奈々side

「ん……」

 自分の部屋に戻ってベッドに飛び込んではスマホの画面を見つめる奈々。

 彼女はある動画を凝視する。
 
ワンインチパンチ(・・・・・・・・)……』

 ミノタウロスを一発で倒した裕介の動画。

「やっば……こんなの……何回見ても……っ!」
 
 朝起きた時も、学校に向かう時も、昼休みの時も、放課後も、奈々は彼の動画の虜になっている。

 この間自分たちを助けた時の動画だけでなく、彼が今まであげてきた動画まで。

 彼の動画は荒んだ自分の心に、まるで砂漠の中のオアシスのような解放感を与えてくれた。

 さがくん。

 彼と知り合ったのは4年前のこと。

 きっかけはnowtubeだった。

 姉と一緒にnowtuberを始めた頃、インフルエンサーの彼がDMを送って、そのまま親しい仲になった。

 いつも優しくて、とてもイケメンで周りから頼りにされるような明るい男だ。

 しかも、ランクはA。
  
 Aランクの探索者は能力者全体の1%の中に入るほど強力だ。

 彼は日本ダンジョン協会からの信頼も厚く、ダンジョン関連の国家機関とのコラボもやる。

 まさしく探索者におけるアイドルのような存在だ。

 彼は優しい。

 自分と姉はさがくんのことを信用し、一緒にいる時間が増えるようになった。

 そして時間が経ち、自分と姉は大バズりして早くもチャンネル登録者数100万を超えることができた。

 さらに時間が流れ、自分が花隈育成高校の2年生、姉が3年生になった時に、彼の行動に変化が現れた。

『僕が二人の家族になってやるよ。ちゃんと二人を守ってあげるから』

 さがくんが自分と姉を呼び出して言った言葉。

 嬉しかったけど、自分たちは断った。

 父の遺言があるからだ。

 日本で最も強いと称えられた父。

 だが、いくら強くても難病には誰も抗えない。

 父は言った。

『すまんな。先に行くことになって』

『『『……』』』

 母と姉と自分は、まるで全てを失ったようにただただ涙を流した。

 そんな自分たちを見て、父は慰めるように力を振り絞って予言じみた事を言った。

『きっと見つかる。君たちを守ってくれる男がな。その男は俺よりも強く、優しく、君たちの心を満たしてくれる理想の人だ』

 まるで取り憑かれたような表情の父。

 これは予言ではなく、神様から預かった言葉をそのまま口にした預言というべきものだった。

 だから自分と姉はさがくんの提案を断った。

 彼はAランクの探索者。

 十分強すぎるが、父には遠く及ばない。

 ちゃんと理由を言ってあげたおかげか、さがくんは大人しく引いてくれた。

 そして数ヶ月後、彼がまた提案をしてきた。

 SSランクに連れて行ってあげると。

 そこで自分が強い男であることを証明すると。

 嬉しかった。

 自分たちのために強くなろうとするさがくん。

 自分を守ってくれる人が死んだことへの寂しさ、頼れる存在の欲しさ。

 彼に微かな希望を抱きながら姉と共の彼とコラボを動画を撮った。

 不思議と、ダンジョンにモンスターは現れなかった。

 多くの視聴者たちは、さがくんの勇敢な姿を褒め称えてくれる。

 だけど、

『ムオオオオオオ!!!』

 ミノタウロスが現れた。

 ミノタウロスは自分たちを見るなり襲ってきた。

 するとこれまで自分たちに優しかった彼は

 配信を切ってから醜悪な面持ちで

『くっそ!このルートは最弱モンスターしか現れないって言ったのに!!』

 と言って、彼は自分だけ逃げ出した。

 自分と姉はミノタウロスの攻撃をもろに喰らって突き飛ばされしまった。

 ミノタウロスは自分たちだけでなく、逃げるさがくんとカメラマンを追いかけて攻撃をしかけてきた。

 いくらAランクといえど圧倒的強さを誇るミノタウロスから逃れることはできない。

 彼の顔は
  
 醜悪なものへと変わり、

 防御幕を張ってカメラマンと共に自分と姉を犯すために襲ってきた。

『もうすぐ僕の防御幕はミノタウロスに破壊される!どうせ僕たちは死ぬんだ!うへへへ!絶世の美人姉妹と言われる二人とヤれるなんて……最高オオオオオオオ!!!死んでも心残りないほど犯してやるぞ。まず姉の友梨ちゃんからね。やば、胸デカすぎ……』

 あんなに優しかった彼は

 自分を犯すことしか考えてないケモノと化してしまった。

 裏切り。

 希望は絶望と化し、大切なものを失うことへの恐怖が自分の体を支配する。

 カメラマンの汚い手で自分の胸が蹂躙されるたびに、涙が出た。
 
 お父様
 
 私たちを助けてください。

 そう願っても死んだ人は蘇らない。

 目を閉じて全てを失う準備をしながら涙を流していると、

 黒髪の男が現れた。

 彼は圧倒的強さを用いてミノタウロスをたった一撃で倒した。

 自分たちを救ってくれた男。

 彼はさがくんみたいな女慣れしたタイプではなかった。

『無事でよかったです!』

 と言って潔く去った彼。

 彼の純粋でいたいけな顔を見た瞬間、自分のお腹がキュンとなった。

 それと同時に

 さがくんがこれまで自分たちに向けてきた視線や行動は

 ただただ自分たちの体を貪る欲望を必死に隠すためものであるに過ぎないことがわかった。

 そこに父が向けてくれた愛は微塵もない。

 だけど祐介は……

「ああ……」

 彼の鍛え抜かれた体と純粋な性格。

 決して自分の力を振り翳して驕ることなく、妹を養うために直向きに頑張る家族想いなところ。

 自分たちに溢れる愛を注いでくれた父と一緒だ。

 彼と父の違う所。

 それは

 同じ血が流れてないところ。

 つまり……

 彼の子を孕んでも問題にならない。

「っ!」
 
 制服姿の奈々は横になっているにも関わらず凶暴な存在感を主張する自分の胸を右手で鷲掴みにする。

 そして空いている左手で自分の太ももの内側をさすり出した。

 彼が治療してくれた所だ。
 
 ミノタウロスを一撃で倒した手で、自分の太ももの内側を
……

 もし、

 あの時手が少しずれたら、彼の手は自分の……

 大切なところへ

 そして

 そして……
 
 その先にあるのは……
 
「んんん!!!!」

 全身を麻痺させるほどの電気が彼女のお腹から流れて全身を駆け巡る。

 脳みそが溶けるほどの強い刺激が自分の体を支配する。

 それと同時に、部屋中にメスのフェロモンが充満した。

 信じていた人に裏切られたことからくる絶望と悲しみと恐怖は

 祐介によって完全に掻き消された。

 もはや奈々の脳にさがくんとの思い出や記憶は存在しない。

「祐介……」

 息を激しく切らす彼女の瞳はだんだん色彩を失い、

「欲しい……」

 と言いながら今日彼とあったことを何十回、何百回思い返す。