カフェのドアベルが鳴る。

クレアとボスはキャラメルラテを注文して
2つ受け取り、ふわふわのソファに着いた。

「いただきます。」

「どうぞ、召し上がれ。
 このクッキーもぜひ。」

 ボスは、
 クレアにキャラメルラテの他に
 大きめのチョコチップクッキーを
 差し出した。

 ラテとクッキーが大好きなクレアは
 オーディションが不合格であることを
 忘れてご機嫌であった。

「自己紹介していませんでしたね。
 私、こういうものです。」

 ボスは、バックから紙タイプの名刺を
 クレアに渡した。

「株式会社 SPOON(スプーン)
 のボス?名前ではないんですね。」

「訳あって、本名は明かせません。
 でも、あなたにとってお役に立てることを
 約束します。」

 クレアは名刺をひっくり返して
 何度も見返す。

「え、何の会社なんですか?」

「説明させていただくと、
 私は、音楽プロデューサーです。
 アーティストを育てる仕事をしています。
 ぜひ、あなたに私たちの事務所に
 いかがかなとお声掛けさせて
 いただきました。」

「それって、スカウトってことですか?」

「まぁ、そうなりますかね。」

「……怪しいスカウトには
 乗らないようにと母からの教えが
 ありますので
 ご遠慮させていただきます。」
 
 その言葉と同時に
 名刺をお返しするクレアは、
 ラテをストローで飲み始めた。


「え!? 
 こんなチャンス他に無いと
 思いますよ!?」


「怪しいセールスとかスカウトとか
 信用に欠けますし、
 私、オーディションで受けてから
 プロになりたいので、
 お断りします!!」

「え、でも、聞きましたよね?
 さきほどのオーディションで
 実績と経験が無いと優遇されないって
 ウチの事務所に入れば、
 エントリーシートにも記載できますよ?」

「……それは美味しい話ですけど、
 聞いたことないんですよね。
 Spoonって…。
 今、スマホで検索かけても
 本当にスプーンしか売ってないし…。」

 ルークが作った通販サイトSpoonの
 ホームページが上の方に表示されている。
 今は、むしろスプーンの売れ行きが
 好調だ。

「…あーー、我が社は立ち上げた
 ばかりなので、そこまで有名には
 なっていませんけどね。
 これから盛り上げていくんです。
 バンドメンバーを集めていたところ
 なんですよ。
 ぜひ、クレアさんにも
 参加していただきたいです。」

 慌てて、ラテを飲み干すと、
 その場から立ち去ろうとした。

「ごちそうさまでした。
 なんだか尚更、怪しいので
 ちょっとむりです。」

ボスは伸ばしていた手を縮めた。
ドアベルが虚しく鳴り響く。

心配になったルークはスプーンの発注仕事を終えて、追いかけてきた。


「ボス、調子はどうですか?
 クレアさん、口説けましたか?」

「今、すれ違わなかった?
 怪しいって言って、行っちゃったよ。
 俺には、スカウト無理なのかな。
 こんな身なりしてるから
 怪しいとか怖いとか思うのかな。」

「あ、さっき、走って行った方、
 いましたね。
 確かにライオンですもんね。
 たてがみも最近、切りに行ってなくて
 ボサボサじゃないですか。
 私だったら、可愛い印象ですし、
 信頼度高いですよ?」

 自分の顔を指さして自慢するルーク。
 ひよこの姿は小さくて愛らしい。

「うっさいわ。
 ちょっと床屋行くかな。
 てか、ルーク、仕事終わったの?」

「最近、ロボットを導入しまして、
 100本のスプーンすぐに
 作成できますので
 あっという間に作業できましたよ。」

「ちょ、待って。
 そのロボットってまさか
 ローン組んだ?」

「はい!会社名義でローン
 組ませていただきました。
 銀行の方もスプーンの売り上げを
 見てくださって、ぜひって
 言ってくれました。
 もう、スプーン業者で
 良いじゃ無いですかとか冗談
 言われましたがね。」

 ボスはがっくり肩を落とした。

「ちなみにアシェルさんが壊した壁
 修理費用300万と
 今回のロボット費用500万で
 800万の融資してもらってますから。
 頑張りましょう!!
 社長。」

「簡単に言うな、簡単に…。
 ちくしょう。」


ボスはテーブルにガンと拳でたたくと
カフェを後にした。

ルークはボスの後ろをついていく。

寂しくドアベルが鳴っていた。