戦艦大和で戦死した男、異世界で海賊になる

 甲板へ戻ると、戦闘はとっくに終わっていた。

 縄に縛られた水夫たち、放置された傭兵の遺体。
 その中で平然と船内から価値のある貨物を運び出すニッド。それに続くのは、長い髪と眼鏡が特徴的な長身の男だ。
 マーンは笑顔で食料を運び出している。
 リヴァイとデイブは水夫たちの見張りらしい。
 エドワードは、鼻歌混じりに金を数えているではないか。

 なんと恐ろしい集団か。

 「ニオー!? なんで上裸なん! どないした!!」

 こちらに気づいたニッドが爆笑してくる。それによって、他のメンバーからも注目されてしまった。

「あらぁ! だいたんねニオ!」
「あぁ、マーンさん……。すみません、見苦しいじゃろ……」
「平気よ! 旦……船長には負けるけど!」
「ハハ」

 倒れている傭兵から、ジャケットを剥ぎ取るマーン。
 女性がいるならこの姿は不味かったか、と反省するのは邦雄だけ。彼女は気にした様子もなく、そのジャケットを邦雄の肩にかけてくれた。

「で? 蒸気機関ってのは壊したのか?」

 そこへ降り注ぐエドワードの厳しい言葉。船長と並んだ長髪の男も、品定めするようにこちらを見てくる。彼が、ヨルムなのだろうか。

「はっ。 動力源である熱源を奪取しましたので、船を止めるという任務は完了です」
「熱源?」
「はい」

 怪訝な顔をするエドワードへ、シャツに包んだ石を見せる。そして邦雄は、機関室で見た詳細を報告した。

 ちょうどその解説が、終わった頃。
 
「……えっ、船……止まってる……?」
「は!?!」

 ふと気づいたようなリヴァイの声。隣にいたデイブから驚きの声があがった。

 そんなことないと、否定したかったのだろう。デイブの口がパクパクと動く。
 その動きが止まるにつれて、デイブの目がどんどん見開かれていった。

「クニオ、お前……! 本当に止めたのか……!! この船を……!?」
「えっ?」

 驚愕に輝く声が、デイブから溢れ出る。こちらへ駆け寄って来ると、彼は邦雄の肩をガッシリ掴んでまくし立てた。

「この船は国旗まで掲げてるってことは、ソルラーマの国王承認も受けた優遇船だ!! 優遇船になれば、大洋の先まで止まることなく走り続けることができる船!! 他国が真似できない技術!! それを止めたぁ!?!」
「ええ、そんなになんですか……!?」

 確かに、マストには国旗らしき旗が風に揺れている。
 邦雄から見れば、戦闘中の合図にあたる位置の旗だが、あれは海賊の襲来であげられたのだろうか。それとも、この世界ではあの位置が通常なのか。

 異世界とは、摩訶不思議。そもそも目覚める前は戦艦大和で特攻作戦の真っ只中だったのだから、当然だが。
 
「おい」
「はい!」

 教官……否、船長の声に反射的にそちらを向く。
 するとエドワードは、信じられないことを口にした。

 海賊帽の下の髭面が、ニッと笑う。
  
「よくやった!」
「っ……!!」

 まさかの、称賛。

 その言葉で思い出されるのは、まだ邦雄が海軍の兵科予備学生だった頃のある日のこと。
 授業内であった試験。その結果報告と復習のために訪れた教官の机。窓から見える夕焼け空を背に、教官が言ってくれた言葉。

