【完結】そんな君を羨ましいと思ってしまうんだ

 村正くんから交換したばかりの連絡先に連絡があり、日曜日に買い物に行くこととなった。一応時間を確認したところ僕のバイトが終わってからで、可能であれば夕飯も一緒に食べないか? とお誘いを受けた。
 僕個人としてはそのお誘いに二つ返事で「行きたい」と言いたかったのだが、沖田家の夕飯の担当は僕のため、日曜日の夕飯を代わってもらえないかと、相談を家族にするのが先である。
 本日の夕飯時にそのことについて母に聞いてみることにした。

「あのさ、日曜日に友達と夜ごはん食べてこようかと思うんだけど、夕飯の担当ってお願いしてもいい?」
「え! 公羽お兄ちゃんご飯に行くの? 絶対に行ってきて! お土産とかはいらないからね! たまには自分にお金使って!」

 母に伝えたつもりであったが、弟が身を乗り出して返事をする。
 僕は父のような人間にはなりたくないと、反面教師にしてお金のありがたみを感じられるような人間になるためにアルバイトをしている。
 そのためお金はあって困るものではないが、何か欲しいものがあるからという理由でバイトはしていないので、バイトで稼いだお金は母と弟に基本的に使っている。
 普段からもっと自分のためにお金を使ってほしいと口を酸っぱくして言っている弟は、僕が遊びに出かけるというのが嬉しいのかもしれない。

「もちろんよ。みっちゃんの言う通りお土産はいらないからね!自分のために楽しんできなさい」
「……うん、ありがと」

 母にも了承を貰ったので、僕は村正くんと遊びに行くことにした。


▽▽


 日曜日。バイトが終わり待ち合わせ場所である駅に向かおうと、コンビニを出たところなのだが、そこには村正くんの姿があった。

「え!」
「あ、バイトお疲れ様!」
「待ち合わせ場所って駅じゃなかったっけ?」
「そうだったんだけど、早く会いたかったから……!」
「えっと、それって……」
「一応言っておくけど、今日のこれ、俺はデートだと思ってるから。いきなりかもしれないけど、今日この日で少しは意識してほしい」

 村正くんはそう告げると、僕の手を取って駅に向かって歩き始めた。
 先ほどの瞬間、村正くんの表情の変化は見られなかった。そのため彼が嘘をついているとは思えない。
 つまり、彼は本当にデートだと思っているのだ。
 しかし僕と村正くんの接点と言えば、先日理不尽クレーマーから助けてもらったのと、そのお礼としてお菓子をあげた程度。ずっと彼を見ていた僕とは違い、村正くんが僕とデートをしたいと思っている理由がわからない。
 もしかしたら罰ゲームであったり、僕を揶揄っているだけかもしれない。
 僕は彼に聞こえないほどの溜息を吐くと、考えることを止めて彼に引かれている手にならうように駅へと向かった。

 駅は複合施設になっており、僕がよく利用させてもらっているのは本屋なのだが、それ以外にもアパレルショップにゲームセンター、カフェに映画館など何でもある。
 そんな駅で最初に入ったお店はカフェであった。その少し大人っぽい選択に思わず「おっ!」となってしまう。
 彼はアイスコーヒーを注文し、僕はカフェモカを注文した。会計の時に彼がスマホの画面を見せており少し気になったのだが、スマホの画面をスキャンした店員さんが会計金額が変わったことを伝えたため、それが割引券かクーポン券の類だとわかる。
 僕はそんな彼に目を奪われていた。
 思い返してみると、以前クレーマーを撃退してくれた時も彼は「これって使える?」とスマホアプリで取得できる割引券を見せてきたことを思い出した。
 見られていることに気づいた村正くんは、数秒の沈黙の後、徐々に顔が青くなっていく。

