銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー

ヴァリシア国境付近の村、メルス。

宿屋を兼ねた酒場で、五人と一人の少女はしばしの休息を取っていた。
エレフィン族であるルナは、その特徴的な長い耳を隠すように、フードを深く被っている。

店内には柄の悪い客が多く、六人の様子をじろじろ見ている輩も少なくない。
周りを見渡したカイルが声を潜めた。

「国境付近で戦いがあった直後だ。戦利品目当てのならず者が集まってきているな」

フェリックスは頭の後ろに両手を当て、椅子に深くもたれながら言った。

「軍馬は奪ったが、武器や防具は結構放置したからな。奴らにすりゃ、お宝の山だろ」

エミールは公国産の葡萄水を一口飲むと、コップをテーブルの上に置いた。

「グレイヴに駐屯していた公国軍がいなくなったせいで、哨戒活動が減り、治安が悪化しているようですね」

フェリックスがニヤリと笑いながら言う。

「『いなくなった』っつーか、俺らが片付けたんだけどな」

「しっ! 声が大きいのよ」

ミリアが鋭く窘めると、カイルが「目立たないように行動しよう」と低い声で締めた。

「ええ、いきましょう」

セレスは短く答え、静かに席を立った。

その佇まいに、周囲のならず者たちの視線が吸い寄せられたが、彼女はそれを気にする風もなく、迷いのない足取りで酒場を後にした。



一行が村を出て、街道を少し歩いた頃。
十数人のならず者が、茂みから這い出すようにして彼らを取り囲んだ。

「盗賊か……」

頭目らしき男が、下卑た笑みを浮かべて前に出る。

「止まれ! 殺されたくなければ、そこに荷と女を置いていけ!」

五人は即座に武器を手に取り、ルナもアルクリーズ城で借りた弓を構えた。

「ルナ……無理はしなくていいわ。私たちが守るから」

セレスが案じたが、ルナは静かに首を振った。

「セレス姫様。私はこれでも族長の娘です。助けられてばかりはいられません」

カイルがいったん皆に武器を下ろすよう指示し、交渉を試みる。

「荷と言っても、見ての通り大したものは持っていないが?」

だが男の視線はセレスに釘付けだった。

「白々しい。そこの女を見れば一目瞭然だ。お前らの中で、一人だけ浮いてるんだよ」

頭目がセレスを指さし、下卑た笑いを浮かべた。

「酒場から見てたぜ。地味な服で隠しちゃいるが、その立ち振る舞いに、透き通るような肌……どこぞの貴族のご令嬢か、大商人の娘だろ?」

男は、セレス以外の連れを値踏みするように見た。

「その女と金目の物を置いていけば、あとの貧乏くさい護衛と小間使いは見逃してやらんことはない」

「おい、ミリア。お前、貧乏くさいってよ」

フェリックスが茶化すと、ミリアの眉間がピクリと動いた。

「……うるさい」

「俺は、地味なミリアも好きだぞ」

カイルがさらりと平然と言い放つ。

「カイルもうるさい!」

顔を赤くして一喝するミリア。

そんなやり取りを見て、頭目が痺れを切らしたように言葉を重ねる。

「何をぶつぶつ言ってやがる。さっさとどうするか決めやがれ」

エミールがカイルに視線を送った。

「どうします、叔父さん」

「……やむをえん。騒ぎは起こしたくないが、降りかかる火の粉は払わんとな」

フェリックスが槍を構えた。

「そうこなくちゃな。一番槍は俺がやる」

「なんだ貴様ら、この人数相手に抵抗する気――うが……っ!?」

頭目の肩に矢が突き刺さり、放った人物に注目が集まった。
それはルナであった。

「セレス姫様を連れていくなんて、許さない!!」

「ルナ!?」

頭目は矢を抜くと、言い放った。

「このガキ。痛てえじゃねえか! 野郎ども、構わんやっちまえ!」

盗賊たちが一斉に襲いかかってきた。

エミールは双剣を十字に構えながら横目でカイルを見た。

「盗賊退治は久しぶりですね、叔父さん」

「ああ。だが油断はするなよ」

カイルが腰の剣を抜くと同時に、一行が弾かれたように動いた。

フェリックスは長斧槍(ハルバード)を風車のように回し、一振りで左右の二人を叩き伏せる。
返す斧刃で襲いかかる男の武器を叩き折り、間髪入れずに突き出した槍先が、後方にいた男の胸を貫いた。

