扉をノックし、一拍ほど間を置いてからそっと扉を開ける。真昼の陽光に満ち溢れ、心地よくあたためられた室内には、しんとした静けさが漂っていた。窓の外で囀る小鳥の声が微かに耳に届くほど。紙の擦れるような音や、ペン先の走るさらさらとした音すら、ひとつも聞こえてこない。
不思議に思って部屋の中央へ目を向けると、ソファの肘掛けからはみ出す足先が見えた。反対側へ視線を滑らせれば、差し込む陽光を浴びていっそう淡く見える白銀の髪が、僅かにこぼれている。
それが誰であるのかなど、確かめるまでもない。カイルはやれやれと肩を竦め、苦笑を浮かべながら後ろ手で扉を――開けた時以上に慎重に――そっと閉め、足音を忍ばせながらソファへと歩み寄った。
本来であれば茶器やケーキスタンド、或いは色とりどりの花を活けた花瓶などを並べる為のテーブルには、今やその面影もなく、すっかり“執務室の作業机”然とした様相が広がっていた。積み上げられた書類の山、書きかけの報告書、その傍らに転がる金細工の美しいスチールペン、黒いインクの詰められた硝子製のインク壺。
取り敢えず、片し終えた分の書類を脇に退け、新しく運んできた山を空いたスペースに、崩れてしまわないよう気を付けながら置く。よくもまあ毎日こんなに、次から次へと書類が回ってくるものだ、と感心とも呆れとも取れない複雑な気分を抱きながら、カイルは開けっ放しにされていたインク壺の蓋を閉め、なるべく日光の当たらない位置へ移した。
ユーリスが公爵邸で政務の一部を行うようになって、早三日。一日二度、書類の運搬を行っているが、漸く処理し終えた山を抱えて王城へ戻れば、彼のデスクにはまた新たな未処理の山が出来上がっていて、ほとほと嫌気が差してしまう。主不在の執務室で、その渦高く積まれた山を前に、何度溜息をこぼしただろうか。
国王の右腕である――というより、信頼を置かれている殆ど唯一の存在と言っても過言ではない――ユーリスが多忙に陥るのは仕方がない、と思う。通常の事務処理に加え、テオドールへの取次を願う者、宰相としての彼に意見を乞いたい者、或いは元老院や大臣たちとの話し合いや調整。彼の担う役目は、他の国の宰相よりも幅広く、そして多いのかもしれない。
テオドールがもう少し、信頼の範囲を広げてくれれば、ユーリスも業務量が減り、荷が下りるだろう。
けれど、王太后や彼自身を取り巻いてきた複雑な事情のせいで、テオドールは社交界を心底嫌っているし、人間不信が強い節もある。そんな彼に、どうにかしてほしいと懇願することは出来ても、今すぐ何かが変わるとは思えない。
先代国王がどんなに身を挺して護ろうと、それでも尚――寧ろよりいっそう――悪意ある噂に晒され続けた母親を、当事者のひとりとして間近で見続けてきた彼の心に刻まれた昏い傷は、そう容易く癒えるものではないのだろうから。
そもそも、ユーリス自身がそれを分かっていて、敢えて進言をしないのだから、一介の護衛部隊長如きが口出しをすることではないだろう。それでも、せめてこんな時くらいは“休暇”と出来ないものだろうか。
表向きにはそう公表していないせいで、執務室には毎日のように「宰相はまだ戻らないのか」と不満顔でやって来る者が後を絶たない。状況が状況なだけに仕方ないだろう、と言い返したいが、セシリアの病についてはユーリスの指示で口止めされている以上、「もう少しお待ちください」としか言えないのが、カイルには歯がゆくてたまらなかった。
セシリアが高熱に臥したことで、ユーリスが公爵邸に連日閉じこもっていると広まれば、それはたちまち悪意ある者たちの醜く歪んだ唇によって尾鰭背鰭をつけられ、社交界を――更には宮廷内をも――好き勝手に泳ぎ回ることだろう。夫人のせいで政務が滞っている、だとか。ユーリスの気を引きたくて、わざと病に臥せったふりをしているのよ、だとか。
