コォォォォォ……。

 今まで無音だった宇宙空間だったが、徐々に何かの音が響いてくる。

『およ?』

 シアンはキョロキョロと辺りを見回した。そして、海王星がもう目前にまで迫っているのを見るとギリッと奥歯を鳴らし、ネヴィアをにらんだ。

『お前、大気圏突入で僕を焼く気だね? ふーん、どうなるかやってみようか?』

 ネヴィアは目をギュッとつぶり、ガタガタと震えるばかりだった。

 やがて風きり音が激しく船内にも響き始め、フロントガラスもほのかに赤く輝き始める。

 その中でシアンはまるでサウナで暑さに耐えるように、歯を食いしばりながら超高圧と灼熱に耐えていた。

 そもそも宇宙空間で生身になっていること自体意味不明なのに、大気圏突入にまでつきあっているこの少女にタケルは絶句してしまう。

 くぅぅぅ……、ぐあぁぁぁぁ!

 断末魔の叫びがスピーカーから流れた直後、シアンが閃光を放ち、激しい炎を伴いながら燃え上がる。目の前で燃え上がる少女の凄惨なさまにタケルは思わず目を覆った。

 さすがの大天使も生身の大気圏突入は厳しかったようである。

 しばらく激しい轟音が響いていたが、徐々に落下速度が落ちてきて風きり音も落ち着いてくる。

 タケルが目を開けると、目の前には黒焦げになった『人であったモノ』がべったりとフロントガラスに張り付いており、そのホラーな情景に叫び声をあげた。

 ひぃぃぃ!

「くぅぅぅ……。やってまった……」

 ネヴィアは頭を抱えて突っ伏している。大天使を殺してしまった場合、一体どんな罪になるのか分からないが、ネヴィアの様子を見るに相当にまずい様子だった。

「ど、どうするのこれ……?」

 恐る恐るタケルは聞いた。

「どうもこうも……」

「バレ……ないの?」

「バレる……じゃろうな……」

「もうバレてたりして。くふふふ……」

 いきなり後部座席から声がして、二人はあわてて振り向いた。そこには青いショートカットの可憐な少女が、シルバーの近未来的なボディスーツを身にまとって笑っている。それは焼かれたはずのシアンだった。

「い、いつの間に!?」

 目を白黒させているネヴィアの首を後ろから両腕でキュッと締め上げ、チョークスリーパーに持っていくシアン。

「熱いじゃない! 何してくれんのよ!!」

「ぐほぉ! ギブ! ギブ!!」

 ネヴィアは白目をむいてシアンの腕をタップした。

「航空法違反、公安法違反、殺天使犯で三倍満だ! お縄につけぃ!」

 シアンはプリプリしながらネヴィアの首を絞めあげる。

 キュゥゥゥ……。

 ネヴィアはたまらず気絶してしまった。

「あぁっ! ネヴィアぁぁ! 死んじゃいます、緩めてください!」

 タケルは慌ててシアンの手を引っ張り、懇願する。クレアを生き返らせに行くのに、ネヴィアが死んでしまってはやりきれない。複雑な事情は分からないが、この場で死刑はさすがに理不尽すぎる。

「およ? 死んじゃった……?」

 シアンは慌てて技を外すと、白目をむいてるネヴィアの頬をペチペチと叩いて首を傾げた。


         ◇


 シャトルをホバリング状態にさせ、二人を座席に正座させたシアンは、どこから出したのか赤と黄色のピコピコハンマーを片手にニヤッと笑った。

「お待ちかね! 尋問ターイム!!」

 何がそんなに楽しいのか、上機嫌なシアンはハンマーで座席をピコピコ叩きながら叫ぶ。

 タケルとネヴィアは渋い顔をしてお互いを見合う。

 星間の狂風(アストラル・クイーン)という二つ名を持つ、宇宙最強の大天使がなぜここまで子供っぽいのか理解できずにタケルは首をかしげた。

「さて、容疑者ネヴィアよ。お前はこのシャトルで何を企てていたんだ? 洗いざらい吐け!」

 シアンはピコッとハンマーでネヴィアの銀髪頭を叩く。

「あ、いや、こ奴にジグラートを見学させようと……」

「ダウト!」

 シアンは目にも止まらぬ速さで、ピコピコハンマーをネヴィアの脳天に叩きつけた。

 ピコッ!

「重罪を犯して見学なんてする訳ないでしょ? 馬鹿にしてんの?」

 シアンは目を三角にしてプリプリと怒る。

「あっ、こ、こ奴がどうしても見たいと……」

 ネヴィアが何とかごまかそうと必死になった時だった。

「あぁ?」

 シアンはドスの効いた声を上げると、ピコピコハンマーの柄をパキッと割り、中から青く輝くナイフを取り出した。

「言わないなら、この頭カチ割って脳髄から直接データ……取るわよ?」

 シアンは嗜虐的な笑みを浮かべながらガシッとネヴィアの首根っこをつかむと、青く鋭く光る刀身をペロリと舐める。

 ひ、ひぃぃぃ!

 その不気味に光るナイフにネヴィアはすくみあがる。この人はやると言ったら、本当にやってしまう厄介な人だったのだ。

「ま、待ってください! これは僕のためにやってくれたことなんです。彼女は悪くありません!」

 タケルは耐えられずに声をあげた。