ミリアの剣が、風のような速さで男の胸を正確に貫いた。

「エミール、お願い!」

セレスの声に応じ、エミールが低い姿勢で前線へ滑り込んだ。

「任せてください!」

一人目の腕を斬り上げ、すれ違いざまに二人目の急所を裂く。
二刀流ならではの絶え間ない連撃に、ならず者たちは防御の隙すら見出せない。

「セレス、右だ!」

カイルが後方から鋭く指示を飛ばす。

セレスは地面を蹴り、襲いかかろうとした大男の斧を軽やかな身のこなしでかわした。
そのまま流れるような動作で剣を払い、男の胴を一文字に斬り裂く。

武器を抜いてから、わずか数分で半数の盗賊がいなくなった。

頭目は肩を押さえながら目の前の光景に震えていた。

「こ、こいつら化け物だ!」

頭目と残った盗賊は武器を捨てて逃げ始めた。

ルナが狙いを定めるが、セレスが止める。

「ルナ。もういいわ。戦意をなくした者に追い打ちは不要よ」

ルナはようやく弦を引き絞る力を抜き、安堵からかその場に膝をついた。

「まったく、無駄な時間を食ったな。さっさと行こうぜ」
フェリックスは長斧槍(ハルバード)に付着した血を払い、肩に担ぎ直しながら吐き捨てた。

その言葉に促されるように、一行は再び歩み始めた。



セレス一行は街道を逸れ、ルナの案内に従って森付近へと向かった。

一見、森は踏み込める道などないように思えたが、ルナが入り口を指差した。

「ここからなら、馬のままでも集落まで行けます」

密林というわけではなく、馬を歩かせる分には支障はない。五人の騎士と一人の少女は、さらに森の奥深くへと分け入っていく。

ミリアが周囲に目を配りながら、小声で告げた。

「公国軍の気配はなさそうね」

カイルは頷いた。

「そうだな。敗戦から日が浅いから、簡単に軍を動かせないのだろう」

フェリックスは槍を構えて周囲を警戒し、エミールは背後を気遣っていた。

セレスは、動きやすい革製の胸当てを纏い、ルナを自分の鞍に乗せて優しく声をかける。

「もう少しだけ辛抱してね、ルナ。もうすぐお母様に会えるわ」

ルナは小さく頷き、前方の開けた斜面を指差した。

「あの先を越えれば……母のいる集落です」

その言葉が終わらぬうちに、空気を切り裂く鋭い音が響いた。

シュッ!

鋭い風と共に、一本の矢がカイルの足元へ深々と突き刺さった。

「止まれ! 待ち伏せだ!」

カイルの鋭い警告と同時に、全員が即座に武器を構えた。

――ざわめきが、一瞬で殺気へと変わる。

周囲の木々が波打ち、影が躍り出た。
長耳を持つエレフィン族の戦士たちが、ある者は馬上から、ある者は木の上から、音もなく一行を包囲したのだ。

番えられた矢の先には、疑念と敵意が宿っていた。

「人間め! 我らの聖域を汚すな!」

セレスが身を乗り出すようにして叫んだ。

「待って! 私たちは敵じゃないわ!」

しかし、戦士たちの表情は硬い。

「そんな言葉に騙されるものか!」

ルナがフードを取って叫ぶ。

「やめて! この人たちは私の命の恩人よ! ヴァリシアの軍を討ってくれた仲間なの!」

エレフィン族の戦士たちはルナの姿を見て驚いた。
「ルナ様だ!」
「姫様! ご無事でしたか!?」

突きつけられていた矢が、驚きと共に一斉に下げられた。

すると奥から、凛とした女性の声が響いた。

「ルナ!」

「お母様!」

ルナが弾かれたように返事をし、馬から飛び降りてその女性のもとへと駆け寄る。

カイルたちは、現れた女性の姿を静かに見守った。
他の戦士たちとは一線を画す、品格に満ちた佇まいだった。

女性はルナを抱きしめ、無事を確認すると、一行に向き直った。

「お母様。この人たちは――」

「わかっておる」

女性は静かに口を開いた。
「私はシルヴァ氏族の族長、イルーシアと申す。娘のルナを、憎きヴァリシア人から救ってくれたことに感謝する」

ルナは興奮した様子で、イルーシアにここまでの経緯(いきさつ)を説明した。

セレスたちの圧倒的な強さ、そして公国軍が倒されたことを聞いたイルーシアは、驚きと共に、深く頭を下げた。

「事情は理解した……知らずとはいえ、恩人の方々へ大変な失礼をした。ぜひ集落まで案内させてほしい」

セレス一行は、イルーシア率いるエレフィン族たちと共に、さらに深い森の奥へと進んでいった。