それが先週の出来事。
結局あれから吉沢先輩の鼻血はなかなか止まらず、木崎くんの告白の件はうやむやになってしまった。それはそれで良かったんだけど、(吉沢先輩ごめんなさい)でも今度はものすごーく木崎くんに会いづらくなってしまった。
だって告白されるも初めてだったのになんと相手は男子だし、そのうえ壁ドンしながら『先輩、謎を解いてください』だ。恋愛経験皆無の僕に手に負える事態じゃない。
それなのに吉沢先輩は、
〈大丈夫だよ朝比奈、今は多様性の時代だから! 全然問題なし! いけいけ!〉
なんてメッセージをその夜に送ってきた。
いけるわけがないと思う。女の子とも付き合ったことがないのに、急に男と付き合えって言われても……。
放課後の静かな廊下を歩きながら、僕ははあ、とため息をついた。
今日は月曜日で部活がある日だ。新入部員の木崎くんも来るはず。
(どんな顔して会えばいいんだろ……)
途方に暮れたままとぼとぼと職員室に向かっていると、唐突に横から声を掛けられた。
「どこ行くんですか?」
「……っ! ……っ!」
あまりに驚きすぎて声が出ない。だっていきなり木崎くんが横合いからぬっと現れたのだから。
「え? だいじょぶ? 息してる?」
「だ、だだだ、だ、だ、ダイジョブ、です」
「そ?」
木崎くんはふうん、というとこちらをじっと見つめてくる。先週の告白劇を思い出して気まずくなった僕は、慌てて視線をそらした。
「それで朝比奈先輩は、どこに行くんすか?」
「……あ……にゅ、入部届、出しに」
「入部届? もしかして俺の?」
「は、はい。それじゃ」
礼をしてそそくさと立ち去ろうとしたが、なぜか木崎くんは後ろを付いてくる。
「……ええと?」
「一緒に行きます」
「と、いうのは?」
「入部届出しに行くんですよね? 一緒に行ってもいいすか?」
「えっ⁉」
思わず立ち止まると、木崎くんは微妙な顔つきになった。
「あの……そんなに身構えないで大丈夫すよ。確かに先輩のことは好きって言いましたけど、変なことは考えてませんから」
「え……?」
「この前はすみませんでした。先輩に『覚えてない』って言われたらすげえショックで、暴走した……。もうあんなことしないって誓うから、許してくれますか?」
申し訳なさそうに言う木崎くん。
「いっ、いいよ! 全然っ、いいよ!」
僕はぶんぶんと首を縦に振った。
(なんだ、この子、めちゃめちゃいい子じゃないか……!)
そもそもこんな事態になったのは、僕が木崎くんのことを忘れてしまったからだ。申し訳ないことをしたのはこちらの方なのに、わざわざ謝ってくれるだなんて。
すると木崎くんが小声で何かをぼそっと呟いた。
「……ちょろかわ」
「え? 何?」
「いえ、なんでもないっす。はは、先輩って素直っすね」
木崎くんがにこっと笑う。僕はそのイケメンスマイルに、うわっ……とくぎ付けになってしまった。
だって真顔のときはしゅっとしてかっこいいイケメンなのに、笑うと目じりが下がって大きな犬みたいに可愛くなるだなんて反則だ。
そう思ったのは僕だけじゃないみたいで、木崎くんのスマイルを目撃したらしい女の子たちが、「えー笑ったー!」「ビジュやばいんだけどー!」とこそこそ言い合っているのが聞こえた。
……そうだよね、僕もそう思う。
改めて自分とは違うなと感心するというか、隣を歩くのが僕でいいのかな、なんて申し訳なく思ったりもして。
少々緊張しながら廊下を歩き、職員室に着いた。とんとんとノックして中に入ると、ミス研の顧問の先生は奥の自席にいた。
「おう朝比奈か。どうした?」
僕に声を掛けた顧問の先生は、後ろにいる木崎くんを見て目を丸くした。ちょっと得意な気持ちになり、木崎くんの腕を引っ張って前に押し出した。
「新しい部員です」
「えっ?」
先生が驚きに声を上げる。僕はすかさず入部届を渡した。
「入部届です」
「ええっ⁉ 君、本当に新入部員なの⁉」
「一年の木崎光希です。よろしくお願いします」
木崎くんが自己紹介をしてもまだ信じられないようで、先生は白い顎ひげをなでながら、僕と木崎くんの顔を見比べて驚愕している。
「へー、ほー、そうか。今年は部員集まんないかなって心配してたけど、これなら安泰だな!」
はっはっはっ、と先生は笑って、木崎くんと嬉しそうに握手をし始めた。
「いやあ、嬉しいなぁ。ミス研はいっつも部員の人数ぎりぎりでなぁ。朝比奈が入ってきたときはこりゃあ盛り返すぞと思ったんだが」
「……申し訳ないです」
先生はわはは、と笑って僕の肩をばしばし叩いた。
「まあそういうのは無理することではねえしな? また気が向いたら書いてみろよ」
「……はい」
先生はにこにこと笑うと、今度は黙って話を聞いている木崎くんに視線を移した。
「しかし朝比奈も大物釣りあげたな。大勢新入部員入るかもな!」
わははと笑った先生は上機嫌だ。だけど僕はそうは思えなかった。
(そんなに簡単じゃないんだよなぁ……)
僕がミス研に入って二年たつが、一人も新入部員は入ってこない。知名度がないうえに地味で暗い部活だと認識されているからだ。いくらイケメン木崎くんが入部したと言っても、その現状が変わることはないだろう。
――と、そう思っていたけど。