実際はそんなものは“真実”ではなく、まるっきり嘘だというのに。しかし誰も、泳ぎ回る噂だけを面白おかしく呑み込み、本当のことを知ろうとはしないのだ。ある意味彼らにとって、他者を貶める甘い蜜のような毒は、ただの娯楽に過ぎないのだろう。だから“本当のこと”などどうでも良いのだ。愉しめさえすれば、知る必要性などない。
三日という期限は、諸々を考慮した上での、テオドールが出せる限界のラインだったのだろう。そう思いながら、隅に退けていた処理済みの山に手を伸ばそうとした――その時。ふと、カイルの視界に、運んだ覚えのない紙の束が映り込んだ。
既にユーリスが手をつけた後なのか、一番上に重ねられた紙には所々に流麗な文字が書きつけられている。目に入る範囲の文章にさっと目を通すと、どうやらそれは伯爵領――つまりセシリアの実家であるグランベール家が管理運営する領土の近況について綴られたもののようだった。水害で荒れた地方の復興状況、主な収入源であった麦類の栽培状況と収穫量の見通し、支援金の使い道とその額――。
恐らくは報告書の概要をまとめた一枚だろう。そこに既にペンを入れているということは、他の頁も疾うに読んでいるだろうことがうかがえる。――なんて人だ。そう思いながら、カイルは苦笑を滲ませて肩を竦めた。政務に、公爵家当主としての務め、更にそこへ伯爵領に関する仔細の確認までこなしているとは、驚きを通り越して呆れ果ててしまう。
グランベール家にはセシリア以外に子どもがいない。故に現在は老齢の伯爵夫妻と、セシリアのふたつ年上の従兄弟が“跡継ぎ候補”として領土運営を行っているが、大規模な災害からの復興に加え、投機の失敗によって負った傷を癒すには、まだ当分はかかるだろう。
しかも夫妻の年齢と体調を考えれば、いつまでも前線で指揮を執り続けることは難しい。従兄弟も、元々は跡取りになる予定ではなかったところを急遽そうなった、という流れであるらしいので、幼少期より“領土運営とは何たるか”を叩き込まれてきたクロードのようにはいかず、こちらもまた時間がかかるのは明白だった。
とはいえ、わざわざユーリスが関わる必要があるのだろうか。宰相という立場と、公爵家当主という身で、ただでさえ多忙だというのに。これ以上仕事を増やす必要が、いったいどこにあるというのだろう。
そう疑問に思いながら首を傾げたカイルだったが、しかし、すぐにああ――と納得する。
ちらとベッドの方へ目を向けると、清潔な毛布に包まれた小さく薄い膨らみが見えた。駆けつけた当初は風を切るような音を立てながら荒い呼吸を繰り返していたものの、医師による治療のおかげで今は熱も下がり、容態はだいぶ安定している。
薬と滋養のある食事、そして水分をしっかり摂りながら安静に過ごすことで、数日のうちにはもとの元気を取り戻せるだろう。だからもう心配はいらない、と、老齢の宮廷医師は穏やかに微笑みながら言っていたけれど。それでもユーリスは未だに一日の殆どを、セシリアの寝室で過ごしている。その様子を目の当たりにすれば――何故、という疑問の答えなど、簡単なものだった。
彼女自身に非はないとはいえ、それでもセシリアにはどうしても、“借金”や“没落寸前だった伯爵家の娘”といった刺々しい枷が付き纏う。カイル自身も、今までに何度も目にし、耳にしてきたものだ。彼女を貶める為だけに囁かれる、たくさんの悪意を。
ならばどうすれば、社交界に溢れるその歪な悪意から、彼女を救えるのか――。実際のところ、それは非常に難しいことだ、とカイルは思う。常にユーリスが傍にいれば、衆目の前で惜しみなく愛情を表現すれば、或いは数多の言葉をもって庇えば、セシリアを護ることが出来るのだろうか。
