上……索敵……!?」
「そう」
思わず繰り返した邦雄に、淡々とリヴァイは頷く。続いた解説は、さらに衝撃的だった。
「海の上の一定範囲内にいるものの動きを感知することができる。それが、船長の持つ魔法」
「海の上の……範囲内の、動きを感知……!?」
「あぁ。だから航海中は、船長に隠し事なんてできないぞ」
「……」
なんと羨ましい、喉から手が出るほど欲しい力だろう。
このように、通常では成し得ないことを実現できる力が「魔法」というそうだ。
それを使える者が日本にいるのなら、魔法の結果邦雄はここへ来たのではないか。リヴァイはそう仮説立ててくれている。
けれど残念ながら、邦雄の耳にその言葉は届いていない。
「つ、つまり……!」
ワナワナと震えながら、邦雄は理解したことを復唱した。
「船長の魔法がありゃあ、偵察機を放たんでも敵空母を発見できる……!?敵艦の接近にすぐさま気づける……!?そんなんが可能なのが魔法……!?なん、なんてこった……!!」
「……なんて??」
それさえあれば、大和の主砲の威力を最大限に生かせたかもしれないのに!!
やり場のない悔しさと衝撃で、邦雄は打ちのめされる。リヴァイの怪訝な顔に、気づくことはできなかった。
追い打ちをかけるように、運ばれてきたのは肉を焼いた料理。しかも見たことがないほど分厚いのだ、肉が。
なんて贅沢な食事だろう。こんなもの食べては、バチが当たりそうだ。
恐る恐る口へ運べば、その肉の柔らかいこと。
噛む度に肉汁が溢れ、かけられているソースと絡まり表現できないほどの美味さ。
鎮守府や大和の食事も美味かった。だが申し訳ないが、これはもう規格外だ。
こんな食事を、母に腹いっぱい食べさせてやりたかった。
最期の食事でもいいから、仲間とこんな肉を食らいたかった。
教官をこんな店に連れて来られたら、少しは恩返しできただろうか。
もう、ボロボロだ。
邦雄の涙は、決壊したダムそのものだった。



