転生したらHP10000だった。


 翌日、父に頼まれた私はサリィと母様にびっくりするくらいめかし込まされて馬車に乗せられる。
 サリィやメイドたち、母様が揃うと私は着せ替え人形にされてしまうので、それは仕方ないのだけれど。
 そこは諦めた。
 そして時間に間に合うように馬車に乗せられたので、まあいいでしょう。
 お城に着いてから、色んな人が声をかけてくる。
 知らない人がいっぱいいるのはしんどいけれど、サリィや母様が一緒にいて相手をしてくれるので私はそれを眺めるだけ。
 でも、一応「まあーーー! お可愛らしい! 噂に違わぬ可愛らしさですわ!」「本当、まるでお人形さんみたい」と私の容姿を褒めてくれているみたい。
 ただ、私はこの瞬間までまったく知らない人に容姿を褒められるのがこんなに怖いって知らなかった。
 自分に自信がある人ならそんなことないのかもしれないけれど、前世、母の再婚相手も最初はそう言っていたのだ。
 まるで、信用ができない。怖い。

「申し訳ありません、皆様。陛下と王妃様との約束の時間に遅れてしまうかもしれませんの。ここで失礼いたしますわ」
「まあ、引き留めて申し訳がございません。ぜひ、近くお茶会にいらしてくださいませ」
「ええ、考えておきますわ。イリヤ、お待たせ。行きましょうか」
「う――は、はい」

 敬語! 忘れるところだった。
 母様には無理に、とは言っていたけれど、人前で取り繕うのは経験がある。
 前世の母と再婚相手の義父は、人前ではいい子にしていないとあとが怖かった。
 今世の両親がそんなことをする人たちではないのはわかっている。
 でも、優しい両親だからこそ私が頑張って両親の評価が上がるなら頑張りたい。
 そう思わせてくれるくらい、母様も父様も優しいから。
 お城の中なのに、母様は私の手を掴んで繋いでくれた。
 それだけのことが、とっても嬉しい。
 そうして中庭へ進むと、飾りつけされたお茶会会場が見えて来た。
 生花にはリボンが巻かれ、テーブルクロスにはレースがひらめき、椅子にもシルクがかけられている。
 うっわぁ……と声が漏れそうなのを飲み込み、母に手を引かれて奥でお茶を飲む女性に近づいていく。
 髪を綺麗にまとめ上げ、優雅にお茶を飲み、私たちの接近に気づくと柔らかく微笑む金髪碧眼の美女。

「この度はお招きありがとう存じます、王妃様。娘のイリヤを連れてまいりました。ご挨拶をしてもよろしいですか?」
「許します」
「イリヤ、王妃様にご挨拶できるかしら?」
「はい。イリヤ・オルヴァーニュともうします。おはつにおめにかかります、おうひさま」
「まあ……!」

 昨日の晩、母様に仕込まれたセリフとカーテシー。
 通常、五歳の令嬢はここまでできないそうだ。
 しかし、私の場合慢性的な不眠。
 昨日はピクニックの件でとても疲れていたが、疲れていた割にはご挨拶のやり方を教わるのは楽しかった。
 母様に及第点はもらったので、できているはず!

「素晴らしいわ……! 五歳だったわよね? 五歳でこれほどの挨拶ができるなんて……! あなたが自慢するだけある才女だわ!」
「ありがとうぞんじます」
「ほら、グレン。昨日あなたを助けてくれたアルド様の妹、イリヤ嬢よ。彼女がアルド様にあなたを助けるように言ってくださったから、あなたは助けられたの。お礼を言えるかしら?」
「……………………」

 おっと、王妃様の煌びやかさでまったく気づかなかった。
 隣には、昨日馬車の中でバイブレーションになっていた同い年くらいの男の子が座っていた。
 私が顔を傾けるが、男の子は俯いたまま口を開こうとしない。
 それに王妃様が困ったように頰に手を当てた。
 後ろに控える使用人や侍女たちも心配そう。

「おうひさま、どうかムリにおはなしをさせないであげてくださいませ」
「え?」
「わたくし、きのうのばしゃ、みておりましたから、わかります。そとからみてあんなにこわかったのです。なかにとじこめられていたグレンさまは、きっとわたくしよりもずっとずっと、こわかったとおもいます。いまはこわいきもちが、なによりもつよいのだとおもうのです」

 前世の私が見えた、あの馬車の中。
 どこにも行けない。
 誰も助けてくれない。
 八方塞がりというやつで、心の中でだけ叫ぶしかできなかった。
 あの苦しみ、恐怖をほんの数分に圧縮して味わったと思うと私だってゾッとする。

「グレンおうじ、ムリしておはなししなくてだいじょぉぶですよ。でも、ここはあんぜんです。みんなおうじをだいじにして、まもってくださいます。だから、きょうはおいしいものをたべて、のんで、まったりいたしましょう」
「………………」

 微笑みかけると、少しだけ顔を上げた王子と目が合う。
 すぐにまた俯いてしまったけれど、小さく頷いて王妃様の後ろに隠れてしまった。
 恥ずかしかったのかな?

「あらあら」
「イリヤの言う通りですわ。話せないのは不便でしょうが、余程怖い思いをされたのでしょう。しばらくは安全な場所でゆっくりなさった方がよろしいですわ。アルドが目を覚ましたら、殿下にご挨拶させます。あの子が了承すれば、殿下のお側にアルドを控えさせましょう」
「ええ、そうね。あなたを救った英雄ですもの」

 おお、アルド兄様もすごく褒められている!
 そうでしょう、そうでしょう!
 兄様はすごかった!
 ただ、アーツ魔法を使った反動は、二日眠ったままでもまだ回復しきれない。
 それほど心身の負担となる。
 私、本当に我儘を言ってしまったんだな。
 この子も、言葉が出せなくなるくらい傷ついている。
 話し相手は無理だけど、この場所が安全ってことくらいは伝えてあげよう。