バイトが終わると、いつものルーティンをこなす。
ルーティンの内容は母親と弟のために、何かを買って帰るということだ。
沖田家の両親は離婚済みだが、特に金銭的に困窮をしているわけではない。母親に引き取られた僕と弟であるが、母は薬局勤務の薬剤師であり、それなりに収入があるようで、シングルマザーであるものの3LDKのマンションに住んでいる。
部屋の広さは一部屋辺り六畳ほどで、デスクに椅子、ベッドにクローゼット。そして本棚代わりとして使っている三段ボックスを二つほど置いただけで部屋は導線以外の空間がなくなってしまうほどではあるものの、十分に満足している。
それは母と弟の部屋も同じなのだが、薬学に関する書物や書類が部屋いっぱいに埋まっている母の部屋や、小学四年生にして小説が大好きな弟の部屋は僕の部屋以上に本棚があり、若干窮屈に感じることもあるのかもしれない。
そんな沖田家は僕がアルバイトをしなくとも問題なく生活が出来る。
そのため僕がわざわざアルバイトをする必要はないのだが、それでも僕はアルバイトをすることを選んだ。
理由としては、恥ずかしい人間にならないためである。
僕の両親は離婚をしているのだが、離婚の原因は金銭的価値観の相違にある。
父親はお金に卑しい人間で、商品を安く手に入れることができるのであれば、どんなコトでもするタイプの人間であった。商品や店側にクレームを付けては無料で物を手に入れたり、割引券やクーポン券を大量に使い、安く商品を手に入れたりしていた。
割引券だけの使用であれば、単なる倹約家に見えるのかもしれないが、商品を安く手に入れるためにクレームを付けるのはいただけない。これは小学生でもわかることだろう。
しかし父親はクレームを止めることはなかった。
今となっては憶測でしかないが、きっと父は母よりも収入が少ないことに劣等感を抱いていたのかもしれない。家族の大黒柱として胸を張っていたかったのかもしれないが、それができなかった鬱憤をクレームという形で発散していたのだろう。
その結果、離婚という形で夫婦の形に幕を下ろしたのだ。
僕はそんな父親のようなお金に卑しい人間にならないために、アルバイトをしてお金のありがたみを感じることにしている。
これが僕がアルバイトをしている理由だ。
僕は今日の理不尽クレームおじさんが父親のようであったと思い出しながら、今日の目的地へと向かう。
たどり着いた先は駅の中にある本屋だ。
弟の好きな作家の新刊が出ていたことを思い出し、それを購入するために本屋に来たのだ。
「みっちゃんにはこの本でいいとして、お母さんにはどうしよう……」
一人そんなことを呟きながら、店内を散策する。
最近の本屋に売っているものは本だけではなく、雑貨や食品も取り扱っていることが多く、誰かのプレゼントで困ったときなどは、大体本屋に来ることが多い。
僕自身も本を読むのは好きなのだが、図書室にある本を読んだり、弟が読み終わった本を読ませてもらうだけで十分なため、自分用に本を購入することはほとんどない。
極稀に本を購入することはあるのだが、一般的にはそれらは教材と呼ばれる本であり、小説だったりの何かしらの物語が書き記されているそれとはまた違うものだ。
「あ、これ可愛いかも」
店内を散策していると目に入ったものは、薄紫が特徴的なボールペンであった。
薬剤師をしている母は匂いのあるものを身に着けることがない。それは香水だけでなく、ハンドクリームも無香料のモノを選んでいるし、洗濯洗剤も無香料のものや香りが薄いモノを選んでいる。
僕にはわからないが、特定の香りが苦手な人間もいると聞いたことがあるため、母はそう言った患者さんに気を使っているのかもしれない。
そのため母親にプレゼントするものは基本的に雑貨やスイーツ系が多めになってしまうのだが、先日母がボールペンのインクの出が悪いかもしれないと言っていたことを思い出し、目の前にあるボールペンを手に取った。
そのボールペンは黒、赤、青の三色に加え、シャープペンの機能も備わっているタイプのボールペンであり、その可愛らしい薄紫の色合いと機能性に惹かれ、購入することにした。
