「多田、ごめんな」
校長室を出たところで、解散となり。
校長先生、教頭先生、生徒会執行部顧問の樫木先生、桜野以下執行部の面々、担任、生徒指導部の先生、藤堂さん、そして俺。
藤堂さんは先生方とどこかへ歩いて行った。実は藤堂さんが三ツ矢高校の卒業生であることは今日の今、ここで知った。
なぜ去年文化祭にいたのか、文化祭という名ばかりの地域の人に向けたバザー(と言っていいと思う)、生徒の保護者とまわりの住人ぐらいしか知らないだろうあれを見学に来ていたのか、合点がいった。
どういうものか知っていて、ステージ発表に音楽部が出ることを知っていたからだ。ボーカルを探していたのなら。
夏休み後半、の土曜の今日。秘密会議だった。
4月にも、メジャーデビューしたエスブレの一員である俺をどう扱っていくのか、学校側と事務所側で話し合いをした。
デビューすることはもちろん、その前に話をしていて。4月の会議では校長先生や樫木先生、担任と藤堂さん、俺、芸能界入りした生徒はこれまでいないし今後も許可することはない、となって。
でも三年生であと一年で卒業、進学希望ということもあって特別に許可してくれた。その条件が学校に迷惑をかけない、卒業まではプロフィール非公開で、だった。
かなり活動に制限がかかることになるが事務所側はそれでもいいと言ってくれた。一年間顔出ししないなんて話題性もあるしね、と藤堂さんはこっそり教えてくれたが。
そして今日は、先生方だけが知っていたこのことを生徒会執行部の面々にも話して俺の身バレ防止に協力を仰ぎ、関係者でもう一度、万が一何かあった時のための段取りの確認等をする、というものだった。
その生徒会執行部に二年生の時に同室だった多田がいる。秋の改選で書記になったのだ。多田が生徒会なんて少し意外ではあったが他に立候補者がいなくて無投票で当選した。
「いや、別に俺は……どうする? 一緒に飯食う?」
多田に謝ると、昼飯時もあってかそう返ってきた。
デビューの話はもちろん、事務所所属もスカウトも何一つ、今日まで多田には言えなかった。多田が人に吹聴するような人間ではないことはわかっていたが、事務所との取り決めで話すことはできなかった。
12月からこっち、週末はほぼ寮に、部屋にいなくて、おまけに一晩戻ってこないこともあって。それでも、へとへとになって帰ってくる俺に多田は何も訊いてこなかった。
だから今度こそ面と向かってちゃんと話したくて、黙ってたことを謝りたくて
。
「久しぶりに行くか」
同室の時も頻繁に一緒に飯を食ってたわけじゃなかったが、三年になってからは一度も食ってない。
寮の食堂はほぼほぼ年中無休。
寮自体が学校が長期休みだからといって閉鎖されることはないから。
ほとんどの生徒が帰省するが、帰省しない、事情があって帰る場所はない、というやつもままいる。
ちなみに風呂は時間が決まってるけどいくつかあるシャワーブースは24時間使える、という太っ腹な仕様になっていた。
「一緒の部屋だったのに隠しててごめん」
席についていただきますをして頭を下げた。まず多田に言わなきゃいけないことはこれだ。
「うん? ああ、別に仕方ないことだろ、もし俺がお前ならそうするんだろうし。ま、俺はそんな才能はないから絶対同じ状況にはならんけど」
親友とまでは言えない仲だ。
多田はそこまで気にしていないのかもしれない。それでもどこか気を遣ってというか、こっちを向いて理解してくれようとしている気がした。
「そりゃあこの先わかんないだろ、多田だって」
「ないない」
言葉尻をとって全力で否定する。
「多田の飄々としたキャラ、結構モテるよ。グループに一人いてほしい感じだろ」
キラキラしたセンターってわけじゃないけど、端にいながら絶対的な存在感で誰とも被らない色、そんな感じ。
