隣の席の大型犬みたいな男がぐいぐいくる

広川に好きだと言われた日から、1ヶ月が過ぎた。

広川は、前より少し、入り浸る日が増えた。いつの間にか置きパジャマやら置きコンタクトレンズやらが増えている。

夕食を一緒に作って食べて、勉強してゲームして寝落ちするのが定番だ。

……キスはまだだけど。

スマホのアラームで目が覚めた。
オレはベッドから跳ね起きる。

やべえええ。
今日は月曜。朝イチは遅刻に厳しい体育じゃねーか!

シャワーを浴び、バスタオルで拭きながら洗面所へ。真っ白な洗面所には、ブルーとグリーンの歯ブラシが置いてある。
ドライヤーで髪を乾かし、学校に向かう。
教室のドアを開けると、あれ? みんないる。

「レーン、今日体育ないって。自習だってさ!」

「真野くん、髪、跳ねてるよ? ワックス貸してあげる」

広川と水無瀬に話しかけられる。
なんだ、もっとのんびり来れば良かった。
水無瀬のワックスはイチゴの香りで……ああ、可愛い。うっとり。
思わず指についた匂いを嗅ぐと、広川が割り込んできた。

「水無瀬ちゃん! オレにもワックス使わせて!」

おい! お前は関係ねーだろーがあ!
白い目で見ると、水無瀬がくすくすと笑った。

「仲いいね。松阪牛はなしかなぁ」

広川が、一瞬真顔になったがーー

「松阪牛?」

オレが聞き返すと、水無瀬はなにも言わず微笑んだ。ポーチにワックスをしまって、

「なんでもなーい」

甘い声で言って、カオリンのところに行ってしまった。
広川はなぜか苦笑している。
二人だけに通じる話をされるのは面白くない、と思っていたら広川が囁いた。

「水無瀬ちゃんに相談したときさ、相手がレンって言ってなかったけど。バレるもんだな」

「えっ」

そういや、水無瀬に相談したって言ってたな。
でも、松阪牛はなんの話? 柔らかくてサシが入っててうまいよなあ……じゅるり。

「松阪牛食うならオレも」

「そこかよ!」

広川があきれながら突っ込んでくる。


昼は、オレと広川、桐山の3人で屋上で食った。
いつもは教室で食うのに、人もまばらな屋上に行ったのにはわけがある。
もうすぐ夏休みで、桐山はテニスの合宿に行ってしまう。その前に直接伝えようと二人で決めていたんだ。

「あのさ、実はオレとレン、付き合ってる」

広川がサンドイッチをかじりながら、さらりと言った。
親友に隠すのもなんだしな。
ただ、桐山がどういう反応をするか分からなくて、緊張していた。

桐山はというと

「付き合ってるって? どういう……? え、つまりカップルってこと?!」

目を丸くし、食べかけの焼きそばパンを落としていた。慌てて拾って「3秒ルール!」と声をあげたけど。

「おおおお、いや、なんつーか」

オレと広川は、固唾を飲んで見守る。
桐山は目をぱちぱちさせながら、次第に笑い始めた。
こらえきれないように手を口に当ててオレらを見た。

「マジかー!! おめでとう! 親友ふたりがくっつくなんて。ブラックサンダーでお祝いするぜ!」

「サンキュー」

オレは礼をいう。広川も肩の荷が下りたような顔をしていた。
これからも3人でつるめそうで良かったと思う。

ちなみに、新井には連絡がつかなかった。
桐山曰く「昨日電話したとき、またテスト期間に入るっていってた」とのことだから、新井に伝えるのは2週間後になりそうだ。


※  ※  ※


同じ日の夜。マンションの屋上。
昼は開放されているグリーンテラスも、夜は施錠管理で無人になる。コンシェルジュデスクで鍵を借り、広川と上がった。エレベーターのボタンでグリーンテラスの存在は知っていたけど、広川に言われなければ上がろうとも思わなかった。

夜風が涼しい。都会の明るい夜でも、ここからは星が見える。
昼間のことを考える。

桐山がおめでとうと言ってくれた。
いつもの明るいノリで、引いたりもしなかった。心がじんわりと温かくなる。
隣には、広川がいる。
なんて幸せなんだろう。

「……」

胸がいっぱいで言葉が出てこない。
広川がなにか言ったら、いつもの勢いで突っ込んでやるつもりなのに、広川はなにも言わない。
ただ、オレの隣で星空を見上げている。

「あっちにベンチがある。食いもん持ってくれば良かったな!」

オレはなんだか気まずくて、明るい声で言ってみる。
こんなロマンチックな場所じゃ、そういうムードになってもおかしくない。
いや、オレも期待して……いやいや、屋上上がってみたいって言ったのは広川だから! オレじゃねえから!

小さなランプの灯るベンチに並んで座ったとき、ふと隣を見ると、広川と目があった。

一瞬広川が優しく笑った気がして、どきんとして目をそらす。

ブルッと鳴ったスマホをポケットから取り出す。
フォトアルバムから【10年前の今日】のタイトルで、ゴールデンレトリバーの花ちゃんの写真が届いていた。広川に見せる。

「この子、昔飼ってた花ちゃん!」

「お、可愛い! オレ、犬飼ったことねえから憧れあんだよな」

いつもの広川の声だ。オレはほっとしつつ続ける。

「オレが生まれたとき、お父さんが買ってきたって。賢くてなんでもすぐ覚えんだけど、テンションあがるとデカい体ですぐ飛びついてきてさ」

「へえ」

「『待て』ができなーーあっ」

あっという間に押し倒された。
ベンチで、上から覆いかぶさられて……息が止まる。

「ひろか……」

広川の表情は、暗くて見えない。ただ、真摯な声だけが聞こえてくる。

「オレ、花ちゃんと同じかも」

「えっ?」

「待てない、かも……。レンのこと好きすぎて」

低くかすれた声にドキン、ドキンと心臓が音をたてる。
首すじが緊張でほてる。

待てないっていうのは、キスだよな。
オレと広川がキス?

前に広川に、キスを『試してみようか』って言われたことがある。
結局オレの勘違いで、広川は自分の二の腕にキスをしただけだったけれど。

でも、広川に言われたときに、オレは嫌だって思ったんだ。
好き同士でもないのに、ふざけてキスするのは嫌だって。
でも今は。

今はーー

「……待たなくて、いいよ。オレも」

キスしたい、と言う前に唇をふさがれた。

息が止まる。
キスは想像してたより柔らかい。湿った息が漏れて唇に触れる。
気持ちいいって、広川が言ってた通りだ。

頭がぼんやりしてくる。
触れて、離れて、また触れる。

「……レン、二の腕とどっちが柔らかいか、比べてみていい?」

耳たぶに熱い息がかかる。

「え? なに? 好きにすれば……」

うなされるように答えたら、広川が突然オレの手首を掴んだ。

ん?

くいっと頭の上に持ち上げられたかと思ったら、あっという間にオレの二の腕に広川の唇が触れていた。

おおおおいいいい!!!

「ちょっ!! 待て! こんなとこでなにすんだ。待て!!」

慌てて広川を引き剥がすと、広川は目を丸くしたあと、

「犬扱いかよ!」

と言って、ぶはははと笑った。
油断も隙もありゃしねー! 

でも、残念ながら好きになっちまったんだ。ちくしょう!!



(完)

…………

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7maimai