そのままレジに並び、お会計を済ませようとしたところ、レジの荷物台に置かれているお菓子が目に入った。
それは半透明で少し分厚めの袋に入ったお菓子の詰め合わせで、チョコ、バニラ、キャラメル、ストロベリーの四つの味が入っているミルフィーユで、僕はそれを見た瞬間に昼間の出来事を思い出した。
(そう言えば理不尽クレーマーを撃退してくれた村正くんにお礼しないと……)
僕はミルフィーユの袋を三袋手に取ると、そのまま店員さんに「こちらも追加でお願いします。一つはラッピングをお願いできますか?」と言いながら手渡した。
店員さんは笑顔で「かしこまりました。ラッピングに五分ほどお時間いただきます」と言った。
お会計を済ませ、僕はレジの邪魔にならないところに立って、ラッピングが出来上がるのを待つ。
体感としては二曲ほど歌い終えたぐらいだろうか、「お待たせいたしました」とラッピングバッグを持った店員さんに声をかけられ、出来上がったものを受け取ると、僕はそのまま家に帰る。
▽▽
家に帰ると、母と弟は自室ではなくリビングで読書を楽しんでいた。
母は薬学に関する本を読みながら右手で器用にメモを取っており、弟は僕が買ってあげた小説を難しい顔をしながらもまだ足の届かない椅子に座りながら、ゆらゆらと足を動かしながら読んでいる。
「ただいま」
僕はそう言って母に多機能ボールペンとミルフィーユ。弟には小説とミルフィーユを手渡す。
「おかえり公羽……ってまた買ってきてくれたの? いいのに!」
「いや、僕がやりたくてやってるから」
「公羽お兄ちゃん、おかえり! 本当にいいの? この間も本買ってくれたよね?」
「良いんだよ! みっちゃんその作家さん好きだろ? 新刊まだ読んでなかったよね?」
「うん……読んでないけど、え? お菓子もいいの?」
「買ってきたんだからいいに決まってんだろ! でもお菓子は夕飯の後ね!」
「うん、ありがとう公羽お兄ちゃん!」
「じゃあ、夕飯作るから、二人はゆっくりしててね」
僕はそう言って一度自室に荷物を置きに行く。
沖田家は家事は全て分担している。
僕が夕飯と洗濯物干しと溜まった食器の片付けを担当し、弟がお風呂とトイレ掃除と洗濯物の取り込みを担当。母が朝食とお弁当とゴミ出しを担当しており、洗濯物を畳んだり、そのほかの名前のない家事は夕飯を食べ終わった後にみんなでテレビを観ながらすることが多い。
これは両親が離婚した後、僕と弟で話し合って決めたことで、少しでも母の負担を減らそうということで、家事の分担制が始まったのだ。
ちなみにこの分担は家に帰りつく順番で大まかに決めており、帰るのが一番早い弟が掃除や洗濯物の取り込み、次に帰ってくる僕が夕飯の準備をして、夕飯が出来上がるごろに帰ってくる母親には夜ゆっくりしてもらって、朝動いてもらうことにしている。
自室で着替えを済ませてから、夕飯の準備に取り掛かる。
今日の夕飯は弟のみっちゃんが先日テレビ番組を観て「これ食べてみたい!」と口にしていた野菜が多めの天ぷら丼である。
この分担を始めた最初こそ、揚げ物は危ない、と言っていた母も今では俺の料理スキルのアップを認めてくれ、問題なく揚げ物をすることができている。
ナスに獅子唐、大葉にカボチャといった野菜を天ぷらにしていき、それを綺麗に盛り付けていく。一応野菜だけでは物足りないと思うかもしれないと考え、いくつかとり天も揚げておいたので、満足してもらえるに違いない。
僕の「できたよ」の号令を合図に、二人はリビングテーブルの上を綺麗にしていく。
そこに運ばれてきた野菜多めの天丼を観て、弟は目を輝かせていた。
「音で! 音を聞いてもしかしたらって思ってたけど、これ天丼?」
「そうだぞ! 大葉とかは加減がわからなくて少し焦がしちゃったかもだけど、美味しいはず! ダメそうだったら残してね」
「やったぁ! 公羽お兄ちゃんありがとう!」
席に着くと、三人で手を合わせる。
