本社ビルは壁ができても床も配管もないのでは使い物にならない。二人は床を生やし、穴を開け、フロアを一つずつ作っていった。穴を開けるのは簡単で、土魔法のかかった黄色く光るナイフだと、まるで発泡スチロールみたいにサクサクと切っていけるのだ。このナイフを使って配管の穴やドアや窓の開口部を開けていった。

 ある程度コツをつかんだら、Orangeの兵士たちに後を引き継ぎ、兵舎と倉庫も作っていく。兵舎は本社を横倒しにしたような白と青の横縞デザインの十階建てで、その先進的なデザインに兵士たちは歓喜していた。

 倉庫は直径百メートルくらいのビニールハウス型で、かまぼこ状の構造物となり、長さは五百メートル、三階建てとなっている。兵器や魔石だけでなく、領地を維持する食糧や資材で一杯にする予定なのだ。

 この他にも商店やレストランなどの商業施設の建物や、上下水道のインフラなどを整備して、社員や兵士とその家族数万人が十分暮らせる基地にしていった。

 何しろ金ならあるのだ。街路樹を植え、おしゃれな街灯を並べ、レンガで歩道を整備する。居住エリアの至る所には花壇とベンチを配し、公園にはサッカーグラウンドも用意した。それはもはや基地の概念を超え、もはや一個の先進的な街に見える。魔王軍に相対する最前線にできた賑やかなオシャレな街は、来るもの皆を驚かせた。


       ◇


 基地の完成を聞いたジェラルド国王は宮殿で緊急の会議を招集した。元王国兵士を鍛えて脅威に育ったタケルをもはや見逃しておけない。

「グレイピース伯爵、あの基地は何だね? 何を企んでおる?」

 開口一番、ジェラルドは核心に切り込んだ。集まった貴族たちは静まり返り、タケルの反応を固唾をのんで見守った。

「何と言われましても、あそこは魔王軍の支配地域。魔王軍を打ち滅ぼすため以外の目的などありま……」

 タケルはにこやかに答えていると侯爵が机を叩いて怒鳴った。

「黙れ! お題目はたくさんだ。伝え聞くところによると、新しい魔道兵器に四千人の兵士、もはや王国最大の脅威じゃないか!」

「魔王軍は強大です。相応の軍事力が無ければ負けてしまいます。私が負ければもう王国は魔王軍を止められませんよ?」

「そうかもしれんが、その矛先がワシらに向かない保証が無いじゃないか!」「そうだそうだ!」「保証をよこせ!」

 集まった貴族はここぞとばかりに騒ぎ立てる。

「私は王国の貴族です。王国が健全に発展することを望むのは当たり前じゃないですか?」

 タケルはウンザリしながらも努めて平静を装い、淡々と返事をした。

「ふん、どうだか? ぽっと出の貴族に伝統などないからな」

 侯爵は肩をすくめる。

「お前、魔王軍を滅ぼしたらどうするのか?」

 ジェラルドが切り込んでくる。

「滅ぼした後のことなど考えていません。みんなが幸せになるような形を望んでいます」

「『みんなが幸せ』じゃない、我々王国貴族が幸せにならにゃ意味がないだろ!」「そうだそうだ!」「平民を幸せにしてどうすんだ!」

 侯爵たちは公然と貴族優先を言い張った。

 タケルは呆れ果ててなんと返したらいいか言葉が浮かばず、ただ、首を振るばかりである。

「お前が次の魔王になるんじゃないのか?」

 ジェラルドが眼光鋭くタケルを睨む。

「わ、私がですか? 私は人間ですよ?」

「魔王軍を倒せば今度はお前が世界一の軍事力を持つことになる。それは人類の脅威なんだが?」

 ジェラルドは鋭い視線でタケルを射抜く。

 まさに孤立無援。いろいろと咎められるだろうなとは思っていたが、ここまで集中砲火を浴びるとさすがにタケルも我慢の限界である。タケルはガバっと立ち上がると声を荒げた。

「私は人を殺しません。魔人と一緒にしないでください。そもそも私はOrangeの事業で王国を大いに発展させ、収益も皆さんにかなり還元されているはずです。それでも気に食わないのであれば領地戦でも何でも仕掛けたらいいんじゃないですかね? 受けて立ちますよ?」

 タケルが机をガン! と叩く音が部屋中に響いた。

 静まり返る会議室。領地戦に言及されてはそう簡単に返せない。何しろ王国貴族全員が束になってかかってもタケルに勝てるかどうか読めなかったのだ。

 タケルの荒い息が静かに会議室に響き渡る――――。

『やっちゃったかも……?』

 タケルは感情的になってしまったことを反省し、ギュッと目をつぶった。権謀術数飛び交う貴族社会においては感情的になったら負けなのだ。

「軽々しく『領地戦』を口にするな!」

 緊迫した空気を切り裂くかのように、ジェラルドが一喝する。

「出過ぎたことを申しました……。ご容赦ください」

「伯爵は我が王国の一員。我々は伯爵を潰そうとしているわけではない。そのことをしっかりと理解して発言してくれたまえ」

「御心のままに……」

 タケルはジェラルドの叱責が落としどころを用意してくれたことに頭を下げ、ふぅと大きく息をつく。

 確かに貴族社会は(わずら)わしく、この貴族支配の社会の在り方も気に食わない。しかし、対魔王軍戦をしていく上で敵を国内に作るのは避けないとならなかった。

 長い舌戦の結果、軍事力の内情を開示するという条件で基地の運用は許可されることとなる。

 しかし、それは問題を先送りにしただけなのだ。タケルは王国に所属している意味がなくなってしまっていることを改めて思い知らされ、会議室を後にしながら重いため息をついた。