隣の席の大型犬みたいな男がぐいぐいくる

「おはよー!」

ガラガラッ!

朝の教室。
チャイムギリギリにドアを開ける。
昨日の夜はうっかりドラマを観すぎてしまった。朝起きたら衝撃の8時20分。
8時半から遅刻だけど、間に合ったのはマンションが高校の目の前だから。お父さんお母さんありがとう。

が、いつもと教室の様子が違う。
教卓にくじ箱が二つ置いてあって、クラスメイトたちが男女に分かれて並んでいた。
みんなワクワクした顔をしている。
くじを持っているメンツが「オレD!」「オレはC」「私はBだよーっ」と騒いでいる。

一体なんの……。

「レーン! おはよっ」

広川!
後ろから頭を掴まれそうになって、さっと避けた。
広川の手が空を切る。
毎回やれると思うなよ。こっちだって毛根守るのに必死なんだよ。猫っ毛にとっては1本の髪でも絹の糸ばりに大切なんだからな!

広川の手が、ぐるっとオレの肩に回った。捕まえられて、頭のうえに顎を載せられる。

「……」

もう知らん。とにかく並ぼう。

「なんのくじ?」

頭の上の広川に話しかけると、

「キャンプ!」

と、ひと言。

「キャンプ?」

「そー。来月のキャンプの班分けだよ。オレはA班。女子のA班は、水無瀬ちゃんと〜ちゃんと〜ちゃん!」

「へえ」

どうでも……良くはない。

クラス1可愛い水無瀬さん。
に加え、クール系美人、明るいスポーツ美人がそろい踏みじゃないか! オレもA班がいい!!

一緒の班だったら、計画をたてるのも一緒、バーベキューの買い出しも一緒。一緒に炭火を囲んで……

『真野くん、料理できるの?』
『あっついよ? 焼きマシュマロ、はい、あーん』

あちちち、なんてな!! マシュマロ…ふう。

しまった、またニヤついてしまった。

「あ、と、とにかく引くかぁー」

とりあえず広川を頭の上から追いはらい、オレは勢いよくくじ箱に手を突っ込んだ。
期待を込めて、折られた紙を広げる。

「……E班?」

「うっわ!」

隣で広川が吹き出す。と思ったら、くじ箱を見張っていたキャンプ委員男子に手招きされた。

「ウェルカム! 悪夢のE班へ。仲良くやろうぜ」
「え?」

広川が笑いころげながら言う。

「E班、全員ヤローなんだよ。このクラス、男多いから」

…………。
終わった。
キャッキャッウフフの妄想も終わった。
オレの高校生活どこいった。

「まあでも、レンと別れたのはちっと残念」

そう言って、広川はオレの肩をぽんと叩いた。
あ、広川、オレと一緒の班がいいって思ってくれてたんだ。

オレは一ミリも思ってなかったけど!


※  ※  ※


「……で、なんでお前がここにいんだよ」

放課後、オレ宅。
リビングのテーブルにはカセットコンロ。その横に、広川が買ってきたマシュマロ。

カセットコンロはウチのだ。玄関横の棚に防災グッズと一緒に置いてあった。そんなところに防災グッズがあることすら知らなかったから、びっくりした。

「いや、レンがさ。電気やガスが使えないときでもちゃんと火が使えるように、リハーサル……」

「んなときマシュマロなんか食わねぇけどな!」

「まーまー。くじ引く前、マシュマロって呟いてたじゃん。そんなに食いたいのかなって思ってさァ」

赤面。
女子との妄想してたとき、心の声が漏れていたんだ。
でも、マシュマロが食いたいわけじゃねえ。広川と「あーん」したいわけでもねえ! オレの妄想を汚すなや!!

広川が鼻歌を歌いながら、金属の串の先端にマシュマロを挿した。カセットコンロに火をつける。

ボッ!! 

「うわっ」

火がついたっ。火事になりそうでドキドキする。
真野家はカセットコンロ文化がなかった。広川は平気そうだけど。

広川は火の10センチ上くらいにマシュマロをかざし、くるくると回しはじめた。外側が少しずつ焦げて甘い匂いが漂う。おお、うまそう。

「レンもやってみ」

「うん!」

オレも1個串に挿して、真似して火にかざしてみる。
火の熱さが手に伝わってくる。マシュマロの表面が茶色く色づいていく。焦げ目が均等につくようにくるくる回すーー楽しい!

「いい感じじゃね? 広川のより綺麗に焼けてる」

「初心者だな。焦げすぎたとこあるのがうまいんだから。オレの食ってみる? あっついよ? はい、あーん」

「プスプスいってんだろーがあー!」

二人で焼きながら食べる。
実は人生初の焼きマシュマロ。パクン!

「はふはふ、アチッ」
「ウマッ、甘っ」

バーベキュー最高! これなら本番も大丈夫。
カセットコンロの使い方も分かった。防災グッズの置き場所も分かった。
真野くんはワンランクアップしたぜ。

サンキュー広川!

感謝の気持ちを込めて広川に笑いかけると、広川が一瞬真顔になった。

ーーん? なんで真顔?

「ん?」

「広川?」

「あーー」

広川がパクっと一番手前のマシュマロを口にいれた。瞬間、

「あちイイイ!!!」

テーブルの麦茶をつかんで一気に口に流し込んだ。口をおさえて涙目になっている。

「広川、それさっきオレ焼いたヤツ……」

まだ熱々のはずだ。大丈夫かよ。

「はいほーふ」と涙を流している。顔を覗き込もうとすると、ふりはらわれた。洗面所に走り込んで口をゆすいでいる。

「痛たた、口ん中やけどしたわ。こんなんじゃキスもできねー」

洗面所からの叫び声。

「あ、そ」

ガラガラ、とうがいをする音。
オレは残っているマシュマロを口に放り込んだ。

キスって、相手もいねえくせに!

「……」

キスかぁ……。

洗面所から、コップを置く音がする。

なんとなく天井をみあげる。マシュマロをゴクンと飲み下す。
部屋の中はまだ甘い匂い。

片腕を上げて……二の腕を見る。
男だけど、二の腕の裏側は日に焼けていなくて、柔らかい。

広川の声がよみがえる。

『二の腕って、唇と同じ柔らかさらしい』

前も試したけど、よく分かんなかった。
もっかいしてみる?

キスしようとして、少し届かない。
唇を尖らせてちゅ、とする。

こんな感じなのかな。
ほんとかな。

もっかい……。

ーーん?

ふと、リビングの入り口に広川がもたれて立っているのに気がついた。口を手で覆って笑いをこらえている。

あ。

あぁ……。


よりによってこんなところを見られるなんて。

恥ずかしい。死にたい。