しかし、ユーリスは知っている。そうすることが、必ずしも“正しい”というわけではない、ということを。何故なら、己の目で見、己の耳で聞いてきたからだ。王太后と、そしてテオドールという事例を。
先代国王は妻を愛し、悪意から彼女を護ろうと様々な手を尽くしていた。それが間違いだったとは言わない。けれど結果的に、今の彼女はどうだろう。広大な敷地の端にひっそりと建つ離れに数人の使用人だけを従えてこもり、愛息子や信頼の置ける者としか顔を合わせない――そんな王太后の現状を見ていれば、どうしたって思わざるを得なくなる。果たして、何が“本当に正しい道”なのだろうか、と。
恐らくは散々悩み、考え倦ねた末にユーリスが選んだのが、伯爵家の復興だろう。借金も、没落寸前であったことも、その“過去”そのものを消し去ることは出来ない。けれど、嘗てのような豊かさを取り戻すことが出来れば、或いは更なる繁栄をもって磐石な地位を築くことが出来れば、たとえ昏い過去があったとしても、“今”という輝かしい実績をもって抑え込むことが出来る。そうすれば彼女は、“隆盛を誇る伯爵家の娘”として堂々と胸を張り、凛としていられる。――ユーリスは、その道に賭けたのではないだろうか。セシリアに絡みつく枷を壊し、解き放ってやる為に。
けれど、それが“本当に正しい選択”なのかといえば、きっとユーリス自身にも――それどころか、今この瞬間この世に生きる誰にも分かることではない、とカイルは思う。そもそもこの世に、“本当に正しい選択”などというものが存在しない可能性だってあるのだから。
「……“選択”とは、難しいものですね」
ソファの背もたれにかけられたままの毛布を手に取り、無防備に横たわるユーリスの身体にそっとかけてやりながら、カイルは眉を下げて小さく笑った。正解のない霧の中を彷徨いながらも、懸命に愛する者を護ろうとしている、友人であり主君でもある彼の、疲れ切った寝顔を静かに見つめて。
不思議に思って部屋の中央へ目を向けると、ソファの肘掛けからはみ出す足先が見えた。反対側へ視線を滑らせれば、差し込む陽光を浴びていっそう淡く見える白銀の髪が、僅かにこぼれている。
それが誰であるのかなど、確かめるまでもない。カイルはやれやれと肩を竦め、苦笑を浮かべながら後ろ手で扉を――開けた時以上に慎重に――そっと閉め、足音を忍ばせながらソファへと歩み寄った。
本来であれば茶器やケーキスタンド、或いは色とりどりの花を活けた花瓶などを並べる為のテーブルには、今やその面影もなく、すっかり“執務室の作業机”然とした様相が広がっていた。積み上げられた書類の山、書きかけの報告書、その傍らに転がる金細工の美しいスチールペン、黒いインクの詰められた硝子製のインク壺。
取り敢えず、片し終えた分の書類を脇に退け、新しく運んできた山を空いたスペースに、崩れてしまわないよう気を付けながら置く。よくもまあ毎日こんなに、次から次へと書類が回ってくるものだ、と感心とも呆れとも取れない複雑な気分を抱きながら、カイルは開けっ放しにされていたインク壺の蓋を閉め、なるべく日光の当たらない位置へ移した。
ユーリスが公爵邸で政務の一部を行うようになって、早三日。一日二度、書類の運搬を行っているが、漸く処理し終えた山を抱えて王城へ戻れば、彼のデスクにはまた新たな未処理の山が出来上がっていて、ほとほと嫌気が差してしまう。主不在の執務室で、その渦高く積まれた山を前に、何度溜息をこぼしただろうか。
