広川の顔が見れない。
シャワーから出て洗面所で広川とすれ違った。けど、タオルを頭から被って目を合わせず素通りした。
だって。
だって、多分……いや、絶対しちゃったよ、キス。
あああああ!
あんときだ。
神社で広川がオレをおどかそうと、後ろから「振り向けよ」っつった時。
唇から血を流している広川に驚いて、ケガしたのかと顔を引っ張った。
それで、つまずいた広川が倒れ込んできて、それで……。
顔がぶつかったとは思う。
でも、唇の感触なんてあったか? ……分からないけど、唇に血糊がついてるってことは絶対触れてる。
ガタイいいんだから、つまずくなよ!
ファーストキスだったのに。
ただの事故で! しかも広川と。
なかったことにできればいいけど、広川もオレの顔を見て変な顔をしていた。
あれは絶対、しちゃったことに気づいてる。
※ ※ ※
テレビのある一階の部屋。
オレと広川以外の3人も帰ってきた。とりあえずほっとする。
「ラブキャンプやってるぜ!」
一人が床のクッションに寝転がってテレビをつけた。
ラブキャンプは、若い男女がキャンプで共同生活して、カップル成立を目指す番組だ。
オレもクッションを抱えて木の床にあぐらをかく。
広川は、離れた場所で壁にもたれてテレビを見ていた。
明るい音楽とともに番組がはじまり、画面下にテロップがでた。
ん? ドキドキ肝試し?!
『肝試しで密着!』というナレーションが入る。
なんだか嫌な予感がする。
と思ったら、暗い森に入っていく男女の後ろ姿から始まり……
女の子『きゃああああ、いやーっ、〇〇くん、〇〇くんっ!』
男『これ、こんにゃくだよ。なにびびってんの』
なんっじゃこの展開!
女の子が男の胸に飛び込んでしがみついている。
オレは恥ずかしさで固まった。
これじゃまるで、さっきのオレと広川じゃないか!!
壁にもたれていた広川が、ぷーーっと吹き出した。思わず見ると目が合った。広川がオレを見て、また笑いをこらえて肩を震わせている。
オレは羞恥と屈辱でふるえながら、スマホに目を落とした。
こんな番組、見てたまるか! さっさと二階へーー
ーーでも、二階に行ったら広川と二人きりになってしまう。
キスしたかもしれない広川と。いや、したんだろうけど。
広川になにか言われたらなんて返せばいい? 二階に上がる勇気がない。
そうこうしてるうちに、番組の中のカップルは肝試しで一通りイチャイチャして、最後にちゅっとキスをした。
キス!?
焦っていると、カップルは手をつないで寝室に消えた。
そこで画面は暗転。
よけーー気まずい。とてもじゃないが、広川を見れない。
キスすんな、寝室に消えるな、被るだろうが!
こっそり柱の裏に移動して広川を観察すると、なにを考えているのかなにも考えていないのか、ぼんやりと壁にもたれていた。
「もー寝るべ寝るべ! 明日は6時おきー」
一階メンズががやがやと寝室に向かう。オレと広川も二階にあがった。さっさと寝てしまえばいい。
二階には一階の光が届かず、ほぼ真っ暗。
ドアを開け、先に上がったオレが部屋の電気をつけようと壁のスイッチを手探りで探していると、広川の手がかぶさってきた。
「あっ」
ドキン!とした。
どうして、ドキンとしたのか分からなかった。
……びっくりしたからだ、ただそれだけ。
「おっごめん。ーーあ、待って、電気つけないで」
そう言って、広川はすぐ手を引っこめた。
広川が暗い中を移動して、自分のベッドに乗ったのが分かった。ぎし、と音がして、多分あおむけになっている。
「来いよ」
オレも自分のベッドに移動して、あおむけに寝転んだ。
天窓を見て、目を見開いた。
「すげーー!」
思わず叫んでしまった。満点の星空。
見たことがないほどの数。空いっぱいに、星をばらまいたみたいに輝いている。
「だろ? 二階、アタリだな」
広川の、機嫌よさそうなちょっと得意げな声。
カラッとした様子に、キスのことばかり考えて悩んでいた自分が可笑しくなった。
別にいいじゃないか、キスくらい。
だって、こんなに星が綺麗だ。広川にとってはちょっとした事故で、オレにとっても、大したことない。
……こともないよな。
胸がちくり、とする。
キスどころかその先まで経験済みの広川にとっては些細なことだったのかもしれない。
でも、オレにとっては大きなことだったんだ。
まるでなかったみたいにされるのも、大事なことをスルーされたような悲しい気持ちになる。
「……」
枕を引き寄せて、態勢を変えた。ベッドがきしむ。
広川が静かに言った。
「……まぁこれで勘弁してよ」
「なにを?」
感情を隠し、なんでもないような口調で聞き返す。
「ファーストキスの相手がオレじゃな。わざとじゃないけどさ、ごめんな」
「!」
ぎし、とベッドから広川が下りる音がした。
背の高いシルエットがぼんやりと立ち上がる。
広川は天窓をガタガタといじっていたが「開かねえわ」と、またベッドに戻った。
オレは、息が苦しくなって、布団の中で体をまるめた。
分かってくれてた。
広川、ちゃんとオレのこと見ていてくれたんだ。
広川はなにも言わない。
オレはふうっと息を吐いた。
「別にいいよ。広川で良かった」
「……」
毛布を引き寄せる音がした。
「そうか」
そう言って少し笑った広川の声が優しくて、なんだか胸の奥を甘噛みされたような心地よい痛みを感じてしまったんだ。
シャワーから出て洗面所で広川とすれ違った。けど、タオルを頭から被って目を合わせず素通りした。
だって。
だって、多分……いや、絶対しちゃったよ、キス。
あああああ!
