銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー

翌朝。
宿営地の広場に集められた聖騎士団の面々は、不安げにセレスを見つめていた。

セレスは勇気を振り絞り、毅然と語り始めた。
「皆さんに、伝えなければならないことがあります。私は……虚像の栄光にすがっていました。何も知らぬまま本物の英雄になろうとし、結果として、皆様の命を危険に晒しました」

「戦いで命を落とした方々は、私が殺したも同然です」

兵士たちの間に、重苦しい静寂が広がる。

「ですが、これからは違います。ここにいる戦術家、カイルと共に、戦い方を学び直します。新しいセレスティーヌとして」

露骨な失望の溜息。戸惑いの眼差し。反応は様々だった。

「最初は、また失敗するかもしれません」
セレスは声を震わせながらも、正面から彼らを見据えた。
「でも、私には夢があります。王都(ローゼリア)を奪い返し、戦争を終わらせ、この国を本来の姿に戻すこと。そのためなら、どんな泥を啜ることも厭いません!」

軍服に着替えたカイルが、一歩前に出た。
「今日からは俺が指導する。異論がある者は申し出てくれ」

兵士たちは互いに顔を見合わせた。
一人は敗北したばかりの若き団長。もう一人は軍を退き、今では農作業に明け暮れていた男爵。
諦めにも似た困惑が漂う中、彼らの口を閉ざさせたのは――セレスの瞳に宿る、剥き出しの情熱だった。

自分たちもまた、「戦女神(エイリーン)」という都合のよい虚像を彼女に押しつけ、その双肩にかかる重荷から目を逸らしていたのだと、兵士たちは気づかされた。
その殻を自ら壊し、歩き始めた彼女の覚悟が、兵士たちの冷え切った心をわずかに動かした。

カイルの声が響く。
「――ならば、早速訓練だ。覚悟しておくように」



数時間後、大規模練兵場には、新編成された約三千名の兵士たちが整列していた。

その先頭に立つセレスの声には、確かな張りがあった。
「今日から本格的な訓練を始めます」

隣に立つカイルは腕組みをし、その表情には一切の甘さがない。
「王都でやっていた『お遊びの演習』のことは忘れろ。できなければ、容赦なく居残りだ」

兵士たちの間に緊張が走る。カイルが声を張り上げた。
「まずは基本的な『密集防陣』からだ。聖騎士団は陣形を無視した突出癖が染み付いているからな。……その前に一人紹介しよう。エミール! エミールはいるか?」

セレスと同じ年格好の少年が、ひょいと前に出た。
「何ですか? 叔父さん」

「ぷっ……おじさん」
ミリアが思わず吹き出した。

カイルは不機嫌そうに顔をしかめ、話を続ける。
「エミールは俺の甥だ。新たにセレスの副官になってもらう。ミリアには別動隊を任せることが増えるだろうからな」

「僕がですか?」

「そうだ。セレスの護衛も兼ねてもらう。こいつの二刀流の腕は、セレスほどではないが良いものを持っている。それに盗賊相手ではあるが実戦経験もある」

「わかりました。エミール・リンドバーグです。皆さん、よろしくお願いします!」
テキパキと動くエミールが、兵士たちに指示を出す。
「五人一組で行動してください。各グループに番号札を配ります。今回は初回なので試験形式です。合格基準は高めに設定していますから、手を抜かないように……叔父さん。小隊長クラスの者たちは、どう割り振りますか?」

問いかけられたカイルは、視線で隣の副官を指す。
「ミリア。彼らの指導は、お前に頼みたい」

「わかったわ。任せて」
ミリアは短く応じると、小隊長らが固まる一角へと歩き出した。

セレスは、同世代の少年に親しみを込めて笑顔で挨拶した。
「セレスティーヌよ。よろしくね、エミール。その歳で実戦経験あるなんて凄いわね」
自分のことを差し置いて、無邪気に褒める。