国王の右腕である――というより、信頼を置かれている殆ど唯一の存在と言っても過言ではない――ユーリスが多忙に陥るのは仕方がない、と思う。通常の事務処理に加え、テオドールへの取次を願う者、宰相としての彼に意見を乞いたい者、或いは元老院や大臣たちとの話し合いや調整。彼の担う役目は、他の国の宰相よりも幅広く、そして多いのかもしれない。
テオドールがもう少し、信頼の範囲を広げてくれれば、ユーリスも業務量が減り、荷が下りるだろう。
けれど、王太后や彼自身を取り巻いてきた複雑な事情のせいで、テオドールは社交界を心底嫌っているし、人間不信が強い節もある。そんな彼に、どうにかしてほしいと懇願することは出来ても、今すぐ何かが変わるとは思えない。
先代国王がどんなに身を挺して護ろうと、それでも尚――寧ろよりいっそう――悪意ある噂に晒され続けた母親を、当事者のひとりとして間近で見続けてきた彼の心に刻まれた昏い傷は、そう容易く癒えるものではないのだろうから。
そもそも、ユーリス自身がそれを分かっていて、敢えて進言をしないのだから、一介の護衛部隊長如きが口出しをすることではないだろう。それでも、せめてこんな時くらいは“休暇”と出来ないものだろうか。
表向きにはそう公表していないせいで、執務室には毎日のように「宰相はまだ戻らないのか」と不満顔でやって来る者が後を絶たない。状況が状況なだけに仕方ないだろう、と言い返したいが、セシリアの病についてはユーリスの指示で口止めされている以上、「もう少しお待ちください」としか言えないのが、カイルには歯がゆくてたまらなかった。
セシリアが高熱に臥したことで、ユーリスが公爵邸に連日閉じこもっていると広まれば、それはたちまち悪意ある者たちの醜く歪んだ唇によって尾鰭背鰭をつけられ、社交界を――更には宮廷内をも――好き勝手に泳ぎ回ることだろう。夫人のせいで政務が滞っている、だとか。ユーリスの気を引きたくて、わざと病に臥せったふりをしているのよ、だとか。
実際はそんなものは“真実”ではなく、まるっきり嘘だというのに。しかし誰も、泳ぎ回る噂だけを面白おかしく呑み込み、本当のことを知ろうとはしないのだ。ある意味彼らにとって、他者を貶める甘い蜜のような毒は、ただの娯楽に過ぎないのだろう。だから“本当のこと”などどうでも良いのだ。愉しめさえすれば、知る必要性などない。
三日という期限は、諸々を考慮した上での、テオドールが出せる限界のラインだったのだろう。そう思いながら、隅に退けていた処理済みの山に手を伸ばそうとした――その時。ふと、カイルの視界に、運んだ覚えのない紙の束が映り込んだ。
既にユーリスが手をつけた後なのか、一番上に重ねられた紙には所々に流麗な文字が書きつけられている。目に入る範囲の文章にさっと目を通すと、どうやらそれは伯爵領――つまりセシリアの実家であるグランベール家が管理運営する領土の近況について綴られたもののようだった。水害で荒れた地方の復興状況、主な収入源であった麦類の栽培状況と収穫量の見通し、支援金の使い道とその額――。
恐らくは報告書の概要をまとめた一枚だろう。そこに既にペンを入れているということは、他の頁も疾うに読んでいるだろうことがうかがえる。――なんて人だ。そう思いながら、カイルは苦笑を滲ませて肩を竦めた。政務に、公爵家当主としての務め、更にそこへ伯爵領に関する仔細の確認までこなしているとは、驚きを通り越して呆れ果ててしまう。
グランベール家にはセシリア以外に子どもがいない。故に現在は老齢の伯爵夫妻と、セシリアのふたつ年上の従兄弟が“跡継ぎ候補”として領土運営を行っているが、大規模な災害からの復興に加え、投機の失敗によって負った傷を癒すには、まだ当分はかかるだろう。
