商船へ邦雄が着地した途端、橋渡しの板は外された。
相手がこちらの船へ襲ってくるのを防ぐためだろう。そうと分かっていても、帰り道が無くなるとまるで特攻を仕掛けるような気分になる。
商船の中は、すでに乱闘が始まっていた。
長い髪を振り乱しながら、リヴァイは優雅に剣を振るっている。
刃を交え、容赦なく斬りかかり……。
「いやいやいや!! 人を殺しとるじゃん!!」
思わずツッコまずにはいられなかった。
先ほどカッコよく語っていた騎士の誇りとやらは、いったいどこに。
「侮るなよ!!」
邦雄の声を聞きつけ、リヴァイは叫び返す。
「コイツらは商船の護衛に雇われた傭兵! 武器を持って向かってくる以上、俺はコイツらを民衆とはみなさん!」
「……!」
そう言いながら、彼は斬りかかってくる刃を避け、胴に一閃。その先に偶然いた水夫には、剣の柄で鳩尾を殴る。
確かに、非戦闘員に刃は向けていない。これが、リヴァイにとっての「譲れない一線」。
「相変わらず甘いな、お前は!」
そう告げてきたのは、甲板前方で戦っているデイブだ。
その姿に、邦雄はギョッとしてしまった。
腕が、人のものではない。イカやタコを思わせる触手に何本にも分かれ、それぞれが自在に動いている。
恐れ慄き、逃げ惑う船員たち。触手は身なりのいい船員を押さえつけるだけでなく、発砲された銃弾を弾き落としている。
加えて、額から伸びる鬼のような赤いツノ。口元から覗くサメのような鋭い牙。
「命が惜しければ答えな? お前たちの運んでいた積み荷はこの船のどこだ」
水夫の身体を締め上げながら、恐ろしいことを聞くデイブの姿。
まさに、鬼だ。
「……化け物め」
リヴァイが呟く。それはデイブにもちゃんと聞こえていたらしい。
「お前が潔癖すぎるんだよ、この騎士気取りが!」
ペッと唾を吐きながら言い返す操舵手。その暴言を、剣士は黙って流せないようだ。
「気取りじゃない、俺は騎士だ!」
「気取りだろうが! お前はとっくに海賊だろ! 何年この船にいるんだお前!!」
「貴様ら外道と一緒にするな!」
「あぁん??」
激しく、だが余りにも場にそぐわない口論。邦雄が呆気にとられている間に、ドンドンヒートアップしていくではないか。
だと言うのに、彼らが互いを攻撃することはない。まるで事前に取り決めでもしていたかのように、戦闘の範囲が被らないのだ。
仲が悪いのか、そうでないのか。
「おい」
背後から聞こえた恐ろしい声に、邦雄の肩が震え上がる。
そのままバッと振り向けば、案の定。船のヘリから、エドワードが船内へ降り立った。
「いつまでボーッとしてんだテメェ。泣き喚いたにしちゃあ、あのナイフは売っていいらしいなァ?」
「っ!!」
本当に、その顔と声で外道な物言いは止めてもらいたい。
心の底で恨み言を言いながら、邦雄は改めて煙突の位置を確認した。
そして、その奥へと駆けていく。
水夫らしき男が中へ入る後ろ姿。邦雄はそれを追って、船内へと潜入していった。
◇
やらなければやられる。それは戦闘において、異なる世界でも変わらぬ鉄則だった。
「せえい……!!」
借りた剣は抜かず、柔道の投げ技でこちらに襲いかかる男に対応する。
機関室と思われる場所に至るまでの交戦は、恐ろしくてたまらなかった。
戦艦ならば、向かってくるのは戦闘機だ。魚雷や潜水艦だ。
その先に人が乗っていると頭で分かっていても、顔が見えなければそれを意識することはない。
この船での戦いは違う。相手はハッキリと人間で、目が合って、死を恐れる顔を向けてくる。心情がイヤと言うほどわかる。
それでも、鉄則は変わらない。何もしなければやられるだけ。ならば相手を倒すしかない。
(まさかこんなのを、陸戦隊配属の兵や陸軍はいつもしているのか……!?)
