ドアの向こうは冷たい金属で構成された狭く長い通路だった。青白い光が照らしだすずっと奥まで続く通路は、まるで別の世界へと誘う宇宙船の廊下にすら見える。この異形の空間が数千年前の文明の遺跡であるとは、誰が想像できただろうか。しかし、今は驚愕する暇もない。タケルは心を奮い立たせ、ソリスを解放するため、未知の力が眠る遺跡の中心へと駆け出していった。


       ◇


 しばらく進むと人の声が聞こえてきた。

「えぇい! どこへ行きおったか……」

 口調は乗っ取られたソリスのものだったが、声色は少女の可愛らしい声である。

 タケルは首をかしげながらその声の方へとそっと進んだ。すると、その声はあるドアの向こうから聞こえてくることに気がつく。この向こうにソリスを乗っ取った遺跡の管理人が居るらしい。

 ドアに対してITスキルを起動したタケルは、ロックを解除してそっと開けて様子を見る――――。

 物が散らばる雑然とした部屋の中で、チェアと一体化した近未来的なデスクに銀髪の少女が座っていた。目鼻立ちの整った可愛らしい彼女はVR眼鏡みたいなものをかけて手足をバタバタさせている。

「隠れても無駄じゃぞぉ! お主らはもう逃げられんのじゃ! くははは!」

 少女はタケルのことを気づきもせずにノリノリで何かを操作している。どうやらソリスを乗っ取っているのは彼女のようだった。

 タケルは小首をかしげながらそーっと部屋に忍び込み、拘束の魔道具を取り出すと静かに彼女に照準を絞る――――。

「そろそろ煙も晴れてきたぞ! どこにおるんじゃ? くふふふ……」

 楽しそうな彼女目がけ、拘束魔法を発動させるタケル。金色の鎖がバシュッと飛び出して、あっという間に彼女をグルグルとしばりつけた。

「ウギョッ! な、なんじゃ……?」

 身動きが取れなくなって慌てる少女。

 タケルは笑いをこらえながら彼女のVR眼鏡を取り外す。

「僕ならここだよ?」

 はっ!?

 少女は鳩が豆鉄砲を食らったように、青緑色のまん丸い目を大きく見開き、言葉を失った。

「まず、ソリスを解放してもらおうかな?」

 タケルはニコッと笑う。

「お、お主どうやって……?」

 信じられないという様子で彼女は静かに首を振った。

「いいから早く!」

 タケルは彼女の額にビシッとデコピンを一発食らわせる。

 ぐほぉ!

 少女は涙目になり、ガックリとうなだれると、観念したように何かの呪文をボソボソっとつぶやき、ソリスを解放した。

 VR眼鏡のイヤホンからは、かすかに開放を喜ぶソリスとクレアの声が聞こえてくる。どうやら二人とも無事のようだった。


        ◇


「一体お前は何者だ?」

 タケルは少女の顔をのぞきこむ。

「この遺跡を管理しとる者じゃ。遺跡に不法侵入してくる不届き者がおったからお仕置きしとっただけじゃ」

 少女は涙目で口をとがらせる。

「なるほど、勝手に入ってきたのは確かに悪かったかも知れないけど、いきなり斬りつけてくるのはどうなの?」

 タケルは少女の腕をツンツンとつつく。

「わ、悪かったのじゃ」

 少女はうなだれた。

「悪かったと思うならちょっと協力してよ」

 タケルはニコッと笑って少女に迫る。この遺跡には魔法に関する驚くべき情報の宝庫に違いない。まさに宝の山なのだ。

「きょ、協力……? エッチぃのはダメじゃぞ!」

 少女は涙目でおびえる。

「俺はロリコンじゃないの!」

 頭にきたタケルは背中をバシッとはたいた。こんな女子中学生みたいな小娘に怯えられるとは実に不愉快である。確かにかなりの美形で可愛い娘ではあるが、紳士たるもの少女には手など出さんのだ。

「痛い! 何するんじゃ……」

「まず、質問に答えて! ここは何の施設なんだ?」

「……」

 少女は何かを言いかけたが急に目から光が消え、口をポカンと開けたまま凍り付いた。さっきまで生き生きしていたのに、急に死んでしまったようになり、タケルは焦る。

「あ、あれ? どうした? おい……、おいってば……」

 少女を揺らすタケル。

 う、うぅぅぅ……。

 しばらくすると少女の目に光が戻ってきた。

「ん? お主、この遺跡のことを聞いたか?」

「ああ、何が……あったんだ?」

「遺跡についての情報についてはセキュリティがかかっておって、我は話すことができんのじゃ。答えようとすると今のようにフリーズして記憶が飛ばされるのじゃ」

 タケルは唖然とした。そんな情報統制ができるなんて相当に進んだ文明である。一体この施設は何なのだろうか?

「分かった。答えられんのなら仕方ない。では君は誰かね? ずっとここに……住んでるのか?」

 タケルは雑然とした部屋の中を見回した。飲みかけのビールのマグカップや食べ物の包装紙が散らかっている様子を見ると、ずいぶん乱れた暮らしをしているように見える。

「我の名はネヴィア、ここで暮らしとる。毎週街へ行って、地下で採れる魔石を売り、食べ物を買って暮らしとるんじゃ」

「はぁ、なんだか寂しい暮らしだな」

「何を言っとる! 今期は見るべきアニメも目白押しじゃからな。これでも忙しいんじゃ。あ、アニメって言っても分からんだろうがな。カッカッカ」

「はっ!? アニメ……?」

 タケルは凍り付いた。なんと、ネヴィアはこんな異世界の遺跡の中でアニメを鑑賞しているのだ。異世界転生してからというもの、日本の話など全く聞いたことが無く、完全に隔絶した世界だと思っていたがそうではないらしい。

 タケルはこの不可思議な少女がタケルの人生を大きく変えそうな予感に、ブルっと震えた。