結局、採掘した魔石はネヴィアに借りたマジックバッグに詰めておき、ネヴィアが暇な時に金貨一枚の手間賃で空間をつなげて回収することにした。マジックバッグは小さなカバンだが中身は小屋くらいの容量のある異次元空間になっており、そこに詰めておけば、時間かからずに回収が可能なのだ。

 タケルは洞窟のデータセンターと、魔石の貯蔵倉庫に採掘した魔石を供給し、違和感なく魔石の供給問題を解決していく。フォンゲート用に売れていく魔石の大半がゴーレムの採掘したものへと変わっていったが、誰も気づくものはいない程だった。魔石を買い占めて高値を要求していたアントニオ陣営側の業者たちは、いつまでたっても価格交渉で折れてこないアバロン商会に根負けし、だぶついた在庫を安値で吐き出し始めるまでになる。これで、懸案の一つは完全に解決されたのだった。

 アントニオ陣営側最大の切り札が無くなってしまったことは、陣営内に深刻な動揺をもたらす。最後は魔石価格を釣り上げてジェラルド陣営側の利益を吸い上げようという計画だったのだが、それが失敗となるともはや経済的には対抗手段がないのだ。

 アントニオ陣営側の魔導士たちはフォンゲートの魔法陣を解析して弱点を探そうとしたものの、魔法陣には一ミリに満たない幾何学模様がそれこそ万単位でぐるぐると回っている。このあまりに複雑な魔法陣はとても人間の読めるものではない。タケルの書いたソースコードは数十万行に及んでおり、コードを読むのすら難しいのに、魔法陣になった後ではとてもリバースエンジニアリングは不可能だった。

 弱点が見つからず、経済的にも劣勢となったアントニオ陣営。最初に音を上げたのは商会たちだった。利権で押さえている商流があるからすぐには倒産とはならないものの、遅い、高い、不明瞭な取引に取引先たちが難色を示しだしてしまっている。事業はじり貧だし、何しろ働く社員たちが仕事に疑問を感じだして、次々と辞めていくのを止められない。

 やがて一社、また一社と、巧妙な理由をつけながらアントニオ陣営から逃げ出し始めた。

 こうなると瓦解は時間の問題だった。アントニオ陣営は急遽公爵の屋敷に集合し、緊急会議が開かれることとなる。

 会議室には公爵だけでなく侯爵を始め、そうそうたるメンバーが十数人集まったものの、いつもより少ない人数に皆一様に硬い表情をしていた。

「状況の報告をしろ!」

 アントニオ王子は不機嫌を隠すことなく、事務方の担当者を怒鳴った。

「は、はい! 陣営所属の貴族ですが、ヴィンダム伯爵、アッシュウッド子爵、アルテンブルク男爵、グレーヴェン男爵より脱退依頼が来ています。それぞれ健康がすぐれないためしばらく王都を離れるそうです」

 アントニオのこぶしが力任せにテーブルを激しく打ち鳴らし、部屋に緊張が走る。

「何が健康だ!! 嘘つきやがって、一体どうなっているんだ!」

 ふぅふぅという荒い息遣いが静まり返った室内に響いた。

「よ、よろしいでしょうか……?」

 羽つき帽子をかぶった白髪の侯爵がおずおずと手を挙げる。

「侯爵殿、何かね?」

 不機嫌そうにアントニオは侯爵をにらんだ。

「うちに秘密裏に『陣営を抜けないか』という打診が来ておってですな……」

「な、なんだとぉぉ!」

 ガン! と、アントニオはテーブルにこぶしを叩きつける。

「そう興奮召さるな!」

 立派なひげを蓄えた公爵がアントニオをたしなめる。金のエレガントな刺繍をあしらった黒いジャケットに身を包み、現国王の叔父でもある公爵にはアントニオも頭が上がらない。

「も、もちろん断ってますよ? 断ってますが、先方の出した条件は『陣営を抜けたら金貨十万枚を出す』というもので……」

 気弱な侯爵はしどろもどろに説明をする。

「じゅ、十万枚!?」

 アントニオは絶句し、参加者たちは無言で周りの者と顔を見合わせた。

 金貨十万枚というのは日本円にして百億円。アントニオ陣営が勝利したとして得られる利権が年間数億円だとすれば数十年分もの利益をポンと出すというのだ。これは利益だけを考えるなら即決すべきレベルの大金と言える。

「これは実にまずいと思い、ご報告した次第で……」

「一体どれだけ儲けとるのか、あのOrangeという会社は!!」

 公爵はダン! と、テーブルを叩くとギリッと奥歯をきしませた。

「Orange社はフォンゲートという信じがたい魔道具で儲けておりまして、代表はグレイピース男爵……」

「奴の名前を出すのはやめろ! 気分悪い!」

 アントニオは事務方を怒鳴りつける。

 事務方の眼鏡の青年はビクッと身体を震わせ、口をつぐんだ。