多田って地味に整った顔してるんだよな、言ったら怒られるかもしれないけど。
「まさか。で、桐谷。ミーハーで申し訳ないけど、サインってできんの?」
「俺の? できるけど、俺のなんかいる?」
それこそまさかだ。サインが欲しいなんて芸能人みたいなことを言われるとは。しかも寮の食堂で。
「ごめん、俺音楽とか詳しくないけど今人気急上昇なんだろ? 家宝になるじゃん」
こういう正直なところが多田で。知ったかぶるより誠実だと思うし、やっぱり多田の言葉には温度がちゃんとある。
「家宝って、そんな大したもんじゃないだろ。そんなこと言ってくれたの多田だけだよ。桜野も北見も興味ないみたいでさ、薄っぺらく「応援してるわ」って言ってくれたよ」
桜野は生徒会長、北見は会計だ。二人とも顔と名前は知っていても、面識はないというかしゃべったことがこれまであったか、記憶は曖昧だ。
副会長は二年生のやつだが、今日は来ていなかった。そいつだけ知らない、というわけにはいかないだろうから後で桜野からでも話すのかもしれない。
「これからいろいろ世話になるかもしれないし、メンバーみんなのサインでいい?」
どうせなら、みんながいいだろう。
「え、いいの? 他の人に怒られたりしない? そいつ誰だよとか言われてさ」
「サインって基本しない方針なんだけど大丈夫。ちゃんとマネージャーの許可もらうから。メンバーみんないい奴だよ、って俺よりみんな年上だけど」
多田になら藤堂さんもOKをくれるだろう。SNSに載せないようにだとか釘を刺されるかもしれないが。
……メンバーみんないい奴、なんて大口たたいてるな、俺。年下の新入りのくせに。自分で言いながら少々どぎまぎしてしまう。だがエスブレのことを外で話すときにはこうならざるを得なくて。
でもやっぱり俺個人としては、みんなと対等になれてないし、まだまだ力不足だ。
「それにさ、俺、多田の秘密知っちゃったし」
言おうと思って忘れかけていた。危ない。
「卒業まで隠し通すってところで同じだし」
言わないのはフェアじゃない。
「多田と樫木って付き合ってんだろ?」
「っ……ごぼっ……ぇえ!?」
多田は口に入れたばかりの白米を吹き出しそうになった。まあ、驚く、か。
「先週、こっからすげえ遠い場所で二人で飯食ってるの見かけてさ。俺仕事関連でメンバーとそのホテルに泊まってたんだよ」
多田も樫木もリラックスして楽しそうで。いい関係なんだな、ってちょっと羨ましかった。
「えーと、まあ……夏の幻ってことで心にしまっといてくれるとありがたい」
多田にしてみれば見られたくなかったからあんな遠いホテルだったのだろう。教師と教え子が、なんて関係者に見られたら樫木はクビになりかねない。
もちろん、弱みを握ったなんて思ってない。
「恩を仇で返したりはしない。誰にも、メンバーにも言ってないよ。多田は俺たちを支えてくれる関係者っていう前に門限破りを見逃してくれる友達だろ。まだ今は窮屈な思いしてるけどさ、卒業したらお互い思いっきり花を咲かせようぜ」
もう少し、我慢だ。
「樫木ってさ、いい先生だよな」
「うん?」
「実は何度か門限関係見逃してもらってて。歌手になりたいって言ったら馬鹿にせず頑張れって言ってくれたよ」
本気でそう言ってくれた。親にも言えなかったことをするっと言えたのは樫木がちゃんと向き合ってくれたからだ。
「悪い奴じゃないしな」
だろうな。お前が付き合ってる相手だし。
さて、そろそろ藤堂さんから連絡が来るかもしれない。もうこれ以上今日の予定はなく俺はこのままだが、お暇する時は声をかけるねと藤堂さんに言われている。挨拶しないと。
「多田、俺先に行くわ」
両手を合わせて席を立つ。多田ももう食い終わっている。
「おう。kiri、俺は真面目に応援してるからな」
プラ湯呑を口に運びながら、多田はにこりと笑った。
「あは、ありがと。今度チケット二枚持ってくよ」