いただきます、といってすぐにかき込むようにして弟が天丼を頬張る。
そんな弟の姿を観て、僕は母と目を合わせると、微笑み合い、僕たちも天丼を食した。
「本当に美味しかった!」
弟が満足したかのように、ほんの少しポッコリしたお腹を撫でながら、そう口にする。
僕はそれが嬉しくて、食器を洗いながら「また作ってやるからな」と一言。
「えへへ、ありがと! あ! そうだ! 公羽お兄ちゃんが買ってきてくれたお菓子食べようよ! ね! いいでしょ、お母さん」
「そうね! でももったいないから一日一本ずつにしましょうか」
「やったぁ! 公羽お兄ちゃんは何味にする?」
「え」
こんなことを言われるとは思っていなかった。
まさか自分用には買ってないだなんて言えない。
これは母だけではなく、弟もそうなのだが「自分で稼いだお金なんだから自分に使いなさい」という視線を向けてくるのだ。
もしここで自分用には買ってないなどと口にすれば、二人は迷うことなく自分の分のお菓子を半分に割って「一緒に食べよう」と提案をしてくるに違いない。
「……まさか自分用は買ってないの?」
弟は勘が鋭い。
しかし本当のことをいうわけにはいかないので、僕は吐かなくてもいい嘘を吐く。
「か、買ってきてるよ! 明日学校でみんなと食べようと思ってたんだ」
僕はそう言って自室からラッピングされたミルフィーユの袋を見せる。
きっと母も弟もラッピングされている時点でそれが嘘であると見抜いているのだがろうが、「もう!」とため息でも、怒りでもない声が漏れ出ただけで、それ以上の追及はなかった。
「僕が高校生になってアルバイト始めたら、公羽お兄ちゃんにたくさんお菓子とか買うからね! 受け取り拒否はダメだからね!」
そうプンプンしながらも、チョコがコーティングされているミルフィーユを一口食べた瞬間に頬に手を当て、落ちてくるのを必死に抑えている弟の姿を見るとかわいいな、と感じる。
僕はそっと自室に戻り、ラッピングされたミルフィーユを眺めると、明日どのタイミングで渡そうかと考え出した。
ルーティンの内容は母親と弟のために、何かを買って帰るということだ。
沖田家の両親は離婚済みだが、特に金銭的に困窮をしているわけではない。母親に引き取られた僕と弟であるが、母は薬局勤務の薬剤師であり、それなりに収入があるようで、シングルマザーであるものの3LDKのマンションに住んでいる。
部屋の広さは一部屋辺り六畳ほどで、デスクに椅子、ベッドにクローゼット。そして本棚代わりとして使っている三段ボックスを二つほど置いただけで部屋は導線以外の空間がなくなってしまうほどではあるものの、十分に満足している。
それは母と弟の部屋も同じなのだが、薬学に関する書物や書類が部屋いっぱいに埋まっている母の部屋や、小学四年生にして小説が大好きな弟の部屋は僕の部屋以上に本棚があり、若干窮屈に感じることもあるのかもしれない。
そんな沖田家は僕がアルバイトをしなくとも問題なく生活が出来る。
そのため僕がわざわざアルバイトをする必要はないのだが、それでも僕はアルバイトをすることを選んだ。
理由としては、恥ずかしい人間にならないためである。
僕の両親は離婚をしているのだが、離婚の原因は金銭的価値観の相違にある。
父親はお金に卑しい人間で、商品を安く手に入れることができるのであれば、どんなコトでもするタイプの人間であった。商品や店側にクレームを付けては無料で物を手に入れたり、割引券やクーポン券を大量に使い、安く商品を手に入れたりしていた。
割引券だけの使用であれば、単なる倹約家に見えるのかもしれないが、商品を安く手に入れるためにクレームを付けるのはいただけない。これは小学生でもわかることだろう。
しかし父親はクレームを止めることはなかった。
今となっては憶測でしかないが、きっと父は母よりも収入が少ないことに劣等感を抱いていたのかもしれない。家族の大黒柱として胸を張っていたかったのかもしれないが、それができなかった鬱憤をクレームという形で発散していたのだろう。
