「燃料レベル、ヨシ! 航路クリアランス、ヨシ! ナビゲーションシステム起動! 緊急脱出システム、アームド!」

 モニター内の各種計器を確認するネヴィアの声が、コックピット内に響く。オレンジ色で統一された船内のインテリアは洗練されており、機能美を追求した計器やスイッチの配置を含めてアートのような調和が見て取れた。シートは革張りソファのように身体を優しく包み込み、フロントガラスは広く、視界は良好で、放射状に走るピラーが宇宙船らしさを感じさせる。

 いよいよクレアを救うため、危険な宇宙航海に出発するのだ。その想像もしていなかった事態に緊張し、タケルはシートベルトを締めながら、バクバクと早鐘を打つ心臓を持て余した。

「オールグリーン! エンジン始動!」

 ネヴィアはヘッドレストに頭をうずめ、緊張した面持ちでガチリと赤いボタンを押し込んだ。

 キュィィィィィ……。

 高鳴っていく高周波がコクピット内に響く。どこからともなくオゾンのような刺激臭が漂ってきてタケルは顔をしかめた。

「ゲートオープン!」

 前方の大きな扉がガコッと大きな音を立てながらずれ、ゴォォォォと空気が漏れていく盛大な音が響き渡った。

 次第に音は失われ、周りが真空になるとゆっくりと扉が開いていく。見えてきたのは満点の星々を縦断する雄大な天の川、そして、壮大な海王星の長大な水平線。いよいよ宇宙に飛び出すことにタケルは思わず息をのんだ。

「さーて、無事に帰ってくるぞ! シュッパーツ!」

 ネヴィアがポチっとモニターの【射出】ボタンをタップする。

 ギギギッ!

 足元から何かがきしむ音がしたと思った瞬間、強烈なGがタケルを襲った。

 グォッ!

 一気に流れだす景色……。そう、シャトルはカタパルトで射出されたのだった。

「よっしゃー! 行ったるでー! エンジン全開やーっ!」

 ネヴィアはノリノリで叫ぶと、スロットルをガチガチガチっと一気にMAXに上げ、操縦(かん)をグッと倒した。

 うひぃぃぃ!

 今度は強烈な横Gがタケルを襲う。

 シャトルは後部のノズルスカートから鮮やかな青い炎を吹き出しながら、ググっと急旋回していく。

 ネヴィアは遠くに見えてきた巨大な車輪状のスペースポートを、モニターで拡大表示させた。直径十キロはあろうかという巨大な車輪の中心部には長大な宇宙船が何艘も停泊し、何やらにぎやかに貨物の積み下ろしを行っている。

「よしよし、あいつじゃな……」

 ネヴィアはそのうちの、出発準備の整った大型貨物船に照準を合わせた。

 ジグラートへの資材を運ぶこの貨物船は、チタン合金で編み上げられた骨組みが支える無数のコンテナで構成され、長さは三キロメートルに及ぶ。先頭にはクジラの頭を思わせる艦橋、最後部にはこの巨体を力強く推進する、直径数百メートルはあろうかという巨大なノズルスカートがあり、その基部には大型タンクがいくつも並んでいる。

 タケルはその常識外れのスケールに圧倒され、思わずため息をついた。

「ヨシ! あの辺にすっか! くっくっく……」

 ネヴィアは悪い顔をしながらモニターをパシパシと叩き、笑みを浮かべる。

 シャトルは一直線に貨物船に近づくと、静かに減速し、大型タンクの間の隙間にそっとその身を潜ませた。そして、ロープを射出してチタン合金の柱に結びつけ、船体を固定する。

「え? このまま海王星へ降りて……行くの?」

 タケルはその奇想天外なやり方に困惑した。

「ここなら見つからんじゃろ。大気圏突入後に抜け出せばええわ。カッカッカッ」

「はぁ……。そんなにうまくいくのかなぁ……」

 タケルはタンクの隙間から見える長大な白いコンテナの列を眺めながら、ふぅとため息をついた。


       ◇


「こんなにたくさんの貨物が必要なの?」

 少しずつゆっくりと動き出した貨物船に揺られながら、タケルは首を傾げる。この貨物船以外にも、スペースポートには何艘もコンテナ船が停泊しているのだ。

「そりゃ、ジグラートは一万機あるからのう」

 リクライニングシートを倒してくつろぐネヴィアは、無重力空間に浮かべたグミたちを一つずつ器用に食べながら答えた。

「い、一万機!?」

「地球は一万個あるってことじゃな。カッカッカ」

 目を丸くして驚くタケルを見ながら、ネヴィアは楽しそうに笑う。

「そ、そんなに……、あるのか」

「六十万年かけて少しずつ増やしてきたんじゃな」

「ろ、六十万年!?」

「そんなに驚くことか? 宇宙の歴史百数十億年を考えたらほんの最近のことじゃろ?」

 ネヴィアはこともなげに言いながら、またグミにパクっと食いついた。

「誰が……、こんなことやっているの?」

「ん? お主も会ったことあるじゃろ? 女神様じゃ」

「女神……様……?」

 タケルは転生する時に、確かにチェストナットブラウンの髪をした美しい女性に会ったような記憶がある。ただ、それは夢の中のようなおぼろげな記憶であり、いまいち確信が持てないのだ。