校長室を出たところで、解散となり。
校長先生、教頭先生、生徒会執行部顧問の樫木先生、桜野以下執行部の面々、担任、生徒指導部の先生、藤堂さん、そして俺。
藤堂さんは先生方とどこかへ歩いて行った。実は藤堂さんが三ツ矢高校の卒業生であることは今日の今、ここで知った。
なぜ去年文化祭にいたのか、文化祭という名ばかりの地域の人に向けたバザー(と言っていいと思う)、生徒の保護者とまわりの住人ぐらいしか知らないだろうあれを見学に来ていたのか、合点がいった。
どういうものか知っていて、ステージ発表に音楽部が出ることを知っていたからだ。ボーカルを探していたのなら。
夏休み後半、の土曜の今日。秘密会議だった。
4月にも、メジャーデビューしたエスブレの一員である俺をどう扱っていくのか、学校側と事務所側で話し合いをした。
デビューすることはもちろん、その前に話をしていて。4月の会議では校長先生や樫木先生、担任と藤堂さん、俺、芸能界入りした生徒はこれまでいないし今後も許可することはない、となって。
でも三年生であと一年で卒業、進学希望ということもあって特別に許可してくれた。その条件が学校に迷惑をかけない、卒業まではプロフィール非公開で、だった。
かなり活動に制限がかかることになるが事務所側はそれでもいいと言ってくれた。一年間顔出ししないなんて話題性もあるしね、と藤堂さんはこっそり教えてくれたが。
そして今日は、先生方だけが知っていたこのことを生徒会執行部の面々にも話して俺の身バレ防止に協力を仰ぎ、関係者でもう一度、万が一何かあった時のための段取りの確認等をする、というものだった。
その生徒会執行部に二年生の時に同室だった多田がいる。秋の改選で書記になったのだ。多田が生徒会なんて少し意外ではあったが他に立候補者がいなくて無投票で当選した。
「いや、別に俺は……どうする? 一緒に飯食う?」
多田に謝ると、昼飯時もあってかそう返ってきた。
デビューの話はもちろん、事務所所属もスカウトも何一つ、今日まで多田には言えなかった。多田が人に吹聴するような人間ではないことはわかっていたが、事務所との取り決めで話すことはできなかった。
12月からこっち、週末はほぼ寮に、部屋にいなくて、おまけに一晩戻ってこないこともあって。それでも、へとへとになって帰ってくる俺に多田は何も訊いてこなかった。
だから今度こそ面と向かってちゃんと話したくて、黙ってたことを謝りたくて
。
「久しぶりに行くか」
同室の時も頻繁に一緒に飯を食ってたわけじゃなかったが、三年になってからは一度も食ってない。
寮の食堂はほぼほぼ年中無休。
寮自体が学校が長期休みだからといって閉鎖されることはないから。
ほとんどの生徒が帰省するが、帰省しない、事情があって帰る場所はない、というやつもままいる。
ちなみに風呂は時間が決まってるけどいくつかあるシャワーブースは24時間使える、という太っ腹な仕様になっていた。
「一緒の部屋だったのに隠しててごめん」
席についていただきますをして頭を下げた。まず多田に言わなきゃいけないことはこれだ。
「うん? ああ、別に仕方ないことだろ、もし俺がお前ならそうするんだろうし。ま、俺はそんな才能はないから絶対同じ状況にはならんけど」
親友とまでは言えない仲だ。
多田はそこまで気にしていないのかもしれない。それでもどこか気を遣ってというか、こっちを向いて理解してくれようとしている気がした。
「そりゃあこの先わかんないだろ、多田だって」
「ないない」
言葉尻をとって全力で否定する。
「多田の飄々としたキャラ、結構モテるよ。グループに一人いてほしい感じだろ」
キラキラしたセンターってわけじゃないけど、端にいながら絶対的な存在感で誰とも被らない色、そんな感じ。
多田って地味に整った顔してるんだよな、言ったら怒られるかもしれないけど。