通信班の配属でよかった。艦隊配属でよかった。
大和での戦闘だって酷い地獄で恐ろしかった。だが、あの規模の戦いでこんな人対人を経験するより、ずっとマシに思えた。
さて、ようやくたどり着いた機関室のような部屋。
「な……、なんじゃあ、こりゃぁ……!?」
それは、邦雄の知る蒸気機関とは様相が全く違っていた。
目の前にはボイラーと思われる機械。よく観察してみると、恐らく主な仕組みは陽炎型駆逐艦に近いのだろう。
しかし、熱源の匂いがせず、機関室の温度が異様だ。
重油の匂いも石炭の匂いもしない。そして他の部屋と変わらぬ室内温度。
こんな機関室、見たことがない。
「けどこれ、聞こえる音は蒸気機関じゃな……?熱源はなんなんじゃ……?」
機械のあちこちを見て回り、確かめていく。
そうすると、ボイラーから続く管の先に、何やらガラスの筒が設置されていた。
「こりゃあ……!」
錠のかけられた扉。透明なその中に安置されているのは、赤く輝く宝石だ。まるでお札のような白い紙が巻かれている。その紙も含め、全体が燃えるように光り続けていた。
「もしかして、これが熱源……!?」
そう仮説立てしつつ、周囲も注意深く見ていく。やはり、熱源と思われるものはこの石しか見当たらない。
「なんで石が勝手に光っとるんじゃ……? 熱いんか?これ……」
ガラスに触れる限り、熱さはない。それが余計に邦雄を混乱させた。
そこに、切羽詰まった声が流れ込んでくる。
『機関室! 聞こえるか!! 全速だせるようにしろ!! 早く!!』
「……!」
伝声管だ。
入口のすぐ横に、見覚えのある管が通っている。
本当に、基本的な「船の構造」は似ているのかもしれない。
『機関室!! 応答……グアッ』
「えっ」
続いていた必死の呼びかけが途切れる。身に覚えのあるその絶望感に、邦雄は血の気が引く感覚がした。
受話器に向かって何か叫んでいたのは覚えているが、そこから目を覚ますまでの記憶が途切れている。
まさに今、伝声管の向こうで起きたことはきっと、邦雄が大和で体験したあの被弾と同質のものに違いない。
『おいゴルァ!! そこにいんのかクニオ!!』
「!? は、はい!!」
震えていた身体にビリビリと響く、聞き慣れた怒声。声だけでは本当に教官で困る。
向こうにいるのはエドワードと頭で必死に唱えながら、邦雄はなんとか返事を送った。
『居るならさっさと壊せ!! 壊せば船止まるんだろ? もう荷移し始まるぞ、アァ??』
「ひっ……! すみません!!」
『くだらねぇこと言ってねぇで仕事しろォ!!』
「はいっっ!!」
この声に否など唱えられるはずがない。上官の命令に背くなど、言語道断なのだから。
さて、どうしたものか。荷移しが始まるということは、上の戦闘はもう終わったのだろう。
ならば船が動かなくなっても問題ないか。そんな考えがよぎるが、リヴァイは水夫を殺さない。だとしたら、この商船の乗組員が全滅しているとは考えにくい。
(……熱源が、この石なら……)
思考を巡らす邦雄が至ったのは、1つの可能性。
(予備くらいあるだろうし……熱の供給が途絶えれば、すぐではなくとも、いずれ船は止まる……!)
そう気づいたら、やることは1つだった。
「せい!!」
借りていた剣で、錠前だけを破壊する。そしてガラスの扉を開け、邦雄は中の石へ手を伸ばした。
「あっっつ!?!」
石に触れた瞬間、指先を火傷したかと思った。慌てて引っ込めた手が、筒の上部に当たって余計に痛い。
そもそも、ガラス筒の内側は大和の機関室以上に熱かった。
「げにこの石が熱源かあ……!!」
不本意な確かめ方になってしまったが、これで仮説は成立する。
風呂敷でもあれば、触れなくても持ち運べそうだが。
「……仕方ねえ!」
そんな大きな布は、もちろんない。邦雄は覚悟を決めて、着せてもらっていたシャツを脱いだ。
上裸になり、シャツで熱源の石に被せる。燃えはしない。
そしてどうにか石を転がし、筒からだして。
「っしゃあ!」
シャツを袋代わりにして、熱源を取り出すことに成功だ。
そっと機械から離れる。じっくり観察するが、音に変化はない。熱と蒸気圧が残っている限りは、動き続けるのだろう。