その結果、離婚という形で夫婦の形に幕を下ろしたのだ。
僕はそんな父親のようなお金に卑しい人間にならないために、アルバイトをしてお金のありがたみを感じることにしている。
これが僕がアルバイトをしている理由だ。
僕は今日の理不尽クレームおじさんが父親のようであったと思い出しながら、今日の目的地へと向かう。
たどり着いた先は駅の中にある本屋だ。
弟の好きな作家の新刊が出ていたことを思い出し、それを購入するために本屋に来たのだ。
「みっちゃんにはこの本でいいとして、お母さんにはどうしよう……」
一人そんなことを呟きながら、店内を散策する。
最近の本屋に売っているものは本だけではなく、雑貨や食品も取り扱っていることが多く、誰かのプレゼントで困ったときなどは、大体本屋に来ることが多い。
僕自身も本を読むのは好きなのだが、図書室にある本を読んだり、弟が読み終わった本を読ませてもらうだけで十分なため、自分用に本を購入することはほとんどない。
極稀に本を購入することはあるのだが、一般的にはそれらは教材と呼ばれる本であり、小説だったりの何かしらの物語が書き記されているそれとはまた違うものだ。
「あ、これ可愛いかも」
店内を散策していると目に入ったものは、薄紫が特徴的なボールペンであった。
薬剤師をしている母は匂いのあるものを身に着けることがない。それは香水だけでなく、ハンドクリームも無香料のモノを選んでいるし、洗濯洗剤も無香料のものや香りが薄いモノを選んでいる。
僕にはわからないが、特定の香りが苦手な人間もいると聞いたことがあるため、母はそう言った患者さんに気を使っているのかもしれない。
そのため母親にプレゼントするものは基本的に雑貨やスイーツ系が多めになってしまうのだが、先日母がボールペンのインクの出が悪いかもしれないと言っていたことを思い出し、目の前にあるボールペンを手に取った。
そのボールペンは黒、赤、青の三色に加え、シャープペンの機能も備わっているタイプのボールペンであり、その可愛らしい薄紫の色合いと機能性に惹かれ、購入することにした。
そのままレジに並び、お会計を済ませようとしたところ、レジの荷物台に置かれているお菓子が目に入った。
それは半透明で少し分厚めの袋に入ったお菓子の詰め合わせで、チョコ、バニラ、キャラメル、ストロベリーの四つの味が入っているミルフィーユで、僕はそれを見た瞬間に昼間の出来事を思い出した。
(そう言えば理不尽クレーマーを撃退してくれた村正くんにお礼しないと……)
僕はミルフィーユの袋を三袋手に取ると、そのまま店員さんに「こちらも追加でお願いします。一つはラッピングをお願いできますか?」と言いながら手渡した。
店員さんは笑顔で「かしこまりました。ラッピングに五分ほどお時間いただきます」と言った。
お会計を済ませ、僕はレジの邪魔にならないところに立って、ラッピングが出来上がるのを待つ。
体感としては二曲ほど歌い終えたぐらいだろうか、「お待たせいたしました」とラッピングバッグを持った店員さんに声をかけられ、出来上がったものを受け取ると、僕はそのまま家に帰る。
▽▽
家に帰ると、母と弟は自室ではなくリビングで読書を楽しんでいた。
母は薬学に関する本を読みながら右手で器用にメモを取っており、弟は僕が買ってあげた小説を難しい顔をしながらもまだ足の届かない椅子に座りながら、ゆらゆらと足を動かしながら読んでいる。
「ただいま」
僕はそう言って母に多機能ボールペンとミルフィーユ。弟には小説とミルフィーユを手渡す。
「おかえり公羽……ってまた買ってきてくれたの? いいのに!」
「いや、僕がやりたくてやってるから」
「公羽お兄ちゃん、おかえり! 本当にいいの? この間も本買ってくれたよね?」
「良いんだよ! みっちゃんその作家さん好きだろ? 新刊まだ読んでなかったよね?」
「うん……読んでないけど、え? お菓子もいいの?」
「買ってきたんだからいいに決まってんだろ! でもお菓子は夕飯の後ね!」
「うん、ありがとう公羽お兄ちゃん!」
