エレベーターで23階まで登り、大きな玄関の中を入った。

 キングゴーレムの一件があってから友梨姉を家に送った時には玄関前で3人と話しただけだったが、今の俺は躑躅家の中にいる。

 俺の家とは比べ物にならないほどの広さだ。

 家電や雑貨はいいブランドのものを使っている。

 そして、俺の鼻を刺激するいい匂い。
 
 そして食欲を刺激する匂いも。

 どんな料理だろう。
 
 期待に胸を躍らせていたら、3人が俺たちをリビングに案内してくれた。

 手土産を置いて、俺はキッチンにあるテーブルに移動した。

「……」

 そこにあるのは肉じゃがだった。

 このメニューの選択って反則だと思う。

 俺が顔を俯かせていたら、早苗さんが俺の両肩にそっと手を添える。

「理恵ちゃんに聞きました。祐介くんの好きな食べ物はなんですかって。そしたら、お兄ちゃんはお母さんが作ってくれた肉じゃがが一番好きだと言ってくれて」
「……」

 俺は理恵を横目で見た。

 そしたら、理恵は寂しい感情が混じった表情を浮かべる。

「もちろん、私が作ったものと祐介くんのお母さんが作ったものは味も形も違うと思うけど、祐介くんがちょっとでもここを我が家だと思ってくれれば嬉しいです」
「……」

 俺が物憂げな表情をしていたら、奈々が口を開いた。

「今日の主人公は祐介、あなたよ。だからいっぱい食べて!」

 友梨姉も言う。

「そうね。いっぱい食べないと(・・・・・・・・・)。ふふ」

 だめだ。

 このままだとこの3人に甘えてしまいそう。

「……ではお言葉に甘えて。理恵も」
「うん!」

 俺たち5人は早苗さんが作ってくれた肉じゃがを堪能した。

 なぜだろう。

 二人で食べた時より気分が落ち着く。

 理恵のほっぺたについたご飯粒を取って自分の口の中に入れる友梨姉。

 奈々が自分の箸で肉を摘んで小悪魔っぽく俺に「あ〜ん」を試みる場面。

 そして、俺たちを満足げに見守る早苗さん。

 何もかもが調和して、謎の感情が俺の心を満たす。

 4人は、本当に楽しそうに食事を楽しんでいた。
 
 肉じゃがは俺の死んだお母さんがやってくれたのとは味が違った。

 けれどこの肉じゃがは俺に二つの感情を感じさせてくれた。

 亡き母の面影、そして新しい何か。

 俺のために俺の好きなものを作ってくれる優しさ。

 その優しさは俺の中で嬉しさに変わっていた。

「「ご馳走様でした」」
「もっと豪華で派手なものを用意したかったけど、祐介くんが喜ぶのが大事ですからね。ふふふ」
「……」
「満足しましたか?」
「はい。大満足です」

 俺がサムズアップして笑うと、早苗さんは目を細めて緑色の瞳で俺を見つめる。

「まだ始まったばかりだから……」
「え?」
「ふふ、後片付けするので、友梨、奈々、お茶を入れてちょうだい。先に飲んでいいから」

 早苗さんに言われた二人は微笑んで首を縦に振った。

 にしても、早苗さんは人気映画女優だけど、普通に俺たちが食べ終わった皿を洗うんだな。

 エプロンをつけて皿洗いをする早苗さん。

 服を着ていても、メリハリのある後ろ姿は、どう見ても二人の娘を産んだ人とは思えない。
 
 そんなことを思っていると、友梨姉がお茶を入れてきた。

「ソファーに行きましょう。紅茶を入れてきたの。私のお気に入りのものだから《《絶対》》飲んでみて」
「あ、ああ。ありがとう」
 
 友梨姉は優雅な動きでコップに紅茶を注ぎ、それを俺に出した。

 そして、奈々は俺が持ってきたクッキーの一部を取り出してそれを皿に盛って俺に渡す。

「どうぞ」
「……」

 流れるような動きだったので俺は戸惑いの視線を奈々に向けた。

「ん?どした?」
「いや、なんでもない」
「ふふ、緊張しなくていいよ。本当にここを自分の家だと思っていいから」
「……」
「なるよ」
「ん?」
「なんでもない。ひひひ」

 奈々の視線があまりにも強烈だったから俺はつい目を逸らした。

 俺の反応を見て、奈々はクスッと笑って、理恵にも言う。

「もちろん、理恵ちゃんもね!クッキーどうぞ!」
「ありがとうございます!ふふ」 

 早苗さんが皿洗いをしている間、俺たち四人は紅茶を飲む。

「それにしてもね、私、理恵ちゃん本当に羨ましんだよね」
「え?羨ましい?」

 奈々の言葉に理恵は理解できないと言わんばかりに首を捻る。

「だって、こんな強いお兄ちゃんが守ってくれるから」

 と、奈々は俺をチラッとみて小さく笑う。

「そうですね。自慢のお兄ちゃんですから!ふふ」

 理恵が嬉しそうに言うと、今度は友梨姉が心配そうに言う。

「でもね、二人だけだと寂しくないかしら」

 友梨姉に問われて理恵はしゅんと落ち込む。

「そう……ですね……」

 悲しい表情を向けてくる理恵。

 友梨姉は俺と理恵の座っているソファーへ行き、理恵を後ろから抱きしめてあげた。

「いいのよ。寂しくて当然だもの。私たちもパパが亡くなってから寂しい」
「友梨先輩……」
「ふふ、いいのよ。緊張しなくても。力を抜いて」
「……」

 理恵は友梨姉の甘い言葉に目を閉じる。

 力を抜いているせいか、理恵の肩は友梨姉の豊満な胸を押している。
 
 本当にいい人だ。

 まるで家族のように接している。

 俺は安堵のため息をついた。

 それと同時に

 眠気がさしてきた。

 安心しているからか。

 そんなことを思っていたら、俺の隣に奈々がやって来た。

 彼女は俺の太ももの内側をさすりだす。

「っ、奈々」
「ふふ、硬い。鍛えているのね」
「ま、まあ……」
「パパの太ももより硬いかも」
「……」
「ねえ、疲れてない?」
「疲れる?」
「うん。これまで可愛い理恵ちゃんを養ってきたから」
「い、いや……俺は平気だから」
「そう?」
「ああ」

 俺のか細い声を聞いて奈々は勝ち誇ったように笑う。

「ううん。平気のようには見えないんだけど」
「え?」
「癒しが欲しい顔してる」
「癒し……」
「そう。精神的癒しと肉体的癒し」
「……」

 奈々の言葉が頭に響く。
 
 頭痛がした。

「どうした?」
「ごめん眠くて」
「やっぱり疲れているんだ」
「……」
「寝ていいよ」
「……理恵は」

 重たいまぶたに抗いながら妹を見ていると

「……」

 すでに友梨姉の体を枕代わりに寝ている。

 気持ちよさそうな顔だ。

 奈々は俺の耳元で囁く。

「いいから、ゆっくり寝て。理恵ちゃんも気持ちよく寝ているよ。これからはいいことしか起きないから」
「……」

 違和感はない。

 安心と安らぎが俺の体を支配しているようで、俺は

 自分に体を奈々に委ねて眠りに落ちた。