隣の席の大型犬みたいな男がぐいぐいくる

美人な彼女をゲットした桐山を、オレと広川で詰めるだけ詰めた。
それから……

「初彼女ーー!」「おめでとさーん!」

わー、パチパチ。
桐山をお祝いする。そう、今日三人で集まった理由は勿論これだ。
ブラックサンダーの大袋を開けてやると、桐山が目を輝かせる。

「ブラックサンダーはオレの相棒だぜ! 彼女とラケットの次にな!」

桐山は呆れるほど食べて、さらにサワークリームのポテチに手を伸ばす。マシュマロの袋も開けて、

「マシュマロキャッチしよーぜ」

と言い出した。
ああ、とキャンプの夜を思い出す。あのとき、桐山がやたら上手かったんだ。

「久しぶりじゃねーか。中学以来だな」と広川。

「月曜の学食を賭ける」
「マックス高いもん頼んでやるぜ!」

「おし!」

広川が桐山からマシュマロの袋を奪う。
桐山がイヌのお座りポーズで、ソファに座った広川の前にスタンバイする。

「10個勝負な」と広川。

よーい……

ポイッ。

「バウッ!!」

キリヤマ犬が吠える。かがんだまま、床を滑るように動いて、大きく口を開けてーーキャッチ!

「すげっ!」

オレは思わず声をあげた。テニスの動体視力はダテじゃない。

「ほら!」
「バウバウ! パクッ」
「ほれ!」
「バウバウッ!!」

「あはははっ」

オレは笑い転げる。本気で犬になりきる桐山。彼女が見たらバカらしくて呆れるだろうなと思うと、なお笑える。

広川も広川で、投げる振りして投げなかったり、遠くに放るふりをして足元にぽとんと落としたりと遊んでいる。

そして桐山は、10個中6個獲得。

「すげーなー」

オレが言うと、桐山が得意げに笑った。

「まあね。テニスの動体視力……あ」

ピピピピ、と桐山のスマホが鳴った。

「電話かかってきちゃった。ちょい話してくる。オレは6個な」

桐山はニヤニヤしながら玄関の外へ出ていった。

フン、と広川が鼻を鳴らす。

「羨ましいこったな。じゃ、レン、続きやろーぜ」

広川にマシュマロを渡される。今度はオレが投げる番らしい。
広川が、さっきの桐山のようにソファの前でお座りをする。舌まで出している。

「へっへっへっ……」

嬉しそうに犬の真似。さすが陽キャ、ノリがいい!

「じゃー行くぜー! ほらっ」
「バウッ!」

ヒロカワ犬、キャッチ!
バカバカしくて楽しい。

「それっ」
「バウッ!!」

キャッチ!
素早い。柔道は動体視力関係ないけど、単純に運動神経がいいのかもしれない。

だったら難易度を上げて……ちょっと遠くに放ってみる。

「ほら!」
「バウッ」

ポトッ。

マシュマロが、床置きのビーズクッションの上に転がった。広川が恨みがましい目でオレを見てくる。ははは、ごめんごめん、もうしません。

……と、反省したように見せかけて、

「ほらっ」

今度は目の前に落とす。けれど、広川は素晴らしい反射神経でスライディングキャッチ!

「上手上手ぅ」

褒めてやると、またお座りポーズでへっへっと舌を出す。おもしろ!

「じゃあ次は……」

一瞬、迷った。遠くに投げる? 近くに落とす?

「えーと……」

マシュマロを手に持ったまま躊躇した、その途端。

「遅えっ」

広川が突然、飛びかかってきた。
マシュマロを持った手首を掴まれ、その勢いのままソファにひっくり返される。

「わっ!!」

背中がソファに沈む。気づいたら、広川に上から馬乗りで押さえ込まれていた。

どきん! と大きく心臓が鳴った。
な、なななんなん?!

目の前に、バサバサの睫毛に囲まれた綺麗な目。近い唇。
笑っていない。
もったいぶったから怒ってる? 違う。そういうんじゃなくて、なんか……。

指の力が抜けて、ポロリとマシュマロを落とす。それは、どこかに転がった。

「あっ」

広川の顔が近づいてくる。

キ、キスされる?!

掴まれた手首を押し返そうとするのにびくともしない。近づいてくる顔に、反射的に目をつぶる。
広川の顔が、オレの顔の横、耳の上あたりにふっと寄った。髪が頬に触れる。首筋に息がかかる。

「ちょっ…!」

すぐ顔をあげた広川は、口にマシュマロをくわえていた。

ーーあ。
オレが落としたやつを、口で拾ったのか。
でも、そんな、なんというか、紛らわしいこと……!

広川は体を起こし、口をもぐもぐさせながら得意げに笑う。

「これで七個。桐山超えってことで」

「……」

うまく言葉を返せなかった。

オレは、また、変な顔をしていないだろうか。
前にもキスされると勘違いしてしまったことがある。そういう勘違いは、もうしたくないのに。
なんで……。

ふと、広川の表情から、笑いが消えた。
片手で、自分の首に触れている。

「ごめん。なんかオレ、また――」

言いかけたとき、ガチャッと玄関のドアが開く音がした。

「あー可愛かった! ちょっと悪いけどノロケさせて。カオリンがさあーー」

桐山だ。
電話を終えて、上機嫌で戻ってきた。

「カオリンがなんだって?」

広川は、もういつもの広川に戻っている。
へらっと笑って、桐山のノロケに付き合いはじめる。でも、こちらを見ない。
オレはまだ気持ちの整理がつかなくて、うまく話に入れなかった。

ソファに転がったままの体を、のろのろと起こす。
桐山と広川を置いてキッチンに行く。冷蔵庫から麦茶を飲んだ。

首にかかった息の感触が蘇る。
なんで、変な近づき方するんだよ! 

広川は、わかっていてわざと勘違いさせているのか?
それとも、なにも考えていないのか。

もしわざとだとしたら、どうしてそんなことをするのか。

聞いてやりたいのに、聞けない。