「え、あ、待って! デート中に割引使うのってナシ? 今の俺めっちゃダサいわ。ごめん! もっかいチャンス欲しい!」

 村正くんは何を勘違いしたのか、すでに振られた後のような表情になっており、僕に見捨てないでと懇願をしている。
 そう言えばこの間話した時もいろいろと勘違いをしていたことを思い出し、思わずその場で吹き出してしまった。
 それをみた村正くんの表情はさらに曇って行く。

「つ、次で挽回させてほしい!」
「違う違う! 村正くんが面白くてっ」

 これ以上誤解を与えてはいけないと僕は否定するが、彼は少し落ち込んだ様子であった。
 店員さんも僕らの会話を聞いていたのか、商品受け取りの際に村正くんに「きっと大丈夫ですよ」と話しかけているのが聞こえてきた。
 店員さんに心配されるほど、彼の表情は絶望に満ちた表情をしていたのだ。
 席に着くと、僕は謝罪をした。

「ごめんなさい!」
「え、待って! まだ振らないで!」
「え、あ、違います! 振ってないです!」

 村正くんの更なる勘違いに僕は咄嗟に敬語になってしまった。
 そのあと何度か「落ち着いて」と言い続けたことで、やっと僕の話を聞いてくれるまでになった。

「えっとね、僕は村正くんの事が羨ましいなって思って見てたんだよ。決して割引券使っていることに対して引いたとかそういうことじゃないから」
「……羨ましい?」
「うん。僕の両親って離婚してて……、あ! 別に気を使わなくてもいいからね! 最近じゃシングルマザーも多いし、現に僕が一番気にしてないから。で、その離婚の原因になったのが父と母のお金の価値観の違いでね。父はまぁ言ってしまうとお金の卑しい人間というか、どれだけ安く商品を手に入れるか、みたいなところがあって。割引券とかクーポン券とか使うところは良かったんだけど、クレームとか入れ始めてね。それで商品をタダで手に入れたりとかして。だから僕が勝手になんだけど、母が見放した父みたいな人間にはなりたくないなって思って、反面教師で割引券とかクーポン券とか使ったことないんだよね。でも使った方がお得な事は理解しているし、使うこと自体は何も問題ではないことも理解してるんだけど……ってごめん! 急にこんな話して」

 長ったらしく身の上話をしてしまい、むしろ僕の方が引かれてしまうんじゃないかと不安を感じた瞬間、カフェモカを飲もうと伸ばした僕の手を村正くんがその大きな手で包み込んだ。

「じゃあ、沖田くんは使いたくても使えないってこと……だよね?」
「え、うん。そうだね」
「卑しい人間だと思われるかも知れないからってこと?」
「……うん」
「沖田くんは、俺がさっき割引券使ってるの見て、俺のこと卑しい人間だと思った?」

 僕は村正くんの話を聞いて、頭を上げた。
 思ってない。僕は村正くんのことを卑しい人間だなんて思っていない。
 僕の目の奥を見つめる村正くんは優しく僕に微笑んだ。

「思った?」
「……思ってない」
「よかった」
「……でもすぐに僕も使うっていうのは難しいかも」
「なら俺と買い物に行けばいい。俺が沖田くんの代わりに使うよ! だから俺とまたデートしてくれませんか?」

 僕は彼の手を握り返す。

「うん、行きたい」

 僕の言葉に、彼は笑みを零した。


▽▽


 カフェでのひと時を終えて、ゲームセンターに行く。
 僕の経験としては、弟を連れて何度か来たことがある程度だ。そのため弟がやりたいゲームや欲しい景品が設置されているゲームをすることがほとんどなため、自分の意思でゲームセンターにどんなものがあるかを見るという経験をしたことがない。
 そして今、僕はその情報量の多さにビックリしている。