結局あれから吉沢先輩の鼻血はなかなか止まらず、木崎くんの告白の件はうやむやになってしまった。それはそれで良かったんだけど、(吉沢先輩ごめんなさい)でも今度はものすごーく木崎くんに会いづらくなってしまった。
だって告白されるも初めてだったのになんと相手は男子だし、そのうえ壁ドンしながら『先輩、謎を解いてください』だ。恋愛経験皆無の僕に手に負える事態じゃない。
それなのに吉沢先輩は、
〈大丈夫だよ朝比奈、今は多様性の時代だから! 全然問題なし! いけいけ!〉
なんてメッセージをその夜に送ってきた。
いけるわけがないと思う。女の子とも付き合ったことがないのに、急に男と付き合えって言われても……。
放課後の静かな廊下を歩きながら、僕ははあ、とため息をついた。
今日は月曜日で部活がある日だ。新入部員の木崎くんも来るはず。
(どんな顔して会えばいいんだろ……)
途方に暮れたままとぼとぼと職員室に向かっていると、唐突に横から声を掛けられた。
「どこ行くんですか?」
「……っ! ……っ!」
あまりに驚きすぎて声が出ない。だっていきなり木崎くんが横合いからぬっと現れたのだから。
「え? だいじょぶ? 息してる?」
「だ、だだだ、だ、だ、ダイジョブ、です」
「そ?」
木崎くんはふうん、というとこちらをじっと見つめてくる。先週の告白劇を思い出して気まずくなった僕は、慌てて視線をそらした。
「それで朝比奈先輩は、どこに行くんすか?」
「……あ……にゅ、入部届、出しに」
「入部届? もしかして俺の?」
「は、はい。それじゃ」
礼をしてそそくさと立ち去ろうとしたが、なぜか木崎くんは後ろを付いてくる。
「……ええと?」
「一緒に行きます」
「と、いうのは?」
「入部届出しに行くんですよね? 一緒に行ってもいいすか?」
「えっ⁉」
思わず立ち止まると、木崎くんは微妙な顔つきになった。
「あの……そんなに身構えないで大丈夫すよ。確かに先輩のことは好きって言いましたけど、変なことは考えてませんから」
「え……?」
「この前はすみませんでした。先輩に『覚えてない』って言われたらすげえショックで、暴走した……。もうあんなことしないって誓うから、許してくれますか?」
申し訳なさそうに言う木崎くん。
「いっ、いいよ! 全然っ、いいよ!」
僕はぶんぶんと首を縦に振った。
(なんだ、この子、めちゃめちゃいい子じゃないか……!)
そもそもこんな事態になったのは、僕が木崎くんのことを忘れてしまったからだ。申し訳ないことをしたのはこちらの方なのに、わざわざ謝ってくれるだなんて。
すると木崎くんが小声で何かをぼそっと呟いた。
「……ちょろかわ」
「え? 何?」
「いえ、なんでもないっす。はは、先輩って素直っすね」
木崎くんがにこっと笑う。僕はそのイケメンスマイルに、うわっ……とくぎ付けになってしまった。
だって真顔のときはしゅっとしてかっこいいイケメンなのに、笑うと目じりが下がって大きな犬みたいに可愛くなるだなんて反則だ。
そう思ったのは僕だけじゃないみたいで、木崎くんのスマイルを目撃したらしい女の子たちが、「えー笑ったー!」「ビジュやばいんだけどー!」とこそこそ言い合っているのが聞こえた。
……そうだよね、僕もそう思う。
改めて自分とは違うなと感心するというか、隣を歩くのが僕でいいのかな、なんて申し訳なく思ったりもして。
少々緊張しながら廊下を歩き、職員室に着いた。とんとんとノックして中に入ると、ミス研の顧問の先生は奥の自席にいた。
「おう朝比奈か。どうした?」
僕に声を掛けた顧問の先生は、後ろにいる木崎くんを見て目を丸くした。ちょっと得意な気持ちになり、木崎くんの腕を引っ張って前に押し出した。
「新しい部員です」
「えっ?」
先生が驚きに声を上げる。僕はすかさず入部届を渡した。
「入部届です」
「ええっ⁉ 君、本当に新入部員なの⁉」
「一年の木崎光希です。よろしくお願いします」
木崎くんが自己紹介をしてもまだ信じられないようで、先生は白い顎ひげをなでながら、僕と木崎くんの顔を見比べて驚愕している。
「へー、ほー、そうか。今年は部員集まんないかなって心配してたけど、これなら安泰だな!」
はっはっはっ、と先生は笑って、木崎くんと嬉しそうに握手をし始めた。
「いやあ、嬉しいなぁ。ミス研はいっつも部員の人数ぎりぎりでなぁ。朝比奈が入ってきたときはこりゃあ盛り返すぞと思ったんだが」
「……申し訳ないです」
先生はわはは、と笑って僕の肩をばしばし叩いた。
「まあそういうのは無理することではねえしな? また気が向いたら書いてみろよ」
「……はい」
先生はにこにこと笑うと、今度は黙って話を聞いている木崎くんに視線を移した。
「しかし朝比奈も大物釣りあげたな。大勢新入部員入るかもな!」
わははと笑った先生は上機嫌だ。だけど僕はそうは思えなかった。
(そんなに簡単じゃないんだよなぁ……)
僕がミス研に入って二年たつが、一人も新入部員は入ってこない。知名度がないうえに地味で暗い部活だと認識されているからだ。いくらイケメン木崎くんが入部したと言っても、その現状が変わることはないだろう。
――と、そう思っていたけど。