『……よくやった』

 その言葉が、どれほど励みになったことか。

「きょうかん……!!」

 感極まる邦雄。だが彼がいるのは、大和ではなく異世界の民間船。

「……どうしたんだ、アイツ」

 怪訝な顔をするリヴァイ。

「たぶん、船長を別人と思い込んで浸ってる」

 呆れ返ったデイブの簡潔な解説は、余計にリヴァイに疑問符を与えただけだった。

 ◇

 さて、全ての略奪品を自分たちの船に積み終えた頃には、東の空が明るみ始めていた。

 海賊船のヘリで歌うレーン。すると海賊団だけでなく、商船の水夫たちの傷も癒えていく。

 最後に相手の船から戻って来たのはリヴァイだった。彼は、水夫の縄を斬り落としてからこちらへ飛び移っていた。

「王国へ帰還するぞ! もう寄り道はナシだ!」
「イエッサー!」

 響くエドワードの声。即座に答える船員たち。

 ニッドは舵をとるデイブの元へ駆けていく。海図らしい地図とコンパスを翳して、笑顔で操舵手に方向を示していた。

 マーンは山積みの食材でエドワードへアピールしている。好きな料理を作ると、満開の笑顔で彼の腕に抱きつく姿の、熱烈さたるや。

 船長の手には、邦雄のシャツに包まれた例の熱源があった。

「さて、クニオさんでしたか」
「あ、はい!」

 周りを観察していた彼に、穏やかな声がかかる。
 慌ててそちらを振り向くと、あの長髪に眼鏡の男性だった。

「初めまして。この船の副船長、ヨルムと申します」
「副船長……!! は、初めまして。岡本邦雄です」

 予想通りの名前だったが、予想外の階級だった。
 まさかナンバー2とは思わず、慌てて邦雄はヨルムへ敬礼をした。
 そんな様子に、ヨルムは首を傾げていたが。

「ふむ……ニホン、という国では、随分不思議な挨拶をするんですね。額に手を翳すのですか……」
「あ、いや、日本ではというか海軍ではというか……。失礼しました」

 身に染み付いた癖を直さないといけないな。邦雄はそう感じながら、そーっと腕を下ろした。

 その様子にクスリと笑うヨルム。穏やかな表情のまま、副船長は告げる。

「何はともあれ、お手柄でしたね。貴方が奪ったあの石が、今回の報酬で最も価値が高いでしょう」
「え!?! そうなんか!?」

 衝撃の新事実。
 確かに、興奮気味にデイブが話していた情報を思えば、それも妥当なのかもしれないが。

 驚く邦雄に対し、ヨルムは頷いた。

「ええ。まだ一見しただけなので推測ですが、あの石には魔法が関わっているでしょう。けれど、使い手本人の手を離れてなお効力のある魔法など、聞いたことがありません」
「へえ……?」
「あの石が、ソルラーマの航海技術の要なのはほぼ確実でしょう。よくぞ、国家レベルの機密を盗み出してくれましたね」
「は、ハハ……」

 魔法とは、なんだろう。
 だがその疑問を問いかけるよりも、シレッといわれた石の重大度の衝撃が大きい。

 もしかして、無数に現れる米軍機の根幹の秘密を暴いたようなものなのか。
 ただ海軍士官として当然の基礎知識を元に推測しただけなのに、何だか予想以上の戦果になっている。

「あのぉ……ヨルムさん」
「はい、なんでしょう」

 それなら、船長の提示した条件は満たしているはず。
 そう信じて、邦雄はおずおずと口を開いた。

「軍刀……売らんといてつかぁさい。返して、もらえませんか……?」
「グントウ?」

 怪訝な顔の彼。まさか情報共有されていないなんて。
 邦雄は必死に、軍刀の特徴とエドワードとの交渉内容を共有する。

「あぁ、なるほど……」

 するとヨルムは、合点がいったように頷く。そして、ニッコリと微笑んだ。

「安心してください。首都に行くまで質屋には行きません」
「その先は!?!」
「船長に確認しますね」
「えええぇぇ!?!」

 あまりに極悪非道。これでは何のために民間船を襲うなんて軍規違反を犯したのか。

 必死に縋り付いてヨルムの説得を開始する邦雄。
 その姿を、略奪品を仕舞うリヴァイはじっと見つめていた。