隣の席の大型犬みたいな男がぐいぐいくる

ピンポーン。

あ、来た。
インターホンを覗くと、一階ゲート前にラケットを背負った桐山。明るく手を振っている。

解錠してしばらくすると、桐山がやってきた。
部活帰りの半袖短パン、テニススタイルのまま。背中にはラケット。

「真野、サンキュー! 助かるぅ」

首からかけたタオルで汗を拭きながら、ボストンバッグとラケットを玄関先にドスンと置いた。
かがんで、ボストンバッグからタオルと着替えを引っ張りだしている。

今日、桐山はカオリンとデートなんだそうだ。
6時に駅で待ち合わせとしたものの、桐山曰く

「うち、遠いんだよ。部活のあと一旦家帰ってシャワー浴びると間に合わなくて。だからさー、真野んちのシャワー貸して。今度カツ丼奢るから」

とのこと。もちろんOKした。でもなんでカツ丼好きってバレてんだろう。

桐山は
「はひー。暑い暑い。早速借りてい? 真野んちっていつも綺麗だよな」
と言いながら、シャワーに吸い込まれていった。
さあっと水音。

オレはソファにゴロンと寝転がる。
シャワーの音を聞きながら、新井から言われたことについて考える。

中学時代、広川には好きな子がいたけど、うまくいかなかった。新井は引きずってる広川を心配しているけど、桐山には頼めない、と……。

広川の好きな人って、桐山の彼女だったんだろうか?
いや、桐山はカオリンが初彼女だから、違うよなあ。

そこまで考えたとき、ガラッと洗面所が開く音がした。
髪を拭き拭き、桐山がでてきた。
白いゆったりしたデザインのシャツとパンツに着替えている。見た目も爽やか好青年。

「どお? ジャージ以外で会うの初めてでさ。デートってこんな感じでいいかな」

桐山が珍しく照れたような顔で聞いてくる。
オレは目一杯褒める。

「いーよ、似合う! 普段とのギャップがいい!」
「ヒャハッ、愛と勇気が湧いてくるぜ! あ、あとでドライヤー貸して」

桐山がソファに腰を下ろした。オレはキッチンにアイスを取りに行く。桐山は「歯磨きしたからいらない」らしい。

ヨーグルトアイスを持ってきて……右手にアイス、左手は机の上のスマホ。
ボチボチいじりながら桐山に話しかける。

「……広川って、中学んとき彼女いたん? こないだ、新井とそんな話になって」

さりげなく聞いたつもり。
桐山もソファの上であぐらをかき、スマホをいじっている。

「あー、いたよ、何人か知ってる。あの顔だしさ。イケメン広川と秀才新井で双璧!って感じだった」

「桐山もモテたろ?」

オレが言うと、桐山が顔をあげた。嬉しそうに笑ったあと、イヤイヤ……と謙遜する。

「オレは全っ然! あだ名が脳筋テニスだし!」

「転校生がどうのって話は?」

ああ、と軽く首をかしげる。

「それは広川ね。中2んときかな、女の子転校してきてさ。おとなしい子でクラスに馴染めなくて、広川があの調子で親切にしてたら本気になられてさ。困ってたっぽい」

若干面白がるような口調。他人事だし、過去のことだからその程度の軽さなんだろうけど。
でも、オレは引っかかった。

「困ってた? 広川が好きだったんじゃなくて?」

「へ? 違うよ。広川の彼女みんな美人……あ、いや真面目ないい子ではあったけど」

「ふうん」

新井や広川の話と違う。
でも、新井に言われているから、桐山にこれ以上突っ込めない。

桐山は水筒に口をつけてグビグビと飲んだ。

「ま、広川がダメだな。距離感バグってるし、女子ならその気になっちまうて。広川が悪い! だはは」

桐山はスマホをちらっと見てから、

「ごめん、ワックスも貸してー」

と言いながら洗面所に行った。
オレは、自分のスマホを見た。
新井とのLINEは未読のまま。もう一度コールもしてみたけど、やっぱり出なかった。

……うん、試験終わるまでスマホ断ち、徹底してんな。
それはいいんだけど、

新井ーー!
中途半端な情報だけ渡して消えんなよ!!

気になっちまうじゃねーか。くそっ!

※  ※  ※

桐山は、5時過ぎに出ていった。
しばらくして、インターホンが鳴らされる。

宅配便かな?

モニターを見ると広川が片手を挙げて映っている。
手にビニール袋を持っていてーーあ、なにか食べ物っぽい?!

広川はニコニコしてやってきた。
まだ制服姿で、手に持っていたのは、ピンクの平べったい箱。包装に「赤福」と書かれている。

「オレ今日、美化委員で理科室掃除したんだけどさ、先生が食べきれないからってくれた」

「おお、赤福ってなんだろ」
「団子だよ。好き?」
「好き!」
「レンなら食うかなと思って」

リビングのテーブルに赤福をのせ、パッケージをはがすと、波打つこしあんのお団子登場。

「うまそー!」

オレがフォークを刺そうとしたとき、前に座っている広川の視線が別の方を見ているのに気がついた。
テーブルの横に落ちている、桐山のスポーツタオルだ。
頭を拭いたあと、忘れていったんだろう。

「あ、それ……」

オレが言いかけたとき、広川がタオルをつかんだ。

「これ桐山の?」
「そ、さっきまでいた。シャワー貸してって」

「……」

広川が一瞬黙った。なにを考えているのか分からない顔。

「広川?」
「レンも浴びた?」

広川の言葉に、オレは面食らった。

「は? いや? 桐山に、デートだからシャワー貸してって言われて貸しただけだし」

「ふーん……」

広川は目をそらし、タオルを掴んだまま立ち上がった。ちら、とこちらを見て笑った。

「洗濯機つっこんどくね。濡れたもの置きっぱはよくないし」

「あ、サンキュー!」

広川、マジで気がきく。
オレは広川の背中を見送りながら赤福をぱくんと食べた。

ウマッ!