しかも夫妻の年齢と体調を考えれば、いつまでも前線で指揮を執り続けることは難しい。従兄弟も、元々は跡取りになる予定ではなかったところを急遽そうなった、という流れであるらしいので、幼少期より“領土運営とは何たるか”を叩き込まれてきたクロードのようにはいかず、こちらもまた時間がかかるのは明白だった。
とはいえ、わざわざユーリスが関わる必要があるのだろうか。宰相という立場と、公爵家当主という身で、ただでさえ多忙だというのに。これ以上仕事を増やす必要が、いったいどこにあるというのだろう。
そう疑問に思いながら首を傾げたカイルだったが、しかし、すぐにああ――と納得する。
ちらとベッドの方へ目を向けると、清潔な毛布に包まれた小さく薄い膨らみが見えた。駆けつけた当初は風を切るような音を立てながら荒い呼吸を繰り返していたものの、医師による治療のおかげで今は熱も下がり、容態はだいぶ安定している。
薬と滋養のある食事、そして水分をしっかり摂りながら安静に過ごすことで、数日のうちにはもとの元気を取り戻せるだろう。だからもう心配はいらない、と、老齢の宮廷医師は穏やかに微笑みながら言っていたけれど。それでもユーリスは未だに一日の殆どを、セシリアの寝室で過ごしている。その様子を目の当たりにすれば――何故、という疑問の答えなど、簡単なものだった。
彼女自身に非はないとはいえ、それでもセシリアにはどうしても、“借金”や“没落寸前だった伯爵家の娘”といった刺々しい枷が付き纏う。カイル自身も、今までに何度も目にし、耳にしてきたものだ。彼女を貶める為だけに囁かれる、たくさんの悪意を。
ならばどうすれば、社交界に溢れるその歪な悪意から、彼女を救えるのか――。実際のところ、それは非常に難しいことだ、とカイルは思う。常にユーリスが傍にいれば、衆目の前で惜しみなく愛情を表現すれば、或いは数多の言葉をもって庇えば、セシリアを護ることが出来るのだろうか。
しかし、ユーリスは知っている。そうすることが、必ずしも“正しい”というわけではない、ということを。何故なら、己の目で見、己の耳で聞いてきたからだ。王太后と、そしてテオドールという事例を。
先代国王は妻を愛し、悪意から彼女を護ろうと様々な手を尽くしていた。それが間違いだったとは言わない。けれど結果的に、今の彼女はどうだろう。広大な敷地の端にひっそりと建つ離れに数人の使用人だけを従えてこもり、愛息子や信頼の置ける者としか顔を合わせない――そんな王太后の現状を見ていれば、どうしたって思わざるを得なくなる。果たして、何が“本当に正しい道”なのだろうか、と。
恐らくは散々悩み、考え倦ねた末にユーリスが選んだのが、伯爵家の復興だろう。借金も、没落寸前であったことも、その“過去”そのものを消し去ることは出来ない。けれど、嘗てのような豊かさを取り戻すことが出来れば、或いは更なる繁栄をもって磐石な地位を築くことが出来れば、たとえ昏い過去があったとしても、“今”という輝かしい実績をもって抑え込むことが出来る。そうすれば彼女は、“隆盛を誇る伯爵家の娘”として堂々と胸を張り、凛としていられる。――ユーリスは、その道に賭けたのではないだろうか。セシリアに絡みつく枷を壊し、解き放ってやる為に。
けれど、それが“本当に正しい選択”なのかといえば、きっとユーリス自身にも――それどころか、今この瞬間この世に生きる誰にも分かることではない、とカイルは思う。そもそもこの世に、“本当に正しい選択”などというものが存在しない可能性だってあるのだから。
「……“選択”とは、難しいものですね」
ソファの背もたれにかけられたままの毛布を手に取り、無防備に横たわるユーリスの身体にそっとかけてやりながら、カイルは眉を下げて小さく笑った。正解のない霧の中を彷徨いながらも、懸命に愛する者を護ろうとしている、友人であり主君でもある彼の、疲れ切った寝顔を静かに見つめて。
