「い、いいんですか?」

 シャーロットの声が震えた。
 瞳から涙が溢れ出す。

「よ、良かったぁ……」

 全身から力が抜ける。

 長い、長い戦いが終わったのだ――――。

「その代わり……」

 美奈の琥珀色の瞳が、まるで魂を見透かすようにシャーロットを貫く。

「自分の地球は、自分で管理しな!」

「へっ!? か、管理ですか!?」

 予想外の条件に、シャーロットは目を丸くした。

 地球を管理? システムも分からない自分に、そんな大それたことが――。

「そ、そんな……私にできるわけが……」

「『できない』じゃ済まないわよ」

 美奈はダン!とジョッキをテーブルにたたきつける。

「復活させるのはいいけど、誰かが管理しなければならないのよ? 地球は放っておけば回るようなもんじゃないわ」

 確かにそうだ。万界管制局(セントラル)の仕事の様子を見て来た自分にはその大切さが良くわかっている。

「わ、分かりました」

 シャーロットは震える声で答えた。

「仕方ないですよね……やるしかない……」

 ここで断る選択肢など、あるはずもない。
 たとえ無理難題でも、受け入れるしかない。

「分かんないことはレヴィアに聞いて」

「へ? わ、我ですか!?」

「文句……あるの?」

 美奈は琥珀色の光をギラリと光らせる。

「そ、そんなことないです! やらせていただきます!」

 レヴィアはガタン!と立ち上がると、冷や汗を流しながら直立不動で敬礼をした。

「うむ、よろしい。それでも……一人じゃ大変よね?」

 視線が、ゼノヴィアスへと移る。

「魔王も協力してやって!」

「へっ!?」

 ゼノヴィアスがビールを吹き出しそうになった。

「わ、我もですか……?」

 目を白黒させながら、シャーロットと美奈を交互に見る。

「当然でしょ」

 美奈はニヤリと笑った。

「だって、シャーロットが辛い目に遭うのは嫌でしょ? あんたも」

「そ、それは……そう……だな。分かった!」

 ゼノヴィアスはうなずいた。

 だが、困惑した顔でシャーロットを見つめる。

「でも、『地球の管理』って……何?」

 その無邪気な質問に、シャーロットは苦笑いを浮かべた。

「後で……後で説明するわ」

 大きく息をつく。

 システムの知識ゼロ。
 プログラミングも分からない。
 そんな自分たちが、一つの世界を管理する。

 レヴィアがいたとしても途方もない話だ。

 でも、シャーロットは顔を上げた。

「二人で……何とかやってみます」

 ゼノヴィアスと目が合う。
 彼も戸惑っていたが、優しく頷いてくれた。

 ぺこりと、二人揃って頭を下げる。

「うむ、よろしい!」

 美奈は満足そうに頷いた。

「細かいことは後でレヴィアに聞きな。とりあえず今日は……」

 ジョッキを高く掲げる。

「祝杯ね!」

 全員がジョッキを手に取る。

「シャーロットの大活躍と、新管理人二人の門出に……カンパーイ!」

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 ガチガチガチッとジョッキのぶつかる音が部屋に響き渡った――――。

 シャーロットは、ちらりとゼノヴィアスの横顔を見つめる。

 大丈夫――――。

 二人でなら、きっと何とかなる。

 新しい挑戦が始まろうとしていた。



       ◇


「それで……」

 シャーロットはゼノヴィアスに寄り添いながら、そっと小声で尋ねた。

「さっきは何を……揉めてたの?」

「あっ、そうだ!」

 ゼノヴィアスが憤慨したように声を張り上げる。

「こ奴が我の肉を盗ったのだ!」

 震える指先で、極上カルビがジュージューと音を立てている焼き網を指差す。
 表面には美しい焼き色がつき、脂が宝石のように輝いている。

「何を人聞きの悪い」

 シアンは涼しい顔で肩をすくめた。碧い瞳には悪戯っぽい光が踊っている。

「こんなの早い者勝ちに決まってんじゃん」

 そう言い終わるか終わらないかのうちに――。

 シュッ!

 まるで稲妻のような速さで、再び箸が伸びる。
 狙うは、ゼノヴィアスが今度こそはと守っていた、最後の極上カルビ。

「うわっ! またか!」

 ゼノヴィアスは慌てて自分の箸で守ろうとしたが――大天使の身のこなしは、まさに光そのものだった。

「いただきまーす♪」

 あっという間にカルビを奪い取ると、勝ち誇ったような笑顔で口に放り込む。

「き、貴様ぁ……」

 ゼノヴィアスの額に、青筋が浮かぶ。

 ブワァッ!

 次の瞬間、彼の全身から赤黒い怒気のオーラが噴出した。
 まるで地獄の業火のような、凄まじい圧力。

「キャァ! ちょっと! ダメよ!」

 シャーロットはゼノヴィアスの腕にしがみついた。

「ちょっと、ゼノさん! 落ち着いて!」

 部屋の温度が急上昇し、壁のポスターがめくれ上がる。