「……よろしくお願いします。セレスティーヌ様」
エミールはそっけなく頭を下げると、ぷいっと兵士たちの輪の中へ戻っていった。

その様子を見て、カイルとミリアが顔を見合わせて小さく笑う。
セレスはエミールの態度に少し首を傾げたが、次々とグループ分けが進む様子を見守り、胸を高鳴らせた。
(本当に、ここから始まるんだ……)



午後の訓練では、実戦形式の模擬戦が行われた。
セレスとエミールの隊に対し、カイルとミリアの隊が対峙する。

「セレスティーヌ様の正面突破の力は大したものですが、それだけではいけません」

「わかっているわ、エミール。痛い目にあってるもの」
「皆さん、まずは防衛陣形を組んでください!」

カイルが鋭い指示を飛ばした。
「ほう……ならばこれはどうする? 時計回り、側面を狙え!」

「エミール、右が危ないわ。行かせないで!」
仕掛けてきたのはミリアだ。経験の差がでる。同じ兵数では太刀打ちできない。

セレス隊が右翼の敵に対応しようと展開し始めた、その時――突如としてカイル側の陣形が変化した。

「罠です!」
エミールが叫ぶ。

「落ち着いて!」
セレスは即座に命じた。
「エミール、所定位置へ退避して!」

その冷静な判断に、カイルは満足げに頷いた。
「想定以上に早く適応している。良いコンビになるかもしれん」

訓練終了後、カイルは珍しく彼女を褒めた。
「エミールの対応が早かったおかげです」
隣のエミールに微笑むセレスに対し、カイルは釘を刺す。
「エミールもよくやった。だが二人とも、油断は禁物だぞ」

「「はい!」」
二人は声を揃えて、元気よく返事をした。



グランゼイド帝国。
帝都ライヒェンバッハの皇宮では、皇帝ヴィルヘルム三世が玉座で思索に耽っていた。

重い扉を開けて入室したのは、宰相ベルトルト。
その片手には、伝信竜(レグート)が運んできた小さな巻物が握られていた。

――伝信竜(レグート)
一般には小型のワイバーン種と称されるが、その実態は翼を持った小柄な爬虫類に近い。
帰巣本能に頼るため一方通行だった伝書鳩に対し、知能の高い彼らは二地点間の「相互往復」をこなす。

さらによく訓練された個体ともなれば、移動し続ける部隊の巣箱(ネスト)さえも正確に追跡し、帰還することができた。
空を駆ける最新の情報伝達手段として、軍や大商店のような限られた組織で重用されている。

ヴィルヘルム三世は、届けられた報告を冷淡な一瞥で切り捨てた。
王都(ローゼリア)の制圧は順調だが、獲物は逃がしたようだな」

「は。聖騎士団団長と一部兵力は、ヴァルデン男爵領方面へ逃れたとのことです」

ベルトルトの言葉に、皇帝は地図の上の一点を指した。
「なるほど、山岳地方のヴァルデンか。天然の要塞、公爵令嬢の命を守るには丁度よい場所だな」

皇帝はそう呟くと、ふと思い出したように、宰相へ視線を向ける。
「そういえばヴァルデンの領主は、ベスティア領の王国軍の主力部隊に参加しているのか?」

「いえ、軍を辞めさせられて、今は自領に引き籠もって農作業に身をやつす腑抜(ふぬ)けだと聞いております。王都のディートハルト将軍に、追撃命令を出しますか?」

ヴィルヘルムは手を挙げて制した。
「僻地のヴァルデン領など、今は戦略的に何の価値もない。かつて名軍師を輩出したヴァルデン家も、今やただの百姓の家系に堕ちたというわけか」

「それに……」
彼は低い声で呟く。
聖騎士団長(セレスティーヌ)が怯えてヴァルデン領に籠もるならそれでよし。出てくるようなら――その時に叩き潰せばよい」

だが、その僻地では今、聖騎士団が静かに、しかし確実に、牙を研ぎ始めていた。
――皇帝は、まだそれを知らない。