あんときだ。
神社で広川がオレをおどかそうと、後ろから「振り向けよ」っつった時。
唇から血を流している広川に驚いて、ケガしたのかと顔を引っ張った。
それで、つまずいた広川が倒れ込んできて、それで……。
顔がぶつかったとは思う。
でも、唇の感触なんてあったか? ……分からないけど、唇に血糊がついてるってことは絶対触れてる。
ガタイいいんだから、つまずくなよ!
ファーストキスだったのに。
ただの事故で! しかも広川と。
なかったことにできればいいけど、広川もオレの顔を見て変な顔をしていた。
あれは絶対、しちゃったことに気づいてる。
※ ※ ※
テレビのある一階の部屋。
オレと広川以外の3人も帰ってきた。とりあえずほっとする。
「ラブキャンプやってるぜ!」
一人が床のクッションに寝転がってテレビをつけた。
ラブキャンプは、若い男女がキャンプで共同生活して、カップル成立を目指す番組だ。
オレもクッションを抱えて木の床にあぐらをかく。
広川は、離れた場所で壁にもたれてテレビを見ていた。
明るい音楽とともに番組がはじまり、画面下にテロップがでた。
ん? ドキドキ肝試し?!
『肝試しで密着!』というナレーションが入る。
なんだか嫌な予感がする。
と思ったら、暗い森に入っていく男女の後ろ姿から始まり……
女の子『きゃああああ、いやーっ、〇〇くん、〇〇くんっ!』
男『これ、こんにゃくだよ。なにびびってんの』
なんっじゃこの展開!
女の子が男の胸に飛び込んでしがみついている。
オレは恥ずかしさで固まった。
これじゃまるで、さっきのオレと広川じゃないか!!
壁にもたれていた広川が、ぷーーっと吹き出した。思わず見ると目が合った。広川がオレを見て、また笑いをこらえて肩を震わせている。
オレは羞恥と屈辱でふるえながら、スマホに目を落とした。
こんな番組、見てたまるか! さっさと二階へーー
ーーでも、二階に行ったら広川と二人きりになってしまう。
キスしたかもしれない広川と。いや、したんだろうけど。
広川になにか言われたらなんて返せばいい? 二階に上がる勇気がない。
そうこうしてるうちに、番組の中のカップルは肝試しで一通りイチャイチャして、最後にちゅっとキスをした。
キス!?
焦っていると、カップルは手をつないで寝室に消えた。
そこで画面は暗転。
よけーー気まずい。とてもじゃないが、広川を見れない。
キスすんな、寝室に消えるな、被るだろうが!
こっそり柱の裏に移動して広川を観察すると、なにを考えているのかなにも考えていないのか、ぼんやりと壁にもたれていた。
「もー寝るべ寝るべ! 明日は6時おきー」
一階メンズががやがやと寝室に向かう。オレと広川も二階にあがった。さっさと寝てしまえばいい。
二階には一階の光が届かず、ほぼ真っ暗。
ドアを開け、先に上がったオレが部屋の電気をつけようと壁のスイッチを手探りで探していると、広川の手がかぶさってきた。
「あっ」
ドキン!とした。
どうして、ドキンとしたのか分からなかった。
……びっくりしたからだ、ただそれだけ。
「おっごめん。ーーあ、待って、電気つけないで」
そう言って、広川はすぐ手を引っこめた。
広川が暗い中を移動して、自分のベッドに乗ったのが分かった。ぎし、と音がして、多分あおむけになっている。
「来いよ」
オレも自分のベッドに移動して、あおむけに寝転んだ。
天窓を見て、目を見開いた。
「すげーー!」
思わず叫んでしまった。満点の星空。
見たことがないほどの数。空いっぱいに、星をばらまいたみたいに輝いている。
「だろ? 二階、アタリだな」
広川の、機嫌よさそうなちょっと得意げな声。
カラッとした様子に、キスのことばかり考えて悩んでいた自分が可笑しくなった。
別にいいじゃないか、キスくらい。
だって、こんなに星が綺麗だ。広川にとってはちょっとした事故で、オレにとっても、大したことない。
……こともないよな。
胸がちくり、とする。
キスどころかその先まで経験済みの広川にとっては些細なことだったのかもしれない。
でも、オレにとっては大きなことだったんだ。
まるでなかったみたいにされるのも、大事なことをスルーされたような悲しい気持ちになる。
「……」
枕を引き寄せて、態勢を変えた。ベッドがきしむ。
広川が静かに言った。
「……まぁこれで勘弁してよ」
「なにを?」
感情を隠し、なんでもないような口調で聞き返す。
「ファーストキスの相手がオレじゃな。わざとじゃないけどさ、ごめんな」
「!」
ぎし、とベッドから広川が下りる音がした。
背の高いシルエットがぼんやりと立ち上がる。
広川は天窓をガタガタといじっていたが「開かねえわ」と、またベッドに戻った。
オレは、息が苦しくなって、布団の中で体をまるめた。
分かってくれてた。
広川、ちゃんとオレのこと見ていてくれたんだ。
広川はなにも言わない。
オレはふうっと息を吐いた。
「別にいいよ。広川で良かった」
「……」
毛布を引き寄せる音がした。
「そうか」
そう言って少し笑った広川の声が優しくて、なんだか胸の奥を甘噛みされたような心地よい痛みを感じてしまったんだ。