「今更だけど、音がデカいね!」
「俺は沖田くんに近づける言い訳にできるから何でも嬉しいよ」

 そういうことではない! 彼は僕に一体何度心の中でツッコミをさせるのだろうか。という新しいツッコミを脳内で行いつつ、僕はあるものが目に止まった。

「……プリクラだ」
「よし、撮りに行こうか」

 ただ呟いただけであったが、このゲームセンターの轟音の中でよくまあ聞き取れたものだと感心しつつ、プリクラコーナーに僕の腕をつかんで突き進んでいく彼に思わず笑みが零れてしまう。
 きっと彼は本当に僕のことが好きなんだ。
 それが自然と伝わってくる。

 プリクラ自体は初めて撮るのだが、村正くんは何度か撮ったことがあるらしく、指示に従うだけでいいんだよと教えてくれた。
 プリクラは撮影後にラクガキをするらしく、二人で並んでペンをもってラクガキをしていく。

「えっと、沖田くんじゃなくて、公羽って呼んでいい? 俺のことは陣って呼んでくれていいから」
「……ジン様じゃ無くていいの?」
「その呼び方は好きじゃないんだ……。あ、もしかしておじいちゃんかおきなって呼んだ方がいい?」
「その呼び方、実はそんなに好きじゃなくて……。公羽でお願いします」
「じゃあ公羽ね。俺のことは?」
「じ、陣くん……!」
「ん」

 彼は嬉しそうに微笑みながら、満足気に返事をする。
 ちなみにプリクラのラクガキは二人ともセンスがなく、装飾ではなく本当にラクガキとなってしまったが、陣くんが書いた『はじめてのデート』に関しては正直センス皆無の僕でも「なしだな」と思ってしまった。
 しかし陣くんはかなり満足しているようで、何度もその文字を見ては頷いていた。
 それは不覚にも可愛いと思ってしまった僕はすっかり彼に絆されているようだ。

 プリクラの印刷が終わると、陣くんはそれを大事にスマホとカバーの間に挟んでいる姿が見えて、「僕も入れていい?」と聞くと、「むしろ入れてほしい」と言われる始末である。
 その後はアパレルショップに行きお互いに似合う服を選びあったり、本屋で気になっていた本を買ったりした。
 映画館には行くかどうするかという話になったのだが、お互いに見たいと思えるような映画が上映中でなかったことと、お腹が空いてきており、夕飯の時間が迫ってきていると言うことで、映画館ではなくレストランに行くことにした。

 場所は駅の近くにあるレストランで、まさかの予約済み。
 めちゃくちゃ準備をしてくれていたんだと感じ、嬉しくなる。

「えっと、ダサいこと言っていい?」
「え、うん、いいけど……」
「今更ながらに緊張してるわ、今」
「え、今?」
「うん。公羽に今から告白しようとしてるから、ガチで心臓バックバクです」

 それを言ってしまったら、それはもう告白しているようなものではないだろうか?
 そもそも「今日のこれ、俺はデートだと思ってるから」の時点で割と告白を受けている気分にはなっていたし、カフェでの流れで「振らないで」と言っていることからもう彼の気持ちは十分に伝わっている。
 その時、頼んでいた料理が運ばれてきた。

「振られた後だと食べきれる自信が無いから、先に食べていい?」
「う、うん」

 何度僕にツッコミをさせるのだろうか。
 そしてこんなにもイケメンなのに。そしてこんなにも僕は彼のことが好きなのに、すでに振られた時のことを考えている陣くんが可愛く思えて仕方がない。
 本当にずるいと思う。

「僕も今日はデートだと思ってるよ」

 僕もずるい人になってみる。
 これは卑しい人間ではない。彼に倣ってずるい人間になってみたのだ。
 そして僕の言葉を聞いた彼は、彼の心配していた『振られた後は食べきれる自信が無い』とは別の意味で食事をする手が止まった。

「好きだよ。一年の時、体育館で聞いた陣くんの演奏を聴いた時からずっと」
「……俺も、俺の演奏で泣いてる公羽を見た時からずっと、好きでした」

 あぁ、僕は感動すると涙を流すらしい。
 僕は今日、あの日涙を流した理由を、今流れ出した涙で知った。