これに対し、邦雄はホッと胸をなで下ろした。熱源の石の予備を設置すれば、このまま船ごと放置で遭難とはならないはず。
任務は遂行する。けれど相手が商船ならば、轟沈はさせない。走行復帰は可能な形にする。
これが、邦雄がなんとか納得できる「海賊行為の一線」だ。
「……状況の報告が、優先か」
そう呟くと、彼は気を失っている水夫達の転がる廊下へ駆け戻っていった。
相手がこちらの船へ襲ってくるのを防ぐためだろう。そうと分かっていても、帰り道が無くなるとまるで特攻を仕掛けるような気分になる。
商船の中は、すでに乱闘が始まっていた。
長い髪を振り乱しながら、リヴァイは優雅に剣を振るっている。
刃を交え、容赦なく斬りかかり……。
「いやいやいや!! 人を殺しとるじゃん!!」
思わずツッコまずにはいられなかった。
先ほどカッコよく語っていた騎士の誇りとやらは、いったいどこに。
「侮るなよ!!」
邦雄の声を聞きつけ、リヴァイは叫び返す。
「コイツらは商船の護衛に雇われた傭兵! 武器を持って向かってくる以上、俺はコイツらを民衆とはみなさん!」
「……!」
そう言いながら、彼は斬りかかってくる刃を避け、胴に一閃。その先に偶然いた水夫には、剣の柄で鳩尾を殴る。
確かに、非戦闘員に刃は向けていない。これが、リヴァイにとっての「譲れない一線」。
「相変わらず甘いな、お前は!」
そう告げてきたのは、甲板前方で戦っているデイブだ。
その姿に、邦雄はギョッとしてしまった。
腕が、人のものではない。イカやタコを思わせる触手に何本にも分かれ、それぞれが自在に動いている。
恐れ慄き、逃げ惑う船員たち。触手は身なりのいい船員を押さえつけるだけでなく、発砲された銃弾を弾き落としている。
加えて、額から伸びる鬼のような赤いツノ。口元から覗くサメのような鋭い牙。
「命が惜しければ答えな? お前たちの運んでいた積み荷はこの船のどこだ」
水夫の身体を締め上げながら、恐ろしいことを聞くデイブの姿。
まさに、鬼だ。
「……化け物め」
リヴァイが呟く。それはデイブにもちゃんと聞こえていたらしい。
「お前が潔癖すぎるんだよ、この騎士気取りが!」
ペッと唾を吐きながら言い返す操舵手。その暴言を、剣士は黙って流せないようだ。
「気取りじゃない、俺は騎士だ!」
「気取りだろうが! お前はとっくに海賊だろ! 何年この船にいるんだお前!!」
「貴様ら外道と一緒にするな!」
「あぁん??」
激しく、だが余りにも場にそぐわない口論。邦雄が呆気にとられている間に、ドンドンヒートアップしていくではないか。
だと言うのに、彼らが互いを攻撃することはない。まるで事前に取り決めでもしていたかのように、戦闘の範囲が被らないのだ。
仲が悪いのか、そうでないのか。
「おい」
背後から聞こえた恐ろしい声に、邦雄の肩が震え上がる。
そのままバッと振り向けば、案の定。船のヘリから、エドワードが船内へ降り立った。
「いつまでボーッとしてんだテメェ。泣き喚いたにしちゃあ、あのナイフは売っていいらしいなァ?」
「っ!!」
本当に、その顔と声で外道な物言いは止めてもらいたい。
心の底で恨み言を言いながら、邦雄は改めて煙突の位置を確認した。
そして、その奥へと駆けていく。
水夫らしき男が中へ入る後ろ姿。邦雄はそれを追って、船内へと潜入していった。
◇
やらなければやられる。それは戦闘において、異なる世界でも変わらぬ鉄則だった。
「せえい……!!」
借りた剣は抜かず、柔道の投げ技でこちらに襲いかかる男に対応する。
機関室と思われる場所に至るまでの交戦は、恐ろしくてたまらなかった。
戦艦ならば、向かってくるのは戦闘機だ。魚雷や潜水艦だ。
その先に人が乗っていると頭で分かっていても、顔が見えなければそれを意識することはない。
この船での戦いは違う。相手はハッキリと人間で、目が合って、死を恐れる顔を向けてくる。心情がイヤと言うほどわかる。
それでも、鉄則は変わらない。何もしなければやられるだけ。ならば相手を倒すしかない。
(まさかこんなのを、陸戦隊配属の兵や陸軍はいつもしているのか……!?)
