隣の席の大型犬みたいな男がぐいぐいくる

土曜日。
キャンプから一週間たち、ようやくリュックの中身を片付け終えた。ふうー、とリビングで足を伸ばす。

キャンプの翌日には母親から電話があり、例の「神社から聞こえた声」について聞かれた。
さすがに母親に「ヤッてた声説濃厚」とは言いにくくて「聞こえなかったよ」とだけ言うと「よかったぁ」と電話が切れた。これでやり手の証券マンというのだから世の中分からない。

今日は桐山が家にくる。広川も来る。
オレは朝のうちにスーパーへ買い出しに行った。桐山リクエストのマシュマロ、それから、桐山が好きなブラックサンダーの大袋。甘いものばっかりじゃなと買ったポテチは、桐山が好きなサワークリーム味。

その心はーー

ピンポーン!

チャイムが鳴った。
モニターを見ると、手を振る桐山と広川。一階のゲートを開け、オレは部屋の玄関から顔を出して二人を待つ。
エレベーターホールから、デカいのが二人、ぬっと現れた。
桐山は相変わらずラケットを背負いジャージを着ている。そして、いつもの万倍機嫌がよさそうだ。

「彼女の件、全部吐いてもらうコーナーにようこそぉー!」

オレが迎えると、桐山が「へへっ」と笑った。
すかさず広川が、桐山の背後から肩に腕を回し体重をかけてよりかかる。

「重っ!」

「黙れ。よくもオレの憧れの人をーー!」

桐山は広川を背中にくっつけたまま、ずるずるとリビングへ移動する。広川はじゃれついたまま、そのまま引きずられていく。

「いや、マジで! 抜け駆けしやがって」

オレも広川に加勢する。広川とここまで意見が合うのも珍しい。

で、

「いつ!」「なんで!」「付き合うことになったんだよッ!!」「クラス三大美女のカオリンとっ!」

広川と声が揃った。

カオリンは、キャンプのときにA班にいたスポーツ万能美人だ。バスケ部ですらっと背が高く、さっぱりした性格が人気。
カオリンがキャンプ係をしていたのは知っていたけど、まさかキャンプ中に桐山とくっついて、キャンプ明け早々手つなぎ登校、交際宣言までするとは!

桐山はへへへと笑う。

「いやーさー。肝試しのあと、キャンプ係みんなで徹夜UNOしたんだよね。そんとき仲良くなってさ……」

ニヤつきながらソファに腰を下ろし、それから物珍しそうに部屋をキョロキョロと見回す。

「コンクリート打ちっぱなしとか初めて見たわ。おしゃれ過ぎじゃね? ドラマでOLが住んでる部屋だろ、これ!」

「……」

……うん、おしゃれだとは思う。でも来るのがヤローばっかじゃ宝の持ち腐れえ!!

桐山のジャージのポケットでスマホがぶるぶるっと震えた。

「おっとぉ」

桐山はLINEを見て、また頬をゆるめている。
すかさず広川が突っ込む。

「で! ニヤニヤしてる桐山クン。彼女への返信は後回しにして、話を聞かせてもらおうか!」

広川が、容疑者を吐かせるベテラン刑事のように、顔の前で両手を組んで、桐山を鋭い眼差しで見つめる。

「ーーカオリンとどこまでヤッたんだね?」

ごく、とオレは唾を飲み込む。

「なんもしてない。まだ」

「まだ!?」

思わず身を乗り出してしまった。
まだ、ってなんだよ。含みがあってうらやましいじゃねーか!

オレは声を大にして吐き出した。

「あー! さっさと彼女作りやがって。オレなんてーー」

ん?

オレなんて、彼女いない歴イコール年齢で、キスも……と、言いかけて固まる。
見ちゃいけないと思うのに、つい広川のほうを見てしまった。

広川と、一瞬だけ視線がぶつかった。広川は笑ってはいない。
でも、気まずくてすぐに目を反らす。

広川はわざとらしく大きなため息をついて、ソファに仰け反った。

「愛しのカオリンが……。まあ桐山ならしょーがねーかー。オレにはまだ水無瀬ちゃんがいる!」

「ヒロカワくん、頑張って」

「くっそ煽ってきやがる!!」

広川と桐山がじゃれている。

オレはポテチに手を伸ばした。

キスのことは、あの夜以降、オレと広川の間でなかったことになっている。
友達と話していてキスの話題になっても、触れない。

何も変わらない。
それで良かったんだよな?


オレは、そう思っていたんだ。