芝生エリアの奥に機械設備が並ぶ産業エリアが見えてくる。

「さて、そろそろ着地するぞ」

 ネヴィアはタケルの手をギュッと握りなおす。柔らかでしなやかな小さな手の暖かさにタケルは困惑する。こんなにも柔らかく温かな感覚を、コンピューター処理が生み出しているということに理解が追い付かなかったのだ。

 はぁぁぁ……。

 タケルはギュッと目をつぶって首を振る。

「お主、何やっとる!? 着地姿勢を取らんかい!」

 ネヴィアは一喝すると、タイミングを見計らいながらスプレー缶状のものをふかし、ガラスづくりの小さな建物へと降りていく。

「そーーれっとぉ!」

「あわわわ! 危ない危ない! ふぅぅぅ……」

 何とか無事着陸成功した二人。

 そこは地下鉄の出入り口のようにも見えるエレベーターだった。


       ◇


「おーし、ここじゃぁ!」

 ガラスでうす青く見えるエレベーターに乗りこんだ二人。ネヴィアはエレベーターの操作パネルにキーをかざした。

 ヴィーッ!

 警告音が響き、ドアが閉まる。

 エレベーターはスーッと滑らかに地下に降りていくと、ガコン! と急に止まり、今度は横に移動し始めた。

 へ?

「秘密の格納庫ってことじゃよ。くふふふ……」

 ネヴィアは驚くタケルを見ながら楽しそうに笑った。どうやらとんでもないところに連れていかれるらしい。

 タケルは一体何が始まるのか予測のできない展開にキュッと口を結んだ。

 ポーン!

 格納庫に到着したエレベーターのドアが開くと、そこには薄暗いガランとした空間が広がっていた。

「ほほぅ。瀬崎様は結構お好きと見える。くふふふ……」

 ネヴィアは楽しそうに笑うが、タケルには空っぽの格納庫の何が楽しいのか分からず、首を傾げた。

「あれ? シャトルに乗りに来たんじゃないの?」

「ふははは! そうか、お主には見えんか。くふふふ……」

 ネヴィアは愉快そうにパンパンとタケルの背中を叩く。

「えっ!? 何かあるの? ここに……?」

 タケルは慌てて格納庫の中を目を凝らして見渡したが、そこには薄暗い空間が広がるばかりである。

「心の目で見るんじゃ」

 ネヴィアはそう言いながら、キーを何もない空間に掲げた。

 ヴゥン……。

 突如目の前に現れた機体にタケルの目は釘付けになる。それはジェット戦闘機のように精悍ながら、エレガントな曲線と鋭いエッジが未来からの使者のように融合されている見事な機体だった。

「はぁっ!? な、なんで?」

「コイツの表面はメタサーフェスになっておってな。光学迷彩のように機能するんじゃ」

 ネヴィアは虹色の光沢を放つ美しい機体の表面をなでた。それはゆっくりと色合いを変えながら、まるで現代アートのような繊細なマーブル模様を描いていく。

「メ、メタ、サーフェス……?」

 タケルは目の前にありながら全然気がつかなかったことに、唖然として首を振った。

「そうじゃよ。これが無いとジグラートへは行けんからな」

「えっ光学迷彩が要るって?」

「そりゃ、バレたら撃墜されるからのう」

 ネヴィアは搭乗用のステップを用意しながら、サラッと恐ろしいことを言った。

「ちょ、ちょっと待って!? 誰が攻撃してくるの?」

「今回、女神様の目を盗んでサーバー本体をハックしに行く。つまり、許可なくジグラートへ行くわけじゃ。管理局からしたら身元不明の侵入者。全力で撃ってくるじゃろうな」

 ネヴィアはため息をつきながら肩をすくめる。

「そ、そんなの聞いてないよ!」

「じゃあ止めるか? 我が行きたいわけじゃないんじゃぞ?」

 ネヴィアはジト目でタケルをにらむ。

「くっ……。止める訳ないじゃん!」

 タケルは新年のこもった目でグッとこぶしをにぎる。

「じゃあ乗れ。あまり時間をかけるとクレアちゃんのデータを復元できんかもしれんからな」

「デ、データって、人間を物みたいに……」

 まるでゲームキャラのようにクレアを扱うネヴィアに、ムッとしてタケルは言い返す。

「ほう? じゃあ、『魂』ってお主は何だと思っとるんじゃ? ん?」

 ネヴィアはちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、タケルの顔をのぞきこむ。

「た、魂? 魂は……、そのぉ……。心、だよ、心!」

「じゃぁ、心は何なんじゃ?」

 ネヴィアは搭乗口を開け、ステップをよじ登っていく。

「うっ……? き、喜怒哀楽を生み出し、自分を自分だと感じる脳の……働き?」

「脳は何でできとるんじゃ?」

「神経……細胞?」

「結局、神経細胞に蓄積されたデータってことじゃ。屁理屈こねてないで早く乗れ!」

 ネヴィアは呆れた様子でタケルを手招きした。

 タケルは口をとがらせながらステップに手をかける。『心』はやはり神秘であって欲しいのだ。かけがえのないクレアをデータだなんて言って欲しくない。しかし、理屈で言えばネヴィアの言う通りであり、ちゃんと言い返せない自分の間抜けさにガックリとしながら、ステップを昇って行った。