通信班の配属でよかった。艦隊配属でよかった。
大和での戦闘だって酷い地獄で恐ろしかった。だが、あの規模の戦いでこんな人対人を経験するより、ずっとマシに思えた。
さて、ようやくたどり着いた機関室のような部屋。
「な……、なんじゃあ、こりゃぁ……!?」
それは、邦雄の知る蒸気機関とは様相が全く違っていた。
目の前にはボイラーと思われる機械。よく観察してみると、恐らく主な仕組みは陽炎型駆逐艦に近いのだろう。
しかし、熱源の匂いがせず、機関室の温度が異様だ。
重油の匂いも石炭の匂いもしない。そして他の部屋と変わらぬ室内温度。
こんな機関室、見たことがない。
「けどこれ、聞こえる音は蒸気機関じゃな……?熱源はなんなんじゃ……?」
機械のあちこちを見て回り、確かめていく。
そうすると、ボイラーから続く管の先に、何やらガラスの筒が設置されていた。
「こりゃあ……!」
錠のかけられた扉。透明なその中に安置されているのは、赤く輝く宝石だ。まるでお札のような白い紙が巻かれている。その紙も含め、全体が燃えるように光り続けていた。
「もしかして、これが熱源……!?」
そう仮説立てしつつ、周囲も注意深く見ていく。やはり、熱源と思われるものはこの石しか見当たらない。
「なんで石が勝手に光っとるんじゃ……? 熱いんか?これ……」
ガラスに触れる限り、熱さはない。それが余計に邦雄を混乱させた。
そこに、切羽詰まった声が流れ込んでくる。
『機関室! 聞こえるか!! 全速だせるようにしろ!! 早く!!』
「……!」
伝声管だ。
入口のすぐ横に、見覚えのある管が通っている。
本当に、基本的な「船の構造」は似ているのかもしれない。
『機関室!! 応答……グアッ』
「えっ」
続いていた必死の呼びかけが途切れる。身に覚えのあるその絶望感に、邦雄は血の気が引く感覚がした。
受話器に向かって何か叫んでいたのは覚えているが、そこから目を覚ますまでの記憶が途切れている。
まさに今、伝声管の向こうで起きたことはきっと、邦雄が大和で体験したあの被弾と同質のものに違いない。
『おいゴルァ!! そこにいんのかクニオ!!』
「!? は、はい!!」
震えていた身体にビリビリと響く、聞き慣れた怒声。声だけでは本当に教官で困る。
向こうにいるのはエドワードと頭で必死に唱えながら、邦雄はなんとか返事を送った。
『居るならさっさと壊せ!! 壊せば船止まるんだろ? もう荷移し始まるぞ、アァ??』
「ひっ……! すみません!!」
『くだらねぇこと言ってねぇで仕事しろォ!!』
「はいっっ!!」
この声に否など唱えられるはずがない。上官の命令に背くなど、言語道断なのだから。
さて、どうしたものか。荷移しが始まるということは、上の戦闘はもう終わったのだろう。
ならば船が動かなくなっても問題ないか。そんな考えがよぎるが、リヴァイは水夫を殺さない。だとしたら、この商船の乗組員が全滅しているとは考えにくい。
(……熱源が、この石なら……)
思考を巡らす邦雄が至ったのは、1つの可能性。
(予備くらいあるだろうし……熱の供給が途絶えれば、すぐではなくとも、いずれ船は止まる……!)
そう気づいたら、やることは1つだった。
「せい!!」
借りていた剣で、錠前だけを破壊する。そしてガラスの扉を開け、邦雄は中の石へ手を伸ばした。
「あっっつ!?!」
石に触れた瞬間、指先を火傷したかと思った。慌てて引っ込めた手が、筒の上部に当たって余計に痛い。
そもそも、ガラス筒の内側は大和の機関室以上に熱かった。
「げにこの石が熱源かあ……!!」
不本意な確かめ方になってしまったが、これで仮説は成立する。
風呂敷でもあれば、触れなくても持ち運べそうだが。
「……仕方ねえ!」
そんな大きな布は、もちろんない。邦雄は覚悟を決めて、着せてもらっていたシャツを脱いだ。
上裸になり、シャツで熱源の石に被せる。燃えはしない。
そしてどうにか石を転がし、筒からだして。
「っしゃあ!」
シャツを袋代わりにして、熱源を取り出すことに成功だ。
そっと機械から離れる。じっくり観察するが、音に変化はない。熱と蒸気圧が残っている限りは、動き続けるのだろう。
これに対し、邦雄はホッと胸をなで下ろした。熱源の石の予備を設置すれば、このまま船ごと放置で遭難とはならないはず。
任務は遂行する。けれど相手が商船ならば、轟沈はさせない。走行復帰は可能な形にする。
これが、邦雄がなんとか納得できる「海賊行為の一線」だ。
「……状況の報告が、優先か」
そう呟くと、彼は気を失っている水夫達の転がる廊下へ駆け戻っていった。