「まさか。で、桐谷。ミーハーで申し訳ないけど、サインってできんの?」
「俺の? できるけど、俺のなんかいる?」
それこそまさかだ。サインが欲しいなんて芸能人みたいなことを言われるとは。しかも寮の食堂で。
「ごめん、俺音楽とか詳しくないけど今人気急上昇なんだろ? 家宝になるじゃん」
こういう正直なところが多田で。知ったかぶるより誠実だと思うし、やっぱり多田の言葉には温度がちゃんとある。
「家宝って、そんな大したもんじゃないだろ。そんなこと言ってくれたの多田だけだよ。桜野も北見も興味ないみたいでさ、薄っぺらく「応援してるわ」って言ってくれたよ」
桜野は生徒会長、北見は会計だ。二人とも顔と名前は知っていても、面識はないというかしゃべったことがこれまであったか、記憶は曖昧だ。
副会長は二年生のやつだが、今日は来ていなかった。そいつだけ知らない、というわけにはいかないだろうから後で桜野からでも話すのかもしれない。
「これからいろいろ世話になるかもしれないし、メンバーみんなのサインでいい?」
どうせなら、みんながいいだろう。
「え、いいの? 他の人に怒られたりしない? そいつ誰だよとか言われてさ」
「サインって基本しない方針なんだけど大丈夫。ちゃんとマネージャーの許可もらうから。メンバーみんないい奴だよ、って俺よりみんな年上だけど」
多田になら藤堂さんもOKをくれるだろう。SNSに載せないようにだとか釘を刺されるかもしれないが。
……メンバーみんないい奴、なんて大口たたいてるな、俺。年下の新入りのくせに。自分で言いながら少々どぎまぎしてしまう。だがエスブレのことを外で話すときにはこうならざるを得なくて。
でもやっぱり俺個人としては、みんなと対等になれてないし、まだまだ力不足だ。
「それにさ、俺、多田の秘密知っちゃったし」
言おうと思って忘れかけていた。危ない。
「卒業まで隠し通すってところで同じだし」
言わないのはフェアじゃない。
「多田と樫木って付き合ってんだろ?」
「っ……ごぼっ……ぇえ!?」
多田は口に入れたばかりの白米を吹き出しそうになった。まあ、驚く、か。
「先週、こっからすげえ遠い場所で二人で飯食ってるの見かけてさ。俺仕事関連でメンバーとそのホテルに泊まってたんだよ」
多田も樫木もリラックスして楽しそうで。いい関係なんだな、ってちょっと羨ましかった。
「えーと、まあ……夏の幻ってことで心にしまっといてくれるとありがたい」
多田にしてみれば見られたくなかったからあんな遠いホテルだったのだろう。教師と教え子が、なんて関係者に見られたら樫木はクビになりかねない。
もちろん、弱みを握ったなんて思ってない。
「恩を仇で返したりはしない。誰にも、メンバーにも言ってないよ。多田は俺たちを支えてくれる関係者っていう前に門限破りを見逃してくれる友達だろ。まだ今は窮屈な思いしてるけどさ、卒業したらお互い思いっきり花を咲かせようぜ」
もう少し、我慢だ。
「樫木ってさ、いい先生だよな」
「うん?」
「実は何度か門限関係見逃してもらってて。歌手になりたいって言ったら馬鹿にせず頑張れって言ってくれたよ」
本気でそう言ってくれた。親にも言えなかったことをするっと言えたのは樫木がちゃんと向き合ってくれたからだ。
「悪い奴じゃないしな」
だろうな。お前が付き合ってる相手だし。
さて、そろそろ藤堂さんから連絡が来るかもしれない。もうこれ以上今日の予定はなく俺はこのままだが、お暇する時は声をかけるねと藤堂さんに言われている。挨拶しないと。
「多田、俺先に行くわ」
両手を合わせて席を立つ。多田ももう食い終わっている。
「おう。kiri、俺は真面目に応援してるからな」
プラ湯呑を口に運びながら、多田はにこりと笑った。
「あは、ありがと。今度チケット二枚持ってくよ」