「じゃあ、夕飯作るから、二人はゆっくりしててね」
僕はそう言って一度自室に荷物を置きに行く。
沖田家は家事は全て分担している。
僕が夕飯と洗濯物干しと溜まった食器の片付けを担当し、弟がお風呂とトイレ掃除と洗濯物の取り込みを担当。母が朝食とお弁当とゴミ出しを担当しており、洗濯物を畳んだり、そのほかの名前のない家事は夕飯を食べ終わった後にみんなでテレビを観ながらすることが多い。
これは両親が離婚した後、僕と弟で話し合って決めたことで、少しでも母の負担を減らそうということで、家事の分担制が始まったのだ。
ちなみにこの分担は家に帰りつく順番で大まかに決めており、帰るのが一番早い弟が掃除や洗濯物の取り込み、次に帰ってくる僕が夕飯の準備をして、夕飯が出来上がるごろに帰ってくる母親には夜ゆっくりしてもらって、朝動いてもらうことにしている。
自室で着替えを済ませてから、夕飯の準備に取り掛かる。
今日の夕飯は弟のみっちゃんが先日テレビ番組を観て「これ食べてみたい!」と口にしていた野菜が多めの天ぷら丼である。
この分担を始めた最初こそ、揚げ物は危ない、と言っていた母も今では俺の料理スキルのアップを認めてくれ、問題なく揚げ物をすることができている。
ナスに獅子唐、大葉にカボチャといった野菜を天ぷらにしていき、それを綺麗に盛り付けていく。一応野菜だけでは物足りないと思うかもしれないと考え、いくつかとり天も揚げておいたので、満足してもらえるに違いない。
僕の「できたよ」の号令を合図に、二人はリビングテーブルの上を綺麗にしていく。
そこに運ばれてきた野菜多めの天丼を観て、弟は目を輝かせていた。
「音で! 音を聞いてもしかしたらって思ってたけど、これ天丼?」
「そうだぞ! 大葉とかは加減がわからなくて少し焦がしちゃったかもだけど、美味しいはず! ダメそうだったら残してね」
「やったぁ! 公羽お兄ちゃんありがとう!」
席に着くと、三人で手を合わせる。
いただきます、といってすぐにかき込むようにして弟が天丼を頬張る。
そんな弟の姿を観て、僕は母と目を合わせると、微笑み合い、僕たちも天丼を食した。
「本当に美味しかった!」
弟が満足したかのように、ほんの少しポッコリしたお腹を撫でながら、そう口にする。
僕はそれが嬉しくて、食器を洗いながら「また作ってやるからな」と一言。
「えへへ、ありがと! あ! そうだ! 公羽お兄ちゃんが買ってきてくれたお菓子食べようよ! ね! いいでしょ、お母さん」
「そうね! でももったいないから一日一本ずつにしましょうか」
「やったぁ! 公羽お兄ちゃんは何味にする?」
「え」
こんなことを言われるとは思っていなかった。
まさか自分用には買ってないだなんて言えない。
これは母だけではなく、弟もそうなのだが「自分で稼いだお金なんだから自分に使いなさい」という視線を向けてくるのだ。
もしここで自分用には買ってないなどと口にすれば、二人は迷うことなく自分の分のお菓子を半分に割って「一緒に食べよう」と提案をしてくるに違いない。
「……まさか自分用は買ってないの?」
弟は勘が鋭い。
しかし本当のことをいうわけにはいかないので、僕は吐かなくてもいい嘘を吐く。
「か、買ってきてるよ! 明日学校でみんなと食べようと思ってたんだ」
僕はそう言って自室からラッピングされたミルフィーユの袋を見せる。
きっと母も弟もラッピングされている時点でそれが嘘であると見抜いているのだがろうが、「もう!」とため息でも、怒りでもない声が漏れ出ただけで、それ以上の追及はなかった。
「僕が高校生になってアルバイト始めたら、公羽お兄ちゃんにたくさんお菓子とか買うからね! 受け取り拒否はダメだからね!」
そうプンプンしながらも、チョコがコーティングされているミルフィーユを一口食べた瞬間に頬に手を当て、落ちてくるのを必死に抑えている弟の姿を見るとかわいいな、と感じる。
僕はそっと自室に戻り、ラッピングされたミルフィーユを眺めると、明日どのタイミングで渡そうかと考え出した。



