「一体女神様は何を考えてこんなことを?」

「知らんがな。本人に聞いたらどうじゃ? ただ、やった人の元にワシらが生まれただけとも言えるな。つまり無数の試行の中で、こういうことをやった人だけ認識されるってことじゃろ。それが宇宙の意志……じゃろうな」

「宇宙の意志……。宇宙に意識があるってわけじゃなくて、確率的な話の集大成の結果、それが選ばれたように見えるってこと……なのか」

「観測者からはそう見えるという話かもな。ただ、女神様も自分の手でこんなものは作らんよ。全部やっとるのはAIじゃ。要はAIをうまく飼いならしたか……それとも……」

 ネヴィアはそう言いながら肩をすくめた。

「はぁ……。何とも壮大な話だね。女神様以外の人はどうしてるの?」

「みんなもう何十万年も前に寝てしまったそうじゃ」

「えっ!? では、この世界を創った人類はもう一人しか残っていない?」

「そうじゃな。人類はな、AIを開発するとなぜか少子化になり、長寿に飽き、ひっそりと消えていくんじゃ」

 ネヴィアは渋い顔で首を振る。

「そ、そんな……」

「だから新たな地球を創り続ける必要があるってことじゃな」

「はぁ……」

 タケルはあまりにスケールの大きな話に圧倒され、大きく息をつく。

 六十万年の壮大な試行錯誤の結果、自分が生まれ、紆余曲折を経て今、その本質に向けて宇宙を旅している。それはまるで夢のような現実感のない話であったが、それでもなぜかタケルにはこうなるのが必然であったかのように感じられてしまうのだった。

 徐々に近づいてきた海王星は、満天の星の中、澄み通る深い碧の壮大な美しい円弧を描き、タケルの胸にグッと迫る。この風景は一生忘れないだろうと、タケルはしばらく瞬きもせずにじっと見つめていた。


         ◇


 その時、タケルはコンテナの影で何かが動いたように見えた。

「あれ? 何かがいる……? 人……?」

「な~に、言っとるんじゃ……。 こんな宇宙空間に、それも航行中のコンテナに人などおる訳なかろう。ふぁ~あ……」

 ネヴィアはリクライニングしたシートに寝っ転がりながらあくびをする。

「いや……、でも人間……っぽいですよ? でも宇宙服も何も着てない……」

「はっはっは! 宇宙服着てなきゃ人間は血液が沸騰して即死じゃよ。物理的にありえんって」

 ネヴィアは笑い飛ばし、グミをまた一つつまんだ。

「そうなんですけど……、こっちに来ている……? あっ、青い髪の……女の子?」

 それを聞いた途端、ネヴィアは真っ青な顔をしてガバっと起き上がる。

「緊急離脱!! エンジン始動!!!」

 切迫した叫びをあげながら、ガチリとエンジンのスイッチを押し込んだ。

「え? どうした……の?」

 タケルはその鬼気迫るネヴィアの豹変をポカンとした顔で眺める。

「どうもこうもあるかい! 殺されるっ! なぜあのお方がこんなところにおるんじゃぁぁぁ!」

 ネヴィアは冷汗をたらたら流しながら、必死にモニターのボタンをタップしていった。

「出航チェック全無視(スルー)! 緊急出航!」

 固定していたロープを強引に切断し、貨物船から離れるとネヴィアはすぐにエンジンを全開で噴かす。

 ズン!

 衝撃音がして激しいGがタケルを襲った。

 うぉぉぉ!

 シャトルはビリビリと船体を震わせながらあっという間にマッハを超えていく。

「くぅぅぅ……。追いかけてきませんように……」

 ネヴィアはガタガタと震えながらギュッと目をつぶり、祈った。

「こんなに速度出てたらあの娘も追って来れないんじゃない?」

 遠目には人懐っこそうな可愛い少女にしか見えない彼女を、なぜここまで恐れるのかタケルには良く分からなかった。

「バッカモーン! あのお方は星間の狂風(アストラル・クイーン)シアン様じゃ。宇宙最強の大天使なんじゃぞ! 速度とかあの方の前には何の意味もないんじゃ……」

「宇宙……最強……?」

 タケルが首を傾げた時だった。

 ビターン!

 船体に衝撃が走り、フロントガラスに何かが張り付いた。

 ひぃぃぃぃ!

 ネヴィアが凄い声で叫ぶ。見上げればそこには太ももの美しいラインが宇宙空間の中に浮かび上がっている。

『ガガッガー!!』

 いきなり無線からノイズが走った。

『みぃつけた……、くふふふ……』

 スピーカーから流れてきた若い女の子の声。そして、コクピットからの光で浮かび上がる、まるで獲物を見つけたかのような笑みを浮かべる美しい顔……。

 タケルはその信じがたい大天使の襲来に言葉を失い、ただ静かに首を振った。

「おぉっといけない!」

 ネヴィアは操縦桿を一気に倒して一直線に海王星へと落ちていく。

 ぐぁぁぁ!

 いきなり襲われる強烈な横Gにタケルは必死にひじ掛けにしがみついた。

『そんなことしたって無駄だよー。くふふふ……』

 あれほど強烈な横Gを食らってもシアンは平然とフロントガラスにしがみついている。

『何を企んでいるのかなぁ……?』

 碧い目をキラリと光らせながらシアンはネヴィアをにらみつけた。