「結衣ちゃん、カラオケ行く?」
「えー?」
声をかけた希良々(きらら)ちゃんを睨んでしまった。
「行こうよ」
「うーん」
本当はカラオケって、あんまり好きじゃない。
どこか静かなところで本を読んでいる方が好きなんだけど・・・

私は杉本結衣、9歳。小学3年生。
駅から少し離れた住宅街のアパートにママと2人暮らし。
隣を歩く希良々ちゃんは中学1年生。私より4歳年上の友達。

「あっ?」
希良々ちゃんの声。
見ると、あああ、お巡りさん。
とっさに腕を引かれ、物陰に隠れた。
時刻は午後11時。小中学生の出歩く時間じゃない。
見つかったら大変なことになる。

「行ったわね」
「うん」
ドキドキした。
フフフ。顔を見合わせて笑ってしまった。
その時、
「こらっ」
逃げ込んだ路地をのぞき込む人影。
私も希良々ちゃんも固まった。


10分後、駅前の喫茶店。
「どうぞ」
と声をかけられても、手が出せない。
「大丈夫、毒なんて入ってないから」
そんなことはわかっています。
このサンドイッチを作ったのはこの店のマスターだし。
優しく笑いかけるのは、目の前のスーツを着た男の人。
それもかなりのイケメン。
「どうしたの、お腹すいてるでしょ?」
でも・・・さすがに、知らない人にご馳走になるのは良くないと思う。

「結衣ちゃん、大樹先生は大丈夫。お医者さんだから」
へ?
「僕はね、希良々ちゃんのお母さんの主治医なんだ」
「ふーん」
「君は、結衣ちゃんって言うの?」
「うん」
2人にすすめられ、サンドイッチをほおばりオレンジジュースに口をつけた。

「ねえ、お家の人は何も言わないの?」
「え?」
急に真面目なことを言われ困っていると、
「うちも結衣ちゃんちも母子家庭で、ママは夜も仕事に出るから」
希良々ちゃんが答えてくれた。

「それに、家に1人でいてもつまらないし」
希良々ちゃんが言った言葉に、私も頷いた。
「そうかあ・・・」
大樹先生が、困ったなあって顔をしてる。

「あのね、僕にも妹が2人いるんだ」
「妹?」
「そう、手のかかる妹」
ふーん。
私も希良々ちゃんも兄弟がいないから、よくわかんない。
その後、大樹先生は妹の話をしてくれた。
1人はおとなしいくせに強情。もう1人はわがままで、「君達みたいに遊び歩いているんだ」って、笑った。
妹の小さい頃を見ているようで、つい声をかけてしまったんだって。

「君達さあ、こんな時間に僕に会っていた事、お母さんに話せる?」
突然聞かれ、
「・・・」
返事ができないでいると、
「無理でしょ?だったら、もうやめなさい。お母さんが知ったら悲しむよ」
「でもー」
希良々ちゃんはむくれて見せたけれど、私は後ろめたい気持ちでいっぱい。
やっぱり、ママに嘘をつくのはいい気分ではないから。

「じゃあ、帰ろうか?」
「「はい」」

喫茶店で1時間ほど過ごし、大樹先生がアパートの前まで送ってくれた。
「ありがとうございました。ごちそうさまでした」
と、お礼をを言った私達。
ほんの短い時間一緒にいただけだけれど、私は